特集にあたって
特集にあたって
齋藤 学
(Rural Generalist Program Japan 合同会社ゲネプロ)
皆さん,こんにちは.総合診療はバラエティに富んでいて,そして奥が深いですよね.実際に,自分はどこまで診られるようになればいいのだろう,と悩んだことはありませんか? 医者は一生勉強といいますが,余暇も大切です.今回は「診療の範囲」について,皆さんと一緒に考えていけたらと思い,企画してみました.
ジェネラリストとスペシャリスト
プライマリ・ケアの現場では,「これ,もう少しトレーニングしたら自分でも対応できるかも?」という手技が少なからずあると思います.そんな「総合診療あるある」の手技に対象を絞り,紹介される側の各科専門医からの視点も含めて,形成外科,産婦人科,眼科,耳鼻科,皮膚科,泌尿器科,整形外科,歯科といったさまざまなスペシャリストの先生方にご執筆いただきました.スペシャリストといっても,医師人生のどこかでジェネラリストの立場を経験された先生方ばかりなので,ジェネラリストとスペシャリスト,双方の立場からのアドバイスが随所に散りばめられています.まずはジェネラリストがどう考え,どんな処置をしたのか? その処置は,スペシャリストからしたら合格点なのか? ジェネラリストで手に負えず,スペシャリストに紹介した後,スペシャリストはどう考え,どんな処置をしたのか? 今回は,スペシャリストの診察室での様子も余すところなく綴られています.
また,もちろん,どのシナリオも「あるある」なものばかりですが,「本当によくある事例なの?」と思われる方もおられるかもしれません.そこで,「一人で離島を守るジェネラリスト」を育成し続け,そしてご自身も離島経験のある沖縄県立中部病院総合診療科の本村和久先生にも,各稿末に〈沖縄の離島診療所(島には医師一人)でのリアルワールド〉と題したコメントを寄せていただきました.
ジェネラリストの守備範囲って…?
プライマリ・ケアの現場にいると,常にこの疑問にぶち当たります.「できないからやらなくていいのか?」と「できるけどやっていいのか?」の2つです.「あー,今日はたまたま俺が当番だったから患者さんを紹介してしまった,申し訳ありません!」と思うときもあるでしょう.一方で,「前の病院ではやっていたけど,いま勤務している総合病院の環境だったら,各科の専門の先生がいるから紹介することになっているんだ」と思うこともあるでしょう.では,ジェネラリストの本当の守備範囲とは,どこまでなのでしょうか?
ひと昔前のオーストラリアで,こんな事件がありました.ある医師が「俺は何でもできるから,ここで手術でも何でもやってしまおう」と意気込んで,ある町に乗り込んできました.そして,総合診療に加えて,外科の手術にまで手を出すようになると,やがて食道がんなどの難しい手術までをも行うようになりました.そして悲しいことに,手術が原因で命を落とす患者さんの数は急増し,とうとうその医師は裁判にかけられ,投獄されることになりました.その町は,決してへき地ではありません.紹介すれば近くに大きな総合病院もありました.地域の医療資源を無視して,自分のやりたい手術ばかりを行い,結果として患者さんに,そしてその地域に甚大な被害を与えてしまったのです.
そこで,クイーンズランド州政府が立ち上がり,医師と病院との守備範囲のマッチングを試みました.そのなかの取り組みの1つであり,日本でも役立つのではないかと思われる制度をご紹介します.それは,CSCF(Clinical Service Capability Framework)1)と呼ばれ,6段階で病院の役割を決める枠組みです.なお,そこで働く医師は自身の診療範囲を定期的に州政府に登録する必要があります.これにより,危険な医療から地域住民を守るための枠組みであると同時に,地域住民が最低限の医療を受けられるための枠組みとしても機能しています.最低限の医療とは,例えば救急医療や小児医療,産科医療のことを指します.
任された守備範囲は責任をもって守れる,そんなジェネラリストになりたいですね.今回の企画が,皆さんの守備範囲を考える一助になれば幸いです.さあ一緒にProcedural GP(手技のできるGP)のリアルワールドへ突入しましょう.
文献
著者プロフィール
齋藤 学 Manabu Saito
Rural Generalist Program Japan 合同会社ゲネプロ
「医者の守備範囲」って何でしょうか.私自身「来た球はすべて打つ」という長嶋茂雄に憧れていますが,ストライクゾーンはしっかり見極めないといけませんね.今回は,普段なかなか見ることのできない,スペシャリストの「診療の裏側」を垣間見ながら,ジェネラリストの「診療の範囲」を探ります.本村先生のリアルワールドもお楽しみに!
〈共同編集〉
本村和久 Kazuhisa Motomura
沖縄県立中部病院 総合診療科
プロフィールはp.485参照