生体内イメージング・実験系の発達を受けて,細胞接着・移動研究は細胞外環境を視野に入れた組織レベルの知見を更新する新局面を迎えています.免疫・神経系から癌の浸潤・転移への関わりまで広くご紹介します
目次
特集
細胞接着—生体内細胞の移動を見る
リンパ球・神経細胞のダイナミクスから癌の浸潤・転移まで
企画/木梨達雄(東京大学医科学研究所免疫学研究部)
企画者の言葉【木梨達雄】
細胞接着の研究は今,転換期を迎えている.いうまでもなく,細胞接着は,多細胞生物の基盤をなし,発生過程から器官形成,あるいは生体防御,創傷治癒など生体の恒常性維持に不可欠である.これまで多くの接着分子とその調節分子が還元的研究手法によって明らかにされてきた.しかし,その生理的機能や調節機構について生体内生命現象として捉える視点に立脚した研究は遅れている.近年,遺伝子改変動物の開発や生体内深部を直接解析する技術が進み,生体内で起こる接着や移動とその機能を直接,対象とした研究が可能になってきた.概論では,細胞接着と移動研究を俯瞰し,国内で接着が媒介するダイナミックな生命現象を各論で特集した.
Rap1-RAPLによるインテグリン制御とリンパ球動態【木梨達雄】
インテグリンを介する接着は,血管内皮との接着過程でみられるように一秒以内に起こるダイナミックな変化を特徴とする.その制御機構は不明であったが,低分子量Gタンパク質Rap1とそのエフェクター分子RAPLが重要な役割を果たしていることが明らかになってきた.リンパ球において,Rap1はケモカイン刺激によって活性化され,LFA-1の構造を変化させ,リガンドに対する接着性を秒単位で亢進させることによって,血管内皮上のローリングから停止を誘導する.RAPLは停止した接着の安定化を調節している.さらにRap1-RAPLはリンパ節内の活発な細胞移動に必要である.
2光子顕微鏡観察が示すこれからの免疫細胞移動研究の方向性【岡田峰陽】
組織内の細胞運動は移動する細胞と,それを取り囲む周りの細胞や細胞外マトリクスとの相互作用に依存する.最近得られた免疫細胞運動の組織内ライブ観察の結果は,大方明らかになったと思われていた重要な接着分子やケモカイン受容体だけでは,この免疫細胞の運動を支える相互作用を説明するには不十分であることを示唆している.この経緯を概説し,未知の細胞運動メカニズムを解明するための,これからの研究の方向性について触れる.
細胞接着・移動を制御するRhoシグナリングの生体での意義【石崎敏理】
多細胞生物では,個々の細胞が細胞内外のシグナルに応答し,細胞—細胞間で相互作用が形成されることで集団として機能し,組織が構築される.この細胞相互作用は,単なる物理的な相互作用にとどまらず,シグナルを他の細胞に伝達するといった有機的な相互作用であることが知られている.このような,細胞間相互作用の形成には,細胞接着分子およびその細胞内の連結物としての細胞骨格が重要な役割を果たしている.近年,多くの細胞接着分子・細胞骨格調節分子の同定ならび細胞での機能解析に関する研究の進展に加え,個体での組織・形態形成メカニズムに対する知見が飛躍的に蓄積されつつある.そこで,本稿では細胞接着分子・細胞骨格調節分子の主要な情報伝達経路であるRhoシグナリングの個体での組織・形態形成メカニズムに果たす最新の研究を紹介する.
ニューロンの移動制御と細胞接着【廣田ゆき,澤本和延】
脳の正常な機能には,適切な場所に配置された個々のニューロンがネットワークを形成することが必要である.多くの場合,ニューロンは幹細胞が存在する脳内の限られた場所で誕生し,機能する場所へ向かって長距離を移動する必要がある.移動中のニューロンは,周囲の細胞・構造との接着・解離を繰り返し,相互作用しながら目的地に達する.胎生期と成体,正常時と病態時の脳内環境は大きく異なっているが,いずれの場合も,細胞接着の制御が新生ニューロンの移動において重要な役割を果たしていることが明らかになってきた.
癌の浸潤形質獲得過程における細胞接着・移動の変化—低分子量Gタンパク質Arf6の活性化との関連【橋本 茂】
癌の約80%は上皮組織由来である.その浸潤形質獲得過程では,一部の癌細胞群が内因的および,外因的要因による淘汰を生き延び,微小環境に適応し,細胞接着性を変化させ,生体内での運動性・浸潤性を獲得する.その際,癌が適応した微小環境の変化も連動することが明らかになりつつある.われわれは,乳癌を例とした解析から,低分子量Gタンパク質Arf6を中心としたシグナル伝達経路の活性化が癌浸潤形質の獲得に必須であることを見出した.本稿では,癌浸潤形質獲得過程における細胞接着・移動の変化に関連した最近の知見を概説するとともにわれわれのモデルについて紹介したい.
細胞動態に伴うメカニカルストレスによる転写制御【木田泰之/小椋利彦】
細胞に加わる力学的な力は,どのように受容され,どのような遺伝的,生化学的反応を生むのだろうか? 心筋細胞の「収縮:contraction」は,細胞自身に機械刺激(メカニカルストレス)を与える.驚くべきことに,心臓が発生する初期に心筒(heart tube)を形成するために移動している未熟心筋細胞でも,この収縮がランダムに起こっている.われわれは,メカニカルストレスが細胞自身に及ぼす作用を解明し,その結果生じる遺伝子発現へ繋がる反応経路の全貌を明らかにしたいと考えている.
特別対談
次世代シークエンサーで進展する生命医科学—ゲノム情報で「個」を理解する時代へ【菅野純夫/上田泰巳】
トピックス
カレントトピックス
筋萎縮性側索硬化症における小胞体ストレスを介した運動神経細胞死のメカニズム【西頭英起/一條秀憲】
Gタンパク質共役型受容体SREB2/GPR85は脳のサイズと行動を規定し統合失調症の脆弱性に関与する【松本光之】
スルメイカロドプシンのX線結晶構造解析【村上 緑/神山 勉】
心臓発生におけるhigh mobility groupタンパク質HMGA2の決定的な役割【門前幸志郎/小室一成】
News & Hot Paper Digest
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RNAポリメラーゼの組立て過程はプロモーター上で制御される!?
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Frontiers in Reproduction 2008に参加して
連載
クローズアップ実験法
プロモーターハイジャック法による必須遺伝子のコンディショナルノックアウト細胞の作製【鮫島久美子】
論文英語ライティング
第2回 主語の選び方【河本 健】
疾患解明 Overview
膵癌のシグナル伝達経路と標的分子【江川新一/海野倫明】
私の発見体験記
電位センサータンパク質の発見のいきさつ【岡村康司】
プロフェッショナル根性論
第9回 説得力のあるプレゼンテーション【島岡 要】
ラボレポート留学編
新しい研究パラダイムを求めて【野村 真】
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