実験医学 2016年8月号 Vol.34 No.13

感染症を“侵入口”で討つ ヒト粘膜免疫と粘膜ワクチン

免疫賦活の独自のシステムは新しいワクチンを生み出すか?

  • 長谷川秀樹/企画
  • 2016年07月20日発行
  • B5判
  • 141ページ
  • ISBN 978-4-7581-0154-7
  • 2,200(本体2,000円+税)
  • 在庫:なし
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《企画者のことば》

さまざまな病原体の侵入による感染症の予防にワクチンの果たす役割は大きい.1885年のパスツールによる弱毒化ウイルスの注射による狂犬病予防の成功以来,さまざまな感染症に対する注射ワクチンが経験的に開発されている.そのような状況下で,腸管粘膜を介して感染するポリオウイルスに対する最初の経口弱毒生ワクチンが1954年にSabinによって開発されている.少し遅れて1960年代,IgA抗体やIgE抗体の発見があり,その後粘膜免疫の基礎・粘膜感染症の防御機構・アレルギー発症制御機構・免疫増強機構等の研究が着実に進み,それらが今日のいくつかの粘膜感染症やIgE媒介アレルギー予防のための合理的な粘膜ワクチン開発の基礎になっている.

外れない予防接種はできるのか?寒いとなぜ風邪をひくのか?…最前線で人体を守る粘膜免疫について,抗体の高次構造・体温・細菌叢など賦活を左右する機構から,その特性を活かした次世代ワクチンの展望まで一挙紹介

