特集にあたって
特集にあたって
宮川政昭
(医療法人愛政会 宮川内科小児科医院 院長)
臨床処方医療学とは何でしょうか.臨床医にとって,薬の処方は大切な日常業務です.外来をしていて,処方しない日はないでしょう.しかし,治療継続中に,処方の必要がない患者さんも出てきたらよいことですね.さて,皆さんが日頃行っているその処方は患者さんからみて本当に適切でしょうか? ただ「薬を出す」だけの行為になってしまっていませんか?
この特集は,あくまで患者さんにとっての薬の使い方を意識した医師の処方医療学として考えてください.患者さんとともに処方を決めていく過程としての共同意思決定(shared decision making:SDM)に注目しました.
医療機関で薬を処方しても,日常のなかで最終的な薬の使用は患者さんに託されています.「薬を飲む」―その実践者は患者さんです.もし患者さんが適当な飲み方をすれば,薬も適当にしか効かないでしょう.われわれ医師の期待した薬効は完全には得られず,患者さんにしてみても,せっかく薬を飲んだのに本来の効果を十分に感じられないのです.そして,その効果を誤認した臨床医は,薬の増量や変更を選択してしまいます.
例えば,「1日3回,毎食後」の薬で考えてみてください.はたしてすべての患者さんが同じように,ベストなタイミングで飲めるでしょうか? 答えは明らかに否ですよね.食事が2 回の人もいますし,就寝前が夕食後の人もいます.シフトワーカーの人もいます.人によって生活スタイル,生活リズムはさまざまですから当然です.他にも,治療や服薬そのものについての理解が不十分ということもあるでしょう.
つまり「処方」は,個々の患者さんが生活のなかで実践可能な内容で,かつ薬効を最大化できるようにしなければ,本当の「処方」とはいえないのです.実地臨床医はあたかも山岳ガイドのごとく,外的因子として雨のとき・風のとき・気温が変化したとき,内的因子として熟練者・初心者であるかそして疲労しているかなどの状況に応じて患者さんを導いていかなければなりません.患者さんに身を置き換えてみたら,年齢・罹病期間・理解度・心理条件・経済的条件,さまざまなことを考えてガイドできなければなりません.患者さんが「飲んでよかった」「それなら飲みたい」と思えなければ,その薬は上手く使えていないのです.
「当たり前のことだ」あるいは「理想論だ」と思われる方もいるかもしれません.しかし,そこを解決できたら,われわれの臨床は大いに前進するはずです.患者教育は医師教育です.本特集で,多くの医師の処方の概念を変えていきたいと思っています.患者さんの生活や考えをしっかり聞き,それをふまえて上手な薬物治療ができる医師になれたら素敵です.
また,山岳ガイドは多くのルートを知っています.決して診療ガイドラインの一本の道だけではありません.われわれ実地臨床医は,ベテランの山岳ガイドに負けないように多くのルートを熟知しなければなりません.そして歩きやすい道を選択するだけではなく,もし歩きにくい道を選択せざるを得ない状態であれば,寄り添って適切なアドバイスを送り続けることが大切です.目の前の患者に,「その人にとって」よりよいルートを選択することが,良好な医師-患者関係を生むはずです.
この『Gノート』誌は実地臨床のアイディアブックであり,教科書ではありません.治療という山に登るのに,そのルートは人それぞれです.本特集では,処方に至るまでに,患者さんをどのようにガイドしているかを具体的に会話例など多く盛り込んで,患者さんが確実にそして効果的に服用できる処方とするための工夫やコツや患者さんへの説明などについて詳細に紹介します.
著者プロフィール
宮川政昭 Masaaki Miyakawa
医療法人愛政会 宮川内科小児科医院 院長
専門:家庭血圧による実地高血圧診療
安易な批評や論評を慎み,賢明な行動を模索し,「想像から創造へ」を自らに課し,臨床医として,毎日を如何に生き生きと過ごすことができるかを考え,児玉源太郎の「諸君は昨日の専門家だったかもしれん.しかし,明日の専門家ではない」という言葉に,諌められあるいは励まされている.