注目のシステムバイオロジーの最先端.左右軸形成,シナプス可塑性,細胞の分化増殖,分節時計や概日時計など,多彩な生命現象も分子ネットワークとして捉えると,その動的機構を司る共通の原理が見えてきます.
目次
特集
生命現象の原理に迫る
システムズバイオロジー
シグナル伝達からシナプス可塑性,発生分化,生物時計まで分子ネットワークの動的な機構を描きだす
企画/黒田 真也
概論〜システムズバイオロジーが解き明かす生命の動的現象【黒田 真也】
分子生物学の発展により,一見異なる現象が分子や経路の視点からみれば同じように理解できるようになった.一方,ようやく生命現象においても個々の分子の相互作用から全体の動的なふるまいを理解できる時代がやってきた.この相互作用の視点からみれば,関与する分子が全く異なっている生命現象でさえ分子ネットワークの構造と特性という視点からみれば同じような枠組みで理解できるのでは,と感じてもらえればとてもうれしく思う.
細胞制御理解に向けたRTKシグナル伝達系の統合システム解析【畠山眞里子】
近年,細胞内シグナル伝達系のネットワークや細胞制御機構の解明のために,統計学や速度論モデルを用いたさまざまな数理解析がなされるようになってきた.われわれは,シグナル伝達による遺伝子発現制御を統合的に解析するために,細胞外シグナルが細胞内でどのようにプロセスされていくのかを定量的実験解析と数理解析を通して理解しようとしている.本稿では,MCF-7乳癌細胞における,2つの異なる成長因子がひき起こすシグナル伝達と遺伝子発現制御,そして細胞制御にかかわる一連の細胞内反応についての知見を紹介する.
シナプスの可塑性と安定性の分子機構【小笠原英明/川人光男】
記憶・学習を実現するため神経細胞のシナプスは可塑性と安定性という相矛盾した性質を兼ね備えている必要がある.しかしシナプスは大変小さくシグナル伝達経路の分子数がきわめて限られているので,生化学反応が散発的,確率的にしか起こらず分子数がたえず揺らいでいる.神経細胞はいかにして揺らぎを克服あるいは積極的に利用し,シナプスの可塑性と安定性を両立しているのだろうか.本稿では小脳平行線維—プルキンエ細胞シナプス長期抑圧の分子機構に関するシミュレーション研究と実験を紹介し,次いでシグナル伝達経路の分子数の揺らぎの影響について検討を行う.
2時間周期の生物時計Hes1の可視化と分節時計のシミュレーション【正水芳人/影山龍一郎】
椎骨や肋骨などの前後軸に沿った繰り返し構造のもとになる体節は,マウスでは2時間ごとに1対ずつ形成される.この周期的な過程は分節時計によって制御されている.bHLH型転写抑制因子Hes1/Hes7が周期的に発現の増減を繰り返す(オシレーションする)ことにより振動体として働き,分節時計の中心的な役割を担っている.Hes1は体節形成過程以外でもリズムを刻んでおり,生物時計として働くことにより,いろいろな発生過程のタイミングを制御している可能性がある.Hes1の発現をリアルタイムで可視化したところ,個々の細胞では不安定なリズムを刻むこと,安定なリズムを刻むには細胞間相互作用が重要なことがわかった.
生命システム解析のツールとしての機能ゲノミクス【鵜飼英樹/山田陸裕/小林徹也/上田泰己】
分子生物学の勃興とともに大腸菌や酵母などの単細胞モデル生物を用いた研究が発展し,数々の重要な因子(遺伝子)の発見がもたらされた.これらの成果を支えていたのは,包括的な変異株ライブラリーや遺伝子ライブラリーなどのリソースの充実,および表現型スクリーニングなどのゲノムワイドな実験解析技術の急速な発展であった.この流れは近年のヒトゲノム配列の完全解読をはじめとするゲノム研究の進展により加速され,高等な多細胞生物もその射程内に捉えながら機能ゲノミクスとして確立した分野を形成しつつある.システムズバイオロジーにとって因子(遺伝子)の包括的な同定(システム同定)は重要な研究分野であり,この分野における機能ゲノミクスの応用例は多い.一方,システムの設計原理の理解には,システム同定のみならず定量的な解析(システム解析)も必要不可欠であろう.本稿では,哺乳類の概日時計システムにおける転写の負のフィードバック制御の重要性を直接的に証明した研究例を紹介し,システム解析における機能ゲノミクスの有効性を議論する.
FRETイメージングとシミュレーションによる神経突起伸展シグナルの解析【中村岳史/青木一洋/松田道行】
数多の生物現象と同様に,神経突起伸展もまた,その美しく精妙でダイナミックな形態変化でわれわれの眼をひく.内部にいかに美しいメカニズムがあるのだろうかと考えさせる.本稿では,FRET技術による活性化イメージングとシミュレーションを組合わせて使うことにより,どのような解析が可能になるかを,NGFによる突起伸展シグナル経路を例にとって示す.
反応拡散システムによる左右軸形成【中村哲也】
マウス胚の左右軸形成は,体の中心に位置するノード(結節)から左側特異的にシグナルが伝達され,左右非対称性がつくられるという考え方が一般的であった.しかし新しく得られた知見からは,ノードから左右両側にシグナルが伝達されること,そのシグナルのわずかな左右差が反応拡散システムによって大きく増幅されることによって左右軸がつくられることが明らかになった.本稿では,左右軸の形成を実験と数理モデルから得られた最新の知見を中心に紹介したい.
トピックス
カレントトピックス
p63:幹細胞を制御する新たなマスター遺伝子【妹尾 誠】
「子育て」「他者の認識と記憶」に必要な膜タンパク質CD38【平井宏和/東田陽博】
心肥大におけるp53の活性化はHIF-1を阻害し心機能低下を引き起こす【佐野雅則/小室一成】
X連鎖性精神遅延遺伝子SMCXはヒストンH3リジン4脱メチル化酵素ファミリーの一員である【岩瀬茂樹/Fei Lan/Yang Shi】
科学する心を語る
Think Outside the Box【Leroy Hood】
枠にとらわれずに考える
News & Hot Paper Digest
Efp/TRIM25はRIG-Iが介する抗ウイルス作用に必須な因子である
Argonauteホロ酵素の分業制
原発でも遠隔でも
多光子生体顕微鏡イメージングによるリンパ節免疫応答の“Reality Check”
LSD1複合体は遺伝子活性化と抑制の相反する機能を発揮する
連載
クローズアップ実験法
結晶構造解析用試料の調製と結晶化(1)大腸菌を用いた結晶化用試料の調製【坂井直樹/田中 勲】
マネジメント力 開発ガイド
第5回 コミュニケーションの技法【仙石慎太郎/三浦有紀子】
疾患解明Overview
重症筋無力症患者の病因・病態:新たな標的抗原を求めて【本村政勝/白石裕一/吉村俊朗/辻畑光宏】
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St. Judeで見つけた宝物—St. Jude Children''s Research Hospita【味岡逸樹】
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Jhon B. Moloney博士—哺乳類レトロウイルス腫瘍学の父—逝く【井川洋二】
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