目次

特集

感染症を“侵入口”で討つ ヒト粘膜免疫と粘膜ワクチン
免疫賦活の独自のシステムは新しいワクチンを生み出すか?
企画/長谷川秀樹
粘膜ワクチンの研究の歴史【田村愼一,長谷川秀樹】
さまざまな病原体の侵入による感染症の予防にワクチンの果たす役割は大きい.1885年のパスツールによる弱毒化ウイルスの注射による狂犬病予防の成功以来,さまざまな感染症に対する注射ワクチンが経験的に開発されている.そのような状況下で,腸管粘膜を介して感染するポリオウイルスに対する最初の経口弱毒生ワクチンが1954年にSabinによって開発されている.少し遅れて1960年代,IgA抗体やIgE抗体の発見があり,その後粘膜免疫の基礎・粘膜感染症の防御機構・アレルギー発症制御機構・免疫増強機構等の研究が着実に進み,それらが今日のいくつかの粘膜感染症やIgE媒介アレルギー予防のための合理的な粘膜ワクチン開発の基礎になっている.
粘膜免疫システムの基礎とワクチン開発【中橋理佳,清野 宏】
われわれの身体は,体の外側を覆っている皮膚のみならず,口腔や鼻腔から肛門に至るまで筒状の構造をなし,体の内側を覆う粘膜組織を介して外界と接していることから,常に病原微生物やアレルゲンなどの外来異物に曝されている.このような「内なる外」において,生体の第一線バリアとして宿主を守るためにユニークな粘膜免疫システムが発達しており,それを有効に作動させることで,病原体の侵入阻止が可能になる.本稿では,粘膜免疫システムの特徴的な機構について概説し,粘膜免疫システムを応用した粘膜ワクチン開発への取り組みを紹介する.
自然免疫と粘膜アジュバントーメカニズムに基づいたアジュバント開発【日下部峻斗,黒田悦史,石井 健】
現在,次世代型ワクチンとして粘膜ワクチンが注目されており,すでに一部の粘膜ワクチンはヒトに使用されている.しかしながら粘膜組織は抗原の容易な流出,免疫寛容の誘導リスクなどの理由から十分な免疫が得られないなどのリスクが存在する.少ない抗原量で高い免疫原性を得るためにはワクチンに内在する,もしくは添加する粘膜(免疫に特化した)アジュバント(因子)が必須である.近年,自然免疫学研究の発展によりワクチンアジュバントの作用機序が徐々に明らかになってきており,さまざまなタイプのアジュバントが開発されてきている.本稿においては,自然免疫と現状の粘膜アジュバントについて概説したい.
常在菌とウイルスに対する粘膜免疫【森山美優,一戸猛志】
腸内細菌(常在菌)は腸管だけでなく,上気道や口腔内,生殖器粘膜などさまざまな範囲に分布する.最近の研究から,これらの常在菌がウイルス感染に対する防御免疫に役立つだけではなく,腸管に感染するある種のウイルスの増殖を助けている場合があることが明らかとなってきた.本稿では,インフルエンザウイルス,ヘルペスウイルス,腸管に感染するいくつかのウイルスを例にあげ,ウイルスに対する防御免疫やウイルスの複製における常在菌の役割を概説する.
気道粘膜における防御機構ー寒いとなぜ風邪をひくのか【田浦 学,Ellen F. Foxman,岩崎明子】
気温が低下する冬の時期は,風邪が流行する.ライノウイルスに代表される風邪の原因ウイルスに対しては,体を温め,マスクをし,安静に保つことで,免疫機能を賦活することにより感染を予防し,治療にあたっては解熱沈痛剤等の対症療法を併せて行うことが一般的である.しかしながら,「なぜ体を温めることが,風邪に対する免疫機能を活性化できるのか?」というきわめてシンプルな疑問に対してこれまで明確な科学的根拠は示されていなかった.本稿では,比較的低い上気道の温度を体幹温度に近づけることにより,インターフェロンに代表される抗ウイルス免疫応答を増強し,ライノウイルス感染に対する宿主のウイルス排除機能を高めることを明らかにした最近のわれわれの研究を概説する.
経鼻粘膜インフルエンザワクチンによる粘膜免疫と感染防御【鈴木忠樹,長谷川秀樹】
粘膜ワクチンの有効性発現機序の中心を担うのは粘膜に存在する分泌型IgA(SIgA)である.このSIgAのなかに二量体よりも大きな多量体が存在することが半世紀近く前から知られていたが,その生理機能と高次構造は不明であった.われわれは,経鼻ワクチン研究に高速原子間力顕微鏡解析を組合わせ二量体より大きなSIgAの機能と四次構造の関係性を明らかにすることに成功した.本成果は,免疫学における重要な成果であるだけでなく,粘膜ワクチン有効性発現機序についても重要な知見をもたらし,粘膜ワクチン開発に多くの示唆を与えるものである.
粘膜ワクチン導入で変わったロタウイルス感染症【川村尚久】
ロタウルスワクチンは,自然感染にみられる免疫応答をねらったもので,自然感染を模して,弱毒生ワクチンの複数回投与により,その後の感染では重篤な症状を起こすことなく,より交叉反応性の高い免疫応答を期待したものである.現在Rotarix®,RotaTeq®の全く異なる2種の経口生ワクチンが臨床応用されており,先進国に遅れ2012年7月にようやくわが国の乳児にも任意接種として導入された.2種のワクチンはわが国を含めて世界各地できわめて高い効果を上げており,ロタウイルス胃腸炎患者数は大幅に減少している.
HIV粘膜感染と宿主免疫【野村拓志,俣野哲朗】
今日,世界で3,600万人以上がHIVに感染していると推定されており,わが国でも新規報告件数が年間1,500人前後の状態が続いている.主なHIV感染経路は,性的接触による経粘膜感染であり,感染成立後の急性期のHIV増殖の場は,主に腸管粘膜であることが知られている.抗レトロウイルス薬,抗体およびT細胞の粘膜感染・増殖抑制能を期待したHIV持続感染成立防御法の開発に向けた研究が進展している.本稿では,HIV粘膜感染とそれに対する粘膜免疫反応に着目し,HIV粘膜感染阻止に向けた取り組みを紹介する.
粘膜でのアレルギーを治療するワクチン戦略ー花粉症・食物アレルギーの克服に向けて【石井保之】
今日,アレルギー疾患の拡大は乳幼児から高齢者に至るまで社会生活にさまざまな弊害を生み出している.特に鼻粘膜での抗原感作が発症原因と考えられる花粉症は年々増加傾向にある.また消化管粘膜で起きる食物アレルギーは幼少期に限らず成人後もアナフィラキシーの危険性を回避するため食事が制限される.粘膜下で起きるアレルギー反応は,マスト細胞の脱顆粒を止める薬剤や抗ヒスタミン薬等である程度は抑制できるが対症療法に過ぎない.花粉症や食物アレルギーを根本治療する唯一の方法は,原因抗原を用いたワクチンによって免疫寛容を誘導することである.
News & Hot Paper Digest
多彩な役割のペア,CLEC-2とポドプラニン【井上克枝】
細胞外イオン組成の変化による睡眠覚醒の制御【上野太郎】
メラトニンは夜間のインスリン分泌を抑制する【田蒔基行】
スプライシングの脆弱性は創薬につながるか?ーがん細胞の新たな弱点【米田 宏】
ヒト胚が子宮に着床した後の挙動を体外で再現する【本多 新】
腸内細菌の生態とわれわれの健康【富井健太郎】
カレントトピックス
Hoxb5は長期造血幹細胞特異的に発現し,均一な血管周囲ニッチを明らかにする【宮西正憲】
背側脊髄におけるEphA4の欠損により誘発される環境依存的な運動パターンの選択【佐藤大祐】
2つのシグナル物質の使い分けによる正反対の神経制御ー新たな抑制性シナプス伝達制御メカニズムの発見【丹羽史尋,坂内博子,御子柴克彦】
予防医学の扉を開く 食品に秘められたサイエンス
食べることが動くことに─食品が代替できる運動機能の可能性【佐藤隆一郎】
クローズアップ実験法
環状RNAの合成とその翻訳反応ー大腸菌と動物細胞の翻訳系【阿部 洋,阿部奈保子】
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