分子生物学の新時代を拓く最新ツール「オプトジェネティクス」。光遺伝学の基本から、脳神経に限らない、オルガネラや膵β細胞などの多彩な機能を操作する最新研究、治療への応用も紹介。
目次
特集
オプトジェネティクス
細胞・組織・個体を光で操作する
企画/田中謙二
序にかえて―観察と操作の両輪を走らせる研究にシフトせよ【田中謙二】
オプトジェネティクス(光遺伝学)は神経科学を変えた.光駆動型イオンチャネル,光駆動型イオンポンプ(オプシン分子)を細胞に発現させて光をあてる.これだけの技術であるが,不可能な実験を可能にするのに十分な技術であった.誰もが因果関係と相関関係を峻別して思索を深め,因果を問う実験を実現可能な実験として予定に入れるようになった.研究のやりかたを一変させてしまうほどのインパクトをもったオプトジェネティクスとは何なのだろうか.
総論
なぜ光で細胞を制御できるのか?【井上圭一】
オプトジェネティクスにおいて,光で細胞活動を操作することを可能にしているのが光受容型膜タンパク質であるロドプシンである.ロドプシンはオプシンとよばれるタンパク質部分に,レチナールが結合した構造をもつが,細菌などがもつ微生物型ロドプシンと高等動物の動物型ロドプシンの2種類がある.そのうちオプトジェネティクスにおいて広く用いられているのが,光でさまざまなイオンを輸送する微生物型ロドプシンであり,本稿ではオプトジェネティクスにおいて使われるさまざまな微生物型ロドプシンとその動作原理を解説し,新たなツールとして期待されるNa+ポンプ型ロドプシンについて紹介する.
オプトジェネティクス研究の変遷とこれから【木村 生,田中謙二】
オプトジェネティクスが神経科学のフィールドに登場してからおよそ10年が経った.これまでの電気や薬剤を用いた操作研究が抱えていた細胞種特異性,時間特異性の問題を大きく改善し,さらに投射線維特異的操作をも可能にしたオプトジェネティクスは,今では操作研究において頼れるツールとしての地位を築きつつある.本稿では,オプトジェネティクス利用の変遷を,脳機能と行動のメカニズムを鮮やかに解き明かした研究例を紹介しながら辿る.現在,オプトジェネティクスは,「十分な観察に基づく細胞機能操作法」 と 「摂動ツールとして割り切って使う」 ことの2つの使用法に集約されることを紹介したうえで,前者を展開するためには神経活動のより精緻な計測が求められていることを指摘する.
機能的コネクトーム【中馬奈保】
近年のオプトジェネティクスの発達は,脳スライス標本におけるシナプス伝達解析にも大きな利点をもたらした.基底核回路のような複数の細胞群からの入力が入り交じった系での,細胞群選択的なシナプス結合の解析を可能にしたのである.これにより,特定のシナプス結合の機能的強度をシステマティックに調べることができるようになった.これは解剖学的にニューロン間の結合を網羅的に調べるコネクトームに対して,「機能的コネクトーム」とよぶことができる.本稿では機能的コネクトームについて,線条体回路における例を紹介する.
最新トピックス
オプトジェネティクスによる記憶の操作【大川宜昭,井ノ口 馨】
近年の記憶研究は,最新の分子生物学や光学技術を基盤として目覚ましく進展している.オプトジェネティクスと記憶を蓄える細胞集成体 (セルアセンブリ) を標的とする最新の遺伝子操作技術の融合が図られたことで,マウスレベルではシュワルツェネッガー主演の有名な映画の『トータル・リコール(1990)』の世界のように脳内での記憶の操作が可能になってきている.本稿では,オプトジェネティクスによって可能となった記憶の操作技術に加え,われわれが成功した,脳にある独立した記憶情報を素にした新しい記憶の人工的創出実験について紹介したい.
光遺伝学を用いたアルツハイマー病発症メカニズムの解析【橋本唯史,岩坪 威】
近年アルツハイマー病と神経活動の関係が注目されている.オプトジェネティクスを用いてアルツハイマー病モデル動物の神経活動を慢性的に亢進させることにより,神経活動の長期的な亢進が,軸索終末からのアミロイドβペプチド(Aβ)の分泌を促し,軸索終末領域のAβ蓄積を増強することを実証した.オプトジェネティクスを用いた将来的な疾患治療への展望についても紹介する.
