幹細胞の未分化性や多能性を支えるメカニズムとは?幹細胞に特有の転写因子システムからニッチによる制御まで,エピジェネティクスやシステムバイオロジーとともに新たな展開をみせる幹細胞研究の新潮流をご紹介!
目次
特集
生命のstemの再発見
幹細胞システムの維持と制御
企画/岩間厚志
概論―幹細胞研究は何を明らかにしつつあるのか【岩間厚志】
造血幹細胞の概念の提唱から半世紀,幹細胞研究は発生学や再生医療,生殖医療などと密接な関係を保ちながらめざましい発展を遂げてきた.幹細胞研究はあらゆる組織・臓器に拡大し,近年はその流れが急速に応用に向かいつつある.ともすれば“幹細胞の本質”を追究する研究がなおざりにされる傾向がないわけではない.しかし,幹細胞研究はテクノロジーの進歩やポストゲノムの潮流を逃すことなく新しい領域を開拓しつつある.近年では癌研究にもその概念が波及するとともに,老化をはじめとした多様な生命現象とのかかわりも注目されている.幹細胞移植やES/iPS細胞による再生医療,遺伝子治療など新しい医療を次々と提示してきた幹細胞研究は,今新しい方向性を模索しつつある.
マウスES細胞の多能性を維持するシグナル-転写因子ネットワーク【丹羽仁史】
山中らによるiPS細胞作出の成功は,分化多能性が特定の転写因子によって決定されうることを,劇的な形で提示した.しかし,なぜ特定の転写因子の組合わせが,最終的に内在性転写因子の発現を誘導し,これが安定に維持できるようになるのかは,現時点では解明されていない謎である.この謎を解く鍵は,自律的転写因子ネットワークの構造を解明し,さらにそれがどのようにして外部シグナル入力の制御を受けているのかを解き明かすことにある.そのためには,基盤の確立したマウスES細胞を用いた研究の進展が,今後も不可欠となる.
クロマチン制御因子を介した幹細胞未分化制御【栗崎 晃/関 泰宏】
ES細胞では,体細胞では見られない大きな核小体やヘテロクロマチンの形態などに加えて,クロマチン構造がゲノムワイドで弛緩し,転写活性化と転写不活性化ヒストン修飾が共存する特徴的なクロマチン状態が観察される.しかし,ES細胞を制御するクロマチン制御因子群やiPS細胞が樹立される際のダイナミックなクロマチン構造変換を引き起こすメカニズムはこれまでほとんど解明されていなかった.本稿ではわれわれの研究から得られたTIF1βを介した知見を紹介しつつ,最近のES細胞やiPS細胞樹立にかかわるクロマチン制御因子についての研究を解説したい.
幹細胞の多能性を規定するエピジェネティック機構【宮城 聡/小黒秀行/岩間厚志】
生体の組織・臓器を構成する細胞は同一のゲノムを有しているが,個々の細胞はエピジェネティックな制御機構により遺伝子情報の厳密な発現制御を受けており,多様な形態と機能を獲得する.ポストゲノムの潮流のなか,ゲノムワイドな網羅的解析が急速に進歩し,新しい生命科学の領域が展開しつつある.特に,クロマチン免疫沈降技術の進歩,次世代型シークエンサーの普及により,エピジェネティックな転写制御の分子機構は著しい変貌を遂げた.この流れは幹細胞領域にも波及し,幹細胞の重要な特徴の1つである分化の多能性を規定するエピジェネティック機構が理解されつつある.
ステムセルエイジングから見えてくる組織の老化メカニズム【西村栄美】
個体が老化するしくみについては諸説あるものの,ヒトが経験する個々の老化現象がなぜ,どのようにして起こっているのかについて,ほとんど明らかにされてはいない.白髪は最も典型的な老化形質の1つである.われわれは,色素細胞系譜の幹細胞である色素幹細胞を同定し,加齢に伴って毛包内で色素幹細胞が枯渇するようになると白髪が起こることを明らかにしてきたが,なぜ加齢に伴って幹細胞の維持が不完全となるのか,なぜ早老症で若白髪が高頻度にみられるのか,そのしくみについては明らかではなかった.本稿では,ゲノム損傷応答による色素幹細胞制御を中心として白髪のメカニズムに関するわれわれの新しい知見を中心に紹介し,組織の老化のしくみについて考察する.
幹細胞性を規定する代謝制御機構【田久保圭誉/須田年生】
哺乳類成体の造血の場である骨髄では,内骨膜近傍領域の微小環境によって造血幹細胞は細胞周期が静止状態にある.この環境は比較的低栄養・低酸素環境であると想像されてきたが,実際にmTOR系を介する栄養感知シグナルやVHL/HIF-1α制御系を介した低酸素応答が,酸化ストレス制御などを通じて造血幹細胞の維持に必要であることが明らかになりつつある.
幹細胞に全体像から迫るシステムバイオロジー【清田 純】
Systems Biologyとは生物・細胞といったシステムをシステムとして理解するためのアプローチの総称である.網羅的解析技術やコンピュータの処理能力の向上により幹細胞生物学においてもSystems Biology的アプローチが徐々に可能になってきている.また大量のデータをメタ・レベルから数学的・統計学的に解析することによる,精度の高い推定アルゴリズムが提案されてきている.幹細胞生物学と工学・数学のアイデアがぶつかり合う,学際的フロントラインをご紹介したい.
Update Review
DISC1研究の期待と課題─精神疾患研究のマイルストーンの1つとして【澤 明/仲嶋一範】
トピックス
カレントトピックス
Akt 経路のローパスフィルタ特性によって,EGFR阻害剤が下流の活性化を導くことがある【藤田一広/豊島 有/黒田真也】
S-ニトロシル化による神経変性の制御【中村智尋/Stuart A. Lipton】
骨芽細胞におけるインスリンシグナルは骨代謝とグルコース代謝を調節する【吉澤達也】
小分子化合物TPh Aを用いた初のピリン機能解明【宮崎 功/奥村英夫/清水史郎/長田裕之】
News & Hot Paper Digest
ノンコーディングRNA,エンハンサーに進出す【中川真一】
生きた個体で観察する血球の起源【飯田敦夫】
クロマチンは5色に色分けされる【黒川理樹】
血液脳関門を構成するペリサイトの役割【向山洋介】
DARTプラットフォームのMacroGenics社,製薬大手2社と相次いで提携【MSA Partners】
連載
【新連載】バイオテクノロジーの温故知新
細胞分画法の進歩と核小体の分離─私の経験から【村松正實】
クローズアップ実験法
HITS-CLIP 法:タンパク質-RNA相互作用のゲノムワイドマッピング【矢野真人/矢野(早川)佳芳/Robert B. Darnell】
【最終回】プレゼンテーション スライド作成講座
ひたすら「見やすく・わかりやすく」を考える【堀口安彦】
創薬物語
自然睡眠をもたらす新規メラトニン受容体作動薬ラメルテオン(ロゼレム®) の創成【大川滋紀/内川 治】
ラボレポート ―独立編―
独立への第一歩―University of California, Los Angeles【中野 敦】
Opinion ―研究の現場から
若手の会のススメ―研究者交流促進のために【豊田 優/谷 友香子】
関連情報