「個性」―すなわち後成的な脳の特徴はどのように作られるのか?不要部分を除去して回路を育てる引き算のメカニズムと,その破綻による精神疾患のしくみを紹介します.脳科学研究の未来が語られる特別フォーラムつき
目次
特集
脳神経回路リモデリング
ヒトの個性と心の根源への挑戦
企画/榎本和生
概論─神経回路ダイナミクス:個性を生み出す神経基盤への挑戦【榎本和生】
個性を生み出す神経基盤への挑戦 榎本和生 ヒトの心を生み出す源とは? その心の動きが個々人により異なるしくみは? これらを理解することは,神経科学者の究極的目標の1つである.本特集では,個性形成のカギを握るプロセスである発達期の脳神経回路リモデリングにフォーカスし,分子・細胞・回路・ゲノムの各階層において最新の知見を概説する.各論に続く「フォーラム」では,神経科学の第一線で活躍している研究者から,近未来の神経科学研究の方向性について予言・提言していただく.
発達期におけるシナプス刈り込みと逆行性シグナル【上阪直史/狩野方伸】
生後間もない時期の動物の脳には,成熟動物の脳と比較して,過剰なシナプスが存在する.その後の生後発達過程において,必要なシナプス結合が強められ,不要な結合は除去され,成熟した機能的な神経回路が完成する.この過程は「シナプス刈り込み」とよばれており,生後発達期の神経系で起こる普遍的な現象であり,その異常が精神神経疾患にかかわると考えられている.本稿では,最近の研究により明らかとなってきたシナプス刈り込みの細胞・分子メカニズムに関して,シナプス後部から前部への「逆行性シグナル」を中心に解説する.
不要神経突起の選択的な刈り込み【冨樫和也/手塚 茜/石川夏子/古泉博之/榎本和生】
神経回路の重要な構成要素である軸索や樹状突起が発達過程において過剰に生じ,その後の成熟に伴い,必要な突起を選択的に残して除去されるという退行的な現象は,すでに19世紀末にはRamón y Cajalらによって観察されていた.しかし,その詳細なメカニズムを分子レベルで説明できるようになったのは21世紀に入ってからのことである.本稿では哺乳動物に起こる現象を中心として,発達過程に起こる不要な神経突起の選択的な刈り込みに焦点を当てて概説する.
GABAニューロンによる回路可塑性制御【ヘンシュ貴雄/宮本浩行】
脳は経験を通じて発達する.発達期のさまざまな脳領域・脳機能で可塑性が高まる時期(臨界期)が存在する.近年,臨界期を誘導するトリガーと抑制するブレーキに相当する分子・細胞メカニズムが次々と明らかになり,臨界期を過ぎて成熟した個体を含め臨界期のタイミングと大きさを操作することが現実のものとなってきた.驚くことに種々の分子メカニズムが特定の抑制性GABA細胞で交差・収束することを視覚野可塑性を中心に解説する.
精神疾患にエピジェネティクスは関係するか?【加藤忠史】
早期環境が精神疾患の発症に影響するメカニズムにDNAメチル化などのエピジェネティックな要因が関係しているとの仮説が提唱されている.また,環境要因が,レトロトランスポゾンの転移など,さまざまな形で脳のゲノムに影響し,精神疾患の要因となる可能性も指摘されている.特に,早期の養育環境がDNAメチル化に影響する可能性については多くの研究があるが,実際には複数の研究グループにより確認された知見はほとんどなく,過去の知見をもとに研究を展開できる状況にはない.これには,エピジェネティクス研究における技術的な難しさや,脳という臓器の複雑さ,ヒト死後脳研究の難しさなど,多くの要因が関与していると考えられる.今後,精神疾患におけるエピジェネティクスの役割については,さらなる研究が必要である.
シナプス機能から見た自閉スペクトラム症とその他精神疾患【坪井大輔/森 大輔/永井 拓/山田清文/尾崎紀夫/貝淵弘三】
発達障害とは,一般に神経発達過程の遅延により生じる脳機能障害であり,自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)を含むさまざまな社会適応障害の総称である.これまでにASD患者の死後脳を用いた解剖組織学的解析から,一部の脳領域において神経細胞数の減少や神経細胞の配置異常などの知見が観察されているが,このような異常は健常者に比べて非常に微細な差異でしかない.近年の脳イメージング技術の発達によりASDや一部,類似症状を伴う統合失調症スペクトラム障害では,神経シナプスの動的制御に異常が認められることがわかってきた.本稿では,最近の知見を交えてシナプス機能から見た精神疾患の病態プロセスへの考察と関連研究の進展について紹介したい.
《フォーラム》これからの脳神経研究を考える
- ヒト脳情報の解読と制御の未来【川人光男】
- 「三つ子の魂」を神経科学的に考える:脳の発生発達と高次機能【大隅典子】
- 心の解明のための2段階戦略【岡本 仁】
- 光ベースの脳神経研究のこれから【尾藤晴彦】
インタビュー
日本のサイエンスを担う これからのリーダーの条件を求めて
第3回 創造的な研究を行い,マイルストーンを築く【インタビュー 山下由起子】
トピックス
カレントトピックス
B細胞濾胞がエリートコントローラーでのAIDSウイルス増殖の「聖域」となっている【深澤嘉伯/Louis J. Picker】
減数第一分裂に特異的な染色体分配を制御する新規動原体因子MEIKIN【石黒啓一郎/金 智慧/渡邊嘉典】
生細胞解析から明らかとなったRNAポリメラーゼⅡの転写活性化におけるヒストンアセチル化の意義【木村 宏】
CRISPR-Cas9複合体の立体構造に基づく転写活性化ツールの創出と応用【濡木 理】
News & Hot Paper Digest
連載
発見者が語る
奇妙なくり返し配列,それがCRISPRだった!【石野良純】
クローズアップ実験法
カイコバクミドを用いたヒトタンパク質の効率的発現法【加藤竜也/朴 龍洙】
教えて!エコ実験RETURNS
ずくなしのトランスフォーメーション法【北條浩彦】
DR 〜既存薬が新薬に生まれ変わる温故知新のサイエンス!
ドラッグ・リポジショニングと疾患ネットワーク【田中 博】
UJA Presents 留学のすゝめ!
メリットとデメリットを知り目標を定める【佐々木敦朗】
私のメンター 〜受け継がれる研究の心〜
Charles J. Sherr ―いつまでも挑戦者であり続ける【杉本昌隆】
ラボレポート ―留学編―
海外留学―たった1年,されど1年! ―Peter Gilgan Centre for Research and Learning(PGCRL/The Hospital for Sick Children【宮武正太】
Opinion ―研究の現場から
僕らの国籍はサイエンスである【ジョゼフィーヌ・ガリポン】
関連情報