イオン濃度操作ツールとしてのオプトジェネティクス【松井 広】
細胞内イオン濃度は,代謝産物の蓄積,細胞膜を横切るイオン,細胞内小器官からのイオンの放出などにより,時々刻々と変化する.従来,Ca2+イオンばかりが注目されてきたが,他のイオンもそれぞれ,細胞の機能を左右する,何らかの信号を符号化する存在だと想定すると,従来と比べて,細胞の担いうる情報の次元が飛躍的に増大する可能性がある.オプトジェネティクスを,膜電位ではなく,細胞内イオン濃度を操作するツールとして活用すれば,この画期的な手法は,神経科学を越えて,グリア細胞を含む,あらゆる細胞の機能解析に革命をもたらすであろう.
オプトジェネティクスを用いた膵β細胞からのインスリン分泌制御【櫛引俊宏】
光技術と遺伝子操作技術を組合わせたオプトジェネティクスにより,光による細胞機能制御技術が報告されている.オプトジェネティクスに用いられる代表的なオプシンであるチャネルロドプシン2が神経科学の分野で多く用いられてきており,本特集においても非常に興味深い研究成果が数多く掲載されている.ここでは,チャネルロドプシン2を膵β細胞に発現させ,オプトジェネティクスにより細胞からのインスリン分泌を制御し,糖尿病マウスを用いてその有用性を研究した結果を報告する.神経科学の分野において目覚ましく発展しているオプトジェネティクスを,疾病治療をはじめとする医療分野へ応用展開していきたいと私は考えている.
関連技術・リソース
ファーマコジェネティクス【山中章弘】
オプトジェネティクス(光遺伝学)の特集なのに,なぜファーマコジェネティクス(薬理遺伝学)なのかと読者のみなさまはいぶかるかもしれない.さにあらず,光遺伝学と薬理遺伝学はいずれも,特定の神経活動を操作する実験技術であるが,それぞれの特徴が大きく異なるために,実験内容に応じて正しく使い分ける必要がある.本稿では,薬理遺伝学の原理から特徴を概説し,光遺伝学と比較することで,どのような実験が最も適しているのか,どのような実験には不向きなのかについて考察する.
脂質オプトジェネティクス【中津 史,Olof Idevall-Hagren】
イノシトールリン脂質は,シグナル伝達や膜輸送をはじめとする多様な細胞生理機能を制御する.特定のイノシトールリン脂質を自在にコントロールする技術は,その脂質の細胞生理機能を調べるにあたりきわめて有用である.われわれは,光依存的にヘテロ二量体化する植物細胞由来の分子群を利用することで,細胞内局所におけるイノシトールリン脂質の操作法を樹立した.この脂質時空間制御ツールは,脂質解析法の新しい選択肢の一つとしてさまざまな応用が可能であり,これを最大限に活用することで脂質生物学の新たな展開が期待される.
ウイルスベクターを利用した神経科学研究【小林憲太】
神経機能を解析するための有用な実験ツールとして,トランスジェニック法やノックアウト法といった遺伝子改変技術が汎用されている.これらは,齧歯類においては有効性の高いツールであるが,例えば霊長類などに対する適用はまだ容易ではない.ウイルスベクターは,齧歯類から霊長類にいたるまで広範な哺乳類に適用可能な非常に優れた遺伝子導入ツールである.本稿では,ウイルスベクターの有用性について議論するとともに,ウイルスベクター提供に関するサポート体制について紹介したい.
Update Review
The NAD World 2.0 ―哺乳類の老化・寿命制御における組織間コミュニケーションの重要性【今井眞一郎】
トピックス
カレントトピックス
樹状細胞のTGF-β自己産生は,Smad2,Smad3により真逆に制御される【柏木一公,吉村昭彦】
抗リン酸化cis型Tau抗体による外傷性脳損傷モデルマウスの治療【近藤麻美,梁 明秀,Kun Ping Lu】
タンパク質の化学反応が細胞内の時を計る【向山 厚,阿部 淳,孫 世永,秋山修志】
生殖系列の変異率と変異蓄積マウス系統【内村有邦】
News & Hot Paper Digest
連載
挑戦する人
実践・研究の両輪で科学と市民をつなぐ!【加納 圭】
クローズアップ実験法
マウスの三種混合麻酔薬による麻酔法【西園啓文】
教えて!エコ実験RETURNS
ずくなしのミニプレップ【北條浩彦】
テツヤ、留学生活はどうだい。
あなたにとって「期限」ってどういう意味?【Kyota Ko,Simon Gillett】
最終回UJA Presents 留学のすゝめ!
時を超え繋がり拓く未来へ【佐々木敦朗】
私のメンター 〜受け継がれる研究の心〜
Peter Koopman ―性分化を語る哲学者【金井克晃】
ラボレポート ―留学編―
なかなか良いです! 韓国での刺激的ポスドク生活― Center for Functional Connectomics, Korea Institute of Science and Technology【中島龍一】
Opinion ―研究の現場から
高校生でもできる!次世代シークエンサー【鹿島 誠,Lee Hayoung,山㟢 曜】
関連情報