細胞間・個体間を移動するmiRNAとタンパク質が,ヒトの免疫・代謝・老化に作用するメカニズム。パラダイムシフトとなる研究成果の紹介から,癌バイオマーカーとしての応用,産業への展開まで。
目次
特集
ヒトの誕生・老化・疾患を運ぶ
エクソソーム
miRNA・タンパク質を輸送する細胞外小胞
企画/落谷孝広
概論-The exosome strikes back!【落谷孝広】
ヒトとヒトとのコミュニケーションは社会を形成するうえで必須であるが,それは細胞間においても同様である.細胞間のコミュニケーションツールとしては,これまで研究の中心はサイトカインなどのタンパク質であった.しかしこの常識を覆すような事実が見つかった.それは細胞が分泌するエンドソーム由来の小胞顆粒であるエクソソームの中に,遺伝物質であるnon-coding RNAが発見され,細胞間,ひいては個体間のメッセンジャーとして機能することが示されたからだ.この事実が,細胞間コミュニケーションの概念を大きく変えようとしている.本特集ではヒトの生老病死という一連の生物学的な摂理をエクソソームから俯瞰する.古くて新しいエクソソームを見つめ直すことで,これまでわれわれが見逃してきた生命現象を再発見するとともに,新たな生命現象の開拓につながることを期待し本特集を企画した.
エクソソーム分泌経路を介したヒトヘルペスウイルス6の増殖戦略【森 康子】
ヒトを自然宿主とするヘルペスウイルスすなわちヒトヘルペスウイルスは,現在までに8種類同定されている.そのなかでもヒトヘルペスウイルス6(human herpesvirus 6:HHV-6)は,活性化したTリンパ球に好んで感染し,Tリンパ球においてのみ爆発的に子孫ウイルス粒子を産生することができるという,他のヘルペスウイルスとは異なった興味深い特徴を示す.しかし,HHV-6の子孫ウイルス粒子がTリンパ球のどこで,どのようにして形成され,細胞外に分泌されるかに関しては不明な点が少なくない.近年,Tリンパ球において新たに形成されたHHV-6子孫ウイルス粒子が,細胞外に放出される過程においてエクソソーム分泌経路を利用していることが明らかとなった.そこで本稿では,現在までの知見を踏まえてエクソソーム分泌経路を介したHHV-6の生き残り戦略について概説する.
エクソソームを介して生体内を移動するmicroRNA【小坂展慶/落谷孝広】
体液中には血球以外にも多くのタンパク質や栄養成分が循環しているが,核酸分子も同様に存在しており,この核酸分子を用いてさまざまな疾患バイオマーカーの探索が報告されている.さらにこれらの細胞外に存在する核酸分子が,細胞間コミュニケーションに使われている可能性が示唆されており,大きな注目を浴びている.細胞間コミュニケーションの担い手としては,サイトカインやケモカイン,接着分子など,これまではタンパク質を中心とした研究が主体であった.本稿では核酸分子のなかでも特にmicroRNAに注目し,エクソソーム中に存在するmicroRNAを介した細胞間コミュニケーションを概説するとともに,その分泌と取り込みのメカニズムに関して考察する.
胎盤から母体循環に分泌されるエクソソーム【瀧澤俊広/石橋 宰/松原茂樹/右田 真/竹下俊行】
第19番染色体上のmiRNA(microRNA)がクラスターを形成している領域に由来し,胎盤において特異的に発現しているmiRNAが同定された.この胎盤特異的miRNAがエクソソームを介して胎盤より放出され,母体血液中に移行して母体中を循環することが示された.胎盤特異的miRNAが母体血液から検出可能であることは,採血という低浸襲なルーチン検査によって胎盤由来のmiRNA情報を得ることができることを意味しており,周産期医療のための新しいツールとして応用展開が期待できる.
