癌治療のパラダイムを変える可能性をもつ「癌幹細胞」.各種癌における癌幹細胞の性状解析から,その微小環境が成立・維持に果たす役割,癌幹細胞を標的とした創薬の現状まで,幅広くご紹介します.
目次
特集
癌幹細胞と微小環境をめぐる分子機構
各種癌における制御機構の解明と,癌幹細胞標的創薬の可能性まで
企画/近藤 亨
概論—癌幹細胞—癌研究のフロンティア【近藤 亨】
癌に潜むその本質“癌幹細胞”.その発見は癌研究に強烈なインパクトと転機をもたらした.自己複製能と癌形成能を併せもつ癌幹細胞は抗癌剤・放射線療法に耐性で癌再発の原因細胞でもある.果たして“癌幹細胞”とはどんな細胞なのか? 癌幹細胞研究は癌根絶の切り札になるのか?本特集では癌幹細胞研究の現状と問題点,癌幹細胞を標的とした治療戦略まで幅広く今後の展望を議論する.
癌幹細胞仮説およびニッチの形成【折茂 彰】
癌細胞を中心に進められた過去30年の研究は,癌細胞自身のゲノムや遺伝子の発現に焦点を当てることにより著しい飛躍をとげた.しかしながら,実際の癌塊は,その組織全体の約半数をも占める,さまざまな正常の間質細胞との集合体として形成されている.癌の進展過程で,癌細胞は周囲の間質細胞を緻密に制御して,間質細胞の特性を変化させ,またこの変化した間質細胞からのシグナルを受けることにより,癌細胞自身の増殖進展の助けとしていることが,徐々に明らかにされつつある.最近提唱されている,「癌幹細胞」も間質細胞から,何らかのサポートを受けることにより,癌化の促進に関与している可能性がある.本稿では,癌細胞の進展における癌幹細胞仮説の意義および癌幹細胞ニッチの形成について考えてみたい.
癌幹細胞におけるエピジェネティクス制御【千葉哲博/岩間厚志】
近年,DNAメチル化やヒストン修飾などのエピジェネティックな転写制御機構が,癌関連遺伝子の発現制御に関与することが広く認識され,その分子機構も徐々に明らかになりつつある.このような中,癌幹細胞研究という新しい潮流を背景に,癌のエピジェネティクスを癌幹細胞発生の初期の段階から理解しようとする試みが行われている.このような試みは,ES細胞や組織幹細胞におけるエピジェネティクス解析の進歩を取り入れ,徐々に成果を挙げつつある.本稿では,癌幹細胞システムにおいて機能するエピジェネティックな転写制御機構の理解を通して,癌化機転を考察する.
急性白血病における癌幹細胞【宮本敏浩/赤司浩一】
白血病細胞は,すべてが自己複製をしながら増殖しているのではなく,造血幹細胞と同様に極少数の白血病幹細胞が自己複製を行うことにより白血病を構成する.白血病幹細胞の表現型および機能性は造血幹細胞と酷似しているため,2つの幹細胞群を区別することは難しい.造血幹細胞との対比を通し,白血病幹細胞特有の細胞学的特性を詳細に解明することによって,白血病幹細胞を直接標的とした効率良い治療法の開発が期待される.
消化器系癌における癌幹細胞【永原 誠/三森功士/原口直紹/井上 裕/杉原健一/森 正樹】
白血病ではじめて同定された癌幹細胞は,消化器においてもその存在が推察されていたが,ごく最近になって消化器系癌幹細胞として報告されはじめた.大腸癌では,表面抗原であるCD133+およびEpCAMhighCD44+,肝臓癌ではCD133+およびCD44+CD24+ESA+,また膵臓癌でもCD44+CD24+ESA+およびCD133+が癌幹細胞を規定する因子として報告されたことは,大きな発見であった.消化器癌において,癌治療の新たな治療戦略となる癌幹細胞研究が進められており,その成果の臨床応用が望まれている.
脳腫瘍「癌幹細胞」研究の現状—グリオブラストーマの根治をめざして【秀 拓一郎/近藤 亨】
最も悪性度の高い脳腫瘍の1つであるグリオブラストーマの平均生存期間はいまだ1年程度であり,30年来の研究にもかかわらず著明な改善は認められていない.しかし,神経幹細胞研究の進歩により明らかにされた種々の幹細胞マーカーを用いて,脳腫瘍組織内に少数の幹細胞様癌細胞(癌幹細胞)が存在することが報告され,癌幹細胞を標的とした研究がはじまった.グリオブラストーマ癌幹細胞の特徴を詳細に解析することで根治をめざした新たな治療法の開発が期待される.
癌幹細胞を標的とした創薬の現状【正木英樹/石川哲也/桜田一洋】
癌治療の現状の課題を克服するために,癌幹細胞を標的とした治療薬の開発がすでに大きく進展している.これらの治療薬の標的分子の多くは,正常な組織幹細胞においても重要な働きをしていることから,抗癌幹細胞治療薬の有用性の評価は臨床研究に委ねられる段階に来ている.一方,癌幹細胞のコンセプトは,癌発症のメカニズムとして成体組織中の正常な幹細胞が加齢などにより変性していくしくみを明らかにすることで新しい予防薬が開発できる可能性を提示した.そのしくみの1つとしてエピジェネティックな変化が癌誘導の重要な引き金を担っていることから,癌予防の観点からリプログラミング療法の可能性を論じる.
トピックス
特別寄稿
分子老年遺伝学の巨匠 Seymour Benzer〜Methuselahの夢と足跡【森 望】
カレントトピックス
線虫では初期型と二次型のsiRNAの産生機序および活性が大きく異なる【田原浩昭/浅沼高寛/小川宣仁】
小胞体Ca2+センサーSTIM1が誘導するCa2+流入がマスト細胞活性化に必須である【馬場義裕】
ニューロンの過剰興奮後に生じるシナプス減少のメカニズム【田中秀和/安田 新/杉浦弘子/山形要人】
News & Hot Paper Digest
ヒトAlu RNAは複数の機能ドメインから構成される転写調節因子である
p300/CBPヒストンアセチル化酵素の結晶構造
マウス網膜の「編み目」構造とDscam
1,000$ゲノム解析の真打登場
InVivo社,脊椎損傷の新しい治療法で霊長類試験開始
連載
クローズアップ実験法
RNAiを誘導できる新規な無細胞タンパク質合成系の構築法【脇山素明/横山茂之】
バイオの法律と倫理指針
第6回 多能性幹細胞を使った再生医学研究【辰井聡子】
医療応用を目指した政策・行政の動向
産業界と連携した医薬品・医療機器の実用化に向けた支援を加速【佐藤大作】
疾患解明Overview
詳細な自己抗体解析による天疱瘡の病態解明【石井 健/天谷雅行】
私の発見体験記
細胞内ウイルスセンサーRIG-Iの発見〜危うくも慎重な解析がもたらした偶然【米山光俊】
研究者のためのプロフェッショナル根性論
第5回 批判され/批判して自分を磨く「フィードバック力」【島岡 要】
ラボレポート−留学編−
ベセスダより—NCI留学記—National Cancer Institute【滝沢琢己】
Update Review
生体内D-アミノ酸研究の新展開【藤井紀子/本間 浩】
関連情報