ゲノム解読後も機能がよくわからなかった「非コードDNA領域」を総力特集!次世代シークエンサーによる配列解析,染色体維持の仕組みから,がん・細胞老化などの疾患まで包括的に紹介.
目次
特集
ヒトゲノム中98%の“未踏領域” 非コードDNAに挑む
ゲノムを守り,生命を支える仕組みから細胞老化,がんへの関与まで
企画/小林武彦
今開かれる非コードDNA領域の世界【小林武彦】
ヒトゲノムプロジェクトが完成してから10 年が経過し,遺伝子の配列解析は個人ゲノムの差異の解析へと移りつつあるが,その陰で,未だほとんど手のつけられていない非コードDNA領域が存在する.この領域は反復配列に富み,配列決定を最後まで拒み続けてきた.しかし昨今のシークエンシング技術の進歩により徐々にそのベールが剥がされつつある.本概論では,ゲノムの最後の秘境ともいえる非コードDNA領域の隠された機能をいかに解明するか,その方法について概説し,そこから見えてくる新しいゲノム像を,特に染色体維持の観点から,後に続く各論を交えて考察する.
次世代シークエンサーによる非コードDNA配列解析【太田邦史/久郷和人/山田真太郎/小田有沙】
タンパク質をコードしない「非コード」領域には,セントロメア,テロメア,反復配列,レトロトランスポゾン,偽遺伝子や,複製や組換えにかかわる各種機能性配列が存在し,未解明の重要な役割を果たすと考えられる.しかし,配列解析の困難さから,これらの領域は相対的に研究が進んでいない.次世代シークエンサーによる大規模配列解析(deep sequencing)時代を迎えた今日,これらの領域の解析も徐々に実現可能になりつつある.例えば非コードDNA領域の解析に焦点を絞ったゲノムDNAのリシークエンスや,RNA-Seqによる非コードRNA 転写,ChIP-Seqによる非コードDNA結合タンパク質やヒストン修飾の解析などにより,新しい機能性非コードDNA配列が見出される可能性が高い.本稿では,非コードDNA領域の解析の現状や今後の可能性について述べる.
ドライなアプローチによる遺伝子の並び順を決める要因の探索【杉野隆一/印南秀樹】
ゲノム上にはさまざまな遺伝子が並んでいるが,その並び順にはどのような意味があるのか? どのようなプロセスによってその並び順は決められたのか? このような問題に答えるための「ドライ」なアプローチを紹介する.ゲノム塩基配列だけでなく,そのなかの構造遺伝子,調節因子の位置,発現パターンなどのデータを複数の近縁種で総合的に比較することによって推測することができる.本稿では,特に研究が進んでいる,出芽酵母の一種であるパン酵母とその近縁種を用いた研究を中心に解説する.
ヘテロクロマチン構造からみる非コードDNAと染色体【中山潤一】
染色体にはサテライトDNAやトランスポゾンなど,さまざまな非コードDNAが存在している.これらの配列は長い間ゲノム上の「ジャンク」,あるいは利己的に増殖する寄生因子と考えられてきた.しかし,非コードDNAはヘテロクロマチンとよばれる高次のクロマチン構造を介して,セントロメアやテロメアとよばれる,染色体機能に必須な機能ドメインの構築に寄与している.本稿では,非コードDNAがどのように高次クロマチン構造を形成し染色体機能を制御しているのか,その分子メカニズムについて考察する.
rDNA 巨大反復遺伝子群による細胞老化制御【小林武彦】
リボソームRNA遺伝子(以下rDNA)は細胞のなかで最多のコピー数を有する遺伝子である.真核細胞では100 コピー以上が巨大反復遺伝子群を形成し,テロメア,セントロメアとならんで染色体のユニークな領域となっている.またrDNAはその反復構造ゆえに染色体中で最も不安定な領域であり,本来のリボソームRNAをつくる役割に加えて,さまざまな生理作用を担っている可能性が指摘されている.本稿総説ではその作用の1つであるリボソームRNA遺伝子の不安定化が細胞老化に与える影響について,最近の知見を交えて紹介する.
染色体脆弱部位の複製とDNA損傷ストレス応答のメカニズム【高田 穣】
染色体脆弱部位(common fragile site)は,発がんやiPS細胞のリプログラミング過程での複製ストレスに高感受性で,断裂や欠失などを示す部位である.最近,CFSは複製起点の数が他の領域よりも少なくフォーク進行が停止しやすい特徴的な複製パターンを示すことが判明した.ストレス下では複製未完了のままM期に突入し,次のG1期で修復されるらしい.発がんを抑制し,骨髄幹細胞を維持し,質のよいiPS細胞を産生するために,ストレスに対応するDNA 損傷応答経路の活躍が必須である.
Alu配列の関連した遺伝子異常が遺伝性疾患をひき起こす【深尾敏幸】
霊長類になって組込まれてきた非コードDNAの代表的反復配列であるAlu配列は,ヒトゲノムの10%を占め,100万コピーも存在する.生物の進化の過程で,本稿では,Alu配列によって遺伝性疾患が発症している例について①イントロン内などのAlu配列間の非同一相同組換えによって遺伝子の欠失,重複が生じる場合,② Alu配列が遺伝子内,特にエキソンに挿入されることで,遺伝子が不活化される場合,③イントロン内のAlu配列の一部に変異が生じることで,エキソン化をきたす例,について紹介した.
500号記念座談会[続編]
基礎と臨床の境界はどこにある?
― トップサイエンティストを支える研究のモチベーション【井村裕夫/小川佳宏/水島 昇/熊ノ郷 淳/牛島俊和/上田泰己】
トピックス
カレントトピックス
新規な神経修飾可視化法による空腹時の味覚変化メカニズムの解明【稲垣秀彦】
microDNAと正常体細胞における遺伝的多様性【柴田義幸/Anindya Dutta】
新規フーリン切断配列による高分子型BMPの産生【秋山琢也/Kristi A. Wharton】
受容体型チロシンキナーゼErbBと転写因子NF-κBによる乳がん幹細胞維持の分子機構【日野原邦彦/後藤典子】
News & Hot Paper Digest
上皮細胞シートを折りたたむメカニズム【倉永英里奈】
食生活の違いによる腸内細菌叢の変化と病気の関係【養王田正文】
幹細胞への骨欠損部位へのターゲティング能の付与と骨再生【田畑泰彦】
バイオイメージ・インフォマティクス【八尾 徹】
製薬企業による臨床試験データの隠匿・操作が相次いで発覚【MSA Partners】
連載
クローズアップ実験法
マウス胎仔のホールマウント免疫染色と3Dイメージング【横溝智雅】
準備万端マイクロアレイ―希望を語る【浦野文彦/Christine Oslowski/Marjorie Whittaker】
Bench to Clinic 〜研究室と明日の医療をつなぐパイオニアたちの挑戦
画像誘導手術デバイス開発における医工連携 【波多伸彦】
ヒトの病気に潜む進化の記憶を探る 進化医学
遺伝学者の悪夢 ~糖尿病と発達プログラミング【井村裕夫】
ラボレポート ―独立編―
大物釣りの旅に西へ! ―University of California, San Francisco【梶村真吾】
Opinion ―研究の現場から
ベンチャーを通じた研究成果の社会還元 【谷 友香子/飯島玲生】
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