特集にあたって
特集にあたって
井上真智子
(浜松医科大学 地域家庭医療学講座 特任教授)
すべては外来からはじまる
外来の患者さんのなかで女性は約57%を占めます.人口10万人に対する外来の受療率は,年齢層が10歳代後半から60歳代までの間,女性は男性の1.24倍,男性よりも外来を受診する割合が高い傾向にあります1).
また,日本の医療は外来偏重であり,年間の外来受診回数は,国民一人あたり約13回とOECD(経済協力開発機構)諸国のなかでもきわめて多い状況です2).1回あたりの診療費は諸外国と比べて低いものの,外来医療費(調剤を除く)が全医療費に占める割合も32%とOECD平均(29%)より高くなっています2).しかし,1回あたりの診療単価が安いため,1回の診察にかける時間が数分とならざるをえず,十分なコミュニケーションのもと,包括的なケアができているとは言いがたいと医師自身も感じているのではないでしょうか.
さらに,日本では,患者さんが自分で判断して診療科や医療機関を選んで受診できるフリーアクセス制がとられています.気になる症状があったとき,医療機関にかかるべきか,かからず様子をみるべきか,患者さん自身が,家族や身近な人やインターネットなどの情報をもとに判断します.時には,本来かかるべき診療科・セッティング(診療所,中小病院,大病院など)と,かかった診療科(で提供されるケア)の間に齟齬が生じ,その結果,適切なケアが受けられなかったり,ケアに満足がいかなかったり,ドクターショッピングをくり返したりすることにつながっています.例えば,更年期症状で動悸がするときに大学病院の循環器内科を受診したり,女性によくみられる緊張性頭痛であるのに脳ドックで頭部MRI検査を受けたり,といったことがよく起こります.もちろん患者さんにはその症状の原因がわからないためですが,総合診療やプライマリ・ケア外来を受診され,適切に診断やケアがなされていれば,防ぐことも可能です.まず,一般外来を受診し,医学的に必要性が高いと判断された場合にのみ専門医を受診することができれば,患者さんの求めるニーズと提供されるケアとの間の齟齬が減ることも期待されます.そのためにも,普段の外来診療の場で,適切な情報提供にもとづき,その人に合ったケア(パーソナライズされたケア)について協働的意思決定(シェアード・ディシジョンメイキング)を行っていくことが必要になってきます.
女性のケアでは何が問題?
女性特有の問題で気になることがあっても,一般に産婦人科受診は敷居が高いものです.月経に関連する症状(月経痛,月経不順,不正出血,無月経,月経前症候群など)や更年期症状についても,インターネット上にはさまざまな情報が氾濫し,適切な医療情報にアクセスすることは容易ではありません.その結果,医療機関での適切な治療やQOL向上のためのケアにもアクセスしづらくなっています.例えばピル(OC/LEP剤(※))は,月経関連のさまざまな症状の軽減に有用ですが,日本ではいまだ利用率が1~3%と低いままです.
ここで,女性の健康のケアに関する問題について,以下のようにカテゴリーに分けてみてみましょう.
1)自分でケアの必要性を認識していない問題
妊娠前ケア(葉酸摂取,ワクチン接種,禁煙など),子宮頸がん検診,性感染症や望まない妊娠のリスク,骨粗鬆症,閉経後脂質異常症,アルコール依存症など,無症状や無自覚のもの,知識がないものがこの領域に含まれるといえます.
2)受診する必要性があるかもしれないと思いつつ受診していない問題, 受診したが満足のいくケアが受けられないままの問題
更年期症状(ほてり,のぼせ,不眠,肩こり,腰痛,倦怠感など),前述の月経関連症状,月経前症候群(腹痛,むくみ,頭痛,イライラなど),思春期の問題(にきび,立ちくらみ,めまい,月経痛),帯下の異常,産後の体調不良など,受診して相談することなのかどうかはっきりしない問題がこの領域に含まれます.更年期や月経関連の症状は医療従事者からは不定愁訴と受けとられ,漫然とした対症療法が行われたり,軽くあしらわれて終わったように患者さんが感じたりしている場合もあります.
3)プライマリ・ケアでもできる(診てもらえる)と知られていない問題
1),2)と重複することもありますが,ピルの処方,月経痛への対処,月経周期の移動,緊急避妊薬の処方,萎縮性腟炎の治療,更年期のホルモン補充療法,妊娠中や産後のコモンプロブレムへの対応,妊娠関連の心の問題のケア(出産・流産・死産・中絶・不妊にまつわること)など,本来プライマリ・ケアでも対応可能なことが多くあります.診療範囲は医師の受けてきたトレーニングにもよりますが,総合診療医をめざす医師にはこれらのスキルを身につけることも視野に入れていただきたいと思っています.
※OC:oral contraceptives(経口避妊薬),LEP:low dose estrogen-progestin(低用量エストロゲン−プロゲスチン)
ひと工夫の女性診療
とはいっても,女性のケア全般,特に月経や妊娠に関することは医師にとってもハードルが高いものでもあります.本特集は,女性診療において総合診療医・内科医・産婦人科医・産業医がうまく連携することを目標に,いつもの診療に「少しの工夫」を加えることでできる女性診療がテーマです.風邪診療から学校生活,職場での支援,妊活や妊娠中のケア,更年期,老年期,メンタルヘルスそして健康増進へ,と広い範囲を網羅しています.腕をふるってご執筆いただいた先生方に感謝しつつ,読者の皆さんの外来でまずは「ひと工夫」を始めてみるきっかけになればと願っています.
さらに,外来は忙しく,いつも「ひと工夫」ができるとは限りません.そんなときは,看護師さんや他職種の力を借り,月経・妊娠歴やセクシャルヒストリーなどをお願いするという手もあります.いつもの外来チームでこの特集号を利用していただくことで,少しでも外来診療の質を高めることに役立てていただければ幸いです.
文献
- 厚生労働省:平成26年(2014)患者調査の概況.
- 「OECD Reviews of Health Care Quality:JAPAN 2015:Raising Standards」(OECD), OECD Publishing, 2015
著者プロフィール
井上真智子 Machiko Inoue
浜松医科大学 地域家庭医療学講座 特任教授
静岡家庭医養成プログラム(浜松医科大学総合診療プログラム)責任者・指導医
3カ所の家庭医療クリニックを中心として,指導医・スタッフ皆で総合診療プログラムを運営しています.アットホームかつアカデミックに家庭医療を実践できる場づくり,そして日本のプライマリ・ケアの発展をめざしています.気軽に遊びにいらしてください!
Facebookページ:https://www.facebook.com/shizufam/
〈共同編集〉
柴田綾子 Ayako Shibata
淀川キリスト教病院 産婦人科
プロフィールはp.1130参照
城向 賢 Ken Joko
菊川市立総合病院 産婦人科
静岡家庭医養成プログラム 指導医
プロフィールはp.1130参照