母子間を移動する母乳中エクソソームの意義【和泉裕久/関根一則】
哺乳類が特定の時期に分泌する「乳」には,サイトカインや抗菌タンパク質など,乳児(仔)を感染から防御し,免疫機能や身体機能の発育を促す因子が含まれている.近年,種々の細胞が分泌し,さまざまな体液中に存在することが示されているエクソソームであるが,乳中にも存在することが明らかになった.本稿では,乳中エクソソームについて概説するとともに,エクソソームに含まれて存在すると考えられるヒト母乳中のmiRNA(microRNA)について紹介する.
神経変性疾患におけるエクソソームの関与と加齢との関係【木村展之】
中枢神経系におけるエクソソームの生理学的機能および意義については未だ不明な点が多いが,プリオン病やアルツハイマー病などの原因タンパク質がエクソソームによって細胞外へと放出されていることが近年次々と明らかとなり,神経変性疾患病態へのエクソソームの関与が注目を浴びつつある.また,加齢に伴う細胞機能の低下が,エクソソーム放出に影響を及ぼす可能性が指摘されている.
癌細胞由来エクソソームによる免疫系への作用とその臨床応用【植田 良/Li Qian/中村公子/谷口智憲/宮崎潤一郎/川村 直/河上 裕】
癌細胞から分泌される膜小胞エクソソームは,腫瘍抗原・サイトカイン・HLA分子などの免疫応答に関与する各種タンパク質やmRNA,さらに免疫調節分子にかかわるmicroRNAを含有しており,樹状細胞などの免疫細胞に作用して,抗腫瘍免疫応答を正に負に制御している可能性がわかってきた.また,基礎研究成果に基づいて,エクソソームを用いた癌の診断法や免疫療法の開発も進められている.さらなる癌細胞と免疫細胞の相互作用におけるエクソソームの意義の解明は,癌形成機構の解明だけでなく,癌の診断・治療法の開発に有用と考えられる.
癌バイオマーカーとしてのエクソソーム由来microRNA【井口晴久】
近年,エクソソーム由来分泌型miRNA(microRNA)はさまざまな癌種のバイオマーカーとして注目を集めている.なぜなら,miRNA自体が癌の発症,転移を制御していることから,発癌メカニズムと因果関係を有する信頼性の高いバイオマーカーとなりうると考えられているからである.本稿では,バイオマーカーとしての分泌型miRNAの利点を論ずるとともに,臨床応用にむけての取り組みおよび,具体的な候補miRNAを紹介する.
技術解説【小坂展慶/大野慎一郎/石川章夫/黒田雅彦】
特別インタビュー
Sirtris社がめざす老化・メタボリズムの解明と創薬への挑戦【George P. Vlasuk】
Update Review
天然変性タンパク質:タンパク質の構造・機能研究の新しいターゲット【苙口友隆/池口満徳/佐藤 衛】
トピックス
カレントトピックス
網膜・錐体視細胞の分化決定におけるPias3依存的SUMO化の役割【大西暁士】
リプログラミング技術による心筋細胞の直接誘導法の発見【家田真樹】
分裂酵母の2つのHippo関連経路のクロストーク【久米一規/五島徹也/平田 大】
肝臓癌幹細胞の機能性マーカーとしてのCD13の同定と治療標的としての検討【原口直紹/石井秀始/永野浩昭/土岐祐一郎/森 正樹】
News & Hot Paper Digest
生活習慣病とSorting Disorder【神崎 展】
超高速シークエンサーによる変異解析が先天異常疾患にもたらしたパラダイム【林 深】
ヒトゲノムの多様性地図【富井健太郎】
polⅡは一部のサブユニットが独立して働くことにより翻訳過程を制御する【古久保哲朗】
Roche社,RNAi治療薬の研究開発を中止【MSA Partners】
連載
クローズアップ実験法
脳の蛍光in situ hybridization法【渡我部昭哉/小松勇介/山森哲雄】
私のメンター ~受け継がれる研究の心~
永田和宏 ―タンパク質の一生と,人の一生を詠み続ける科学者・歌人【夏目 徹】
ラボレポート ―留学編―
多様性の中での研究生活 ―Department of Pathology and Laboratory Medicine, Emory University【平野雅之】
Opinion ―研究の現場から
研究における自己主張とリーダーシップ【佐藤正晃】
関連情報