特集にあたって
特集にあたって〜歯科領域について知っておいた方がよいことはなんでしょう?
弘中祥司
(昭和大学歯学部 スペシャルニーズ口腔医学講座 口腔衛生学部門/昭和大学口腔ケアセンター)
はじめに
口腔内の健康状態と全身の健康状態の関連は近年の臨床医学や基礎医学の進歩とともに,よく知られるようになりました.歯周病と糖尿病の関連1)や,口腔の健康管理が在院日数を減らす2)等のエビデンスは入院患者だけではなく,在宅診療等の地域医療でも今後もますます重視されていることと思います.
一方で,1906年に医師法と歯科医師法の制定により,これまで医学として同一であった学問体系から歯学が完全に分離し,多くの医科大学学生や臨床研修医は近代歯学の多様性について,習う・触れる機会が少なくなったといわれています.そのため,「患者さんや家族から口の中のことを質問・相談されると困る」「歯科医への紹介の基準がわからない」という声も多く聞かれます.また,口腔ケアに関する書籍は多職種に向けたものとして,多数出版されていますが,その前提となる歯科・口腔外科領域の基礎知識を医師向けに解説した書籍は少ないのが現状ではないでしょうか.そのため,「医師が知っておくと役立つ歯科・口腔外科領域の基礎知識」をやさしく紹介する特集を今回企画いたしました.地域医療を担う医師が気軽に読むことができ,診療にすぐに活かせる内容にできればと存じます.
少子高齢社会のなかでの歯科の役割
わが国は,着実に人口減少が進んでおり,少子高齢化が加速しています.なかでも100歳以上の高齢者数は目を見張るべき増加で,令和元年9月時点では7万人を超えています.一方で,日本歯科医師会の8020運動も健康日本21(第二次)3)の目標である50%を平成28年度に達成する4)など,健康な高齢者も数多く増加していることがわかります(図1).
これからの人口動態を勘案した場合,昔は高齢者の治療といえば,入れ歯の調整だけだったのが,う蝕や歯周病などの歯科治療の需要が異なってくることが予想されます.中医協資料(平成29年,図2)5)でも,歯の形態の回復を中心とした「治療中心型」の歯科治療から,口腔機能の維持・回復を中心とした「治療・管理・連携型」の歯科治療にシフトすることをあげて警鐘を鳴らしています.そして令和2年度の診療報酬改定(歯科)において,新たに非経口摂取患者口腔粘膜処置(100点)が新設され,経口摂取困難な患者さんで,患者自身による口腔清掃が困難な人に対して保険適用されるようになりました.健康な人のう蝕や歯周病はかなりの比率で制御されてきていますが,入院中や在宅療養者,要介護者・障害者のようにセルフケアが十分に実施できない方への歯科医療のパラダイムシフトが急務であることが叫ばれています.
また,平成29年の国民健康・栄養調査6)で,70歳以上の高齢者は,20歯以上歯を有する割合が少ないにもかかわらず,多くの人が何でも噛んで食べることができると回答しています.入れ歯によって噛む能力が維持されているのかは読みとれませんが,普通のものを食べているといっても,「スルメ」と「豆腐」では固さに大きな違いがある,すなわち,「何でも食べられている」と回答した人は,知らず知らずのうちに柔らかい食材を選択している可能性があることに気付きます.これが,まさに高齢者のFrailty cycleであり,オーラルフレイルの概念に通じるところです.
しかしながら,口腔機能低下やオーラルフレイルの概念は,回復可能であるところが大きなポイントです.ここがまさに,未来の医科歯科連携を通じた,わが国における新たなライフステージに応じた医療保健対策になると考えています.高齢者の食の終末は歯の喪失からはじまります.口腔機能を評価する時代に突入している現代ではありますが,その機能に重要な役割を果たしている「歯」や「口腔」の存在を忘れてはならないと思います.
本特集が,医科歯科連携のさらなる深まりの礎になることを祈って,また私たちの叡智の源は医学における隣人を知ることからはじまると信じています.
文献
- 「糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン 改定第2版」(日本歯周病学会/編),医歯薬出版,2015
http://www.perio.jp/publication/upload_file/guideline_diabetes.pdf - 財団法人8020推進財団:入院患者に対する包括的口腔管理システムの構築に関する研究─口腔ケアの標準化に向けての試行研究ならびに先駆的取り組み─.2006
https://www.8020zaidan.or.jp/images/about/pdf_list/system_care.pdf - 厚生労働省 健康日本21(第二次):https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kenkounippon21.html
- 厚生労働省 平成28年歯科疾患実態調査:https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/62-28.html
- 厚生労働省 中央社会保険医療協議会 総会(第376回) 議事次第(平成29年):https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000187049.html
- 厚生労働省 平成29年国民健康・栄養調査報告:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/h29-houkoku.html
著者プロフィール
弘中祥司 Shouji Hironaka
昭和大学歯学部 スペシャルニーズ口腔医学講座 口腔衛生学部門
昭和大学口腔ケアセンター