特集にあたって
特集にあたって
鋪野紀好
(千葉大学大学院医学研究院 診断推論学/千葉大学医学部附属病院 総合診療科)
われわれ総合診療医は,診療のセッティングを問わず,患者さんへの侵襲性がなく,医療コストもかかわらない“問診”を武器にして,患者さんの診断を行います.そして,ノービス(初学者)からエキスパート(熟達者)になると,問診から診断の鍵となる情報があれやこれやと引き出されるようになります.しかしながらノービスの視点からすると,「自分が問診をしたときはそんなこと言ってなかったのに,なんでエキスパートが問診をすると患者さんはさっきと違うことを言うのだろう」,そんなギモンを抱いている方も多いのではないでしょうか.
私がまだノービスである研修医だった頃の話ですが,外来で患者さんから時間をかけて問診を行い,その情報を指導医にプレゼンテーションしました.指導医から「◯◯の症状はある?」と聞かれ,私は患者さんの言葉通り,「◯◯の症状はありません」と伝えました.その後,指導医が医療面接のなかで同じ質問をすると,なんと患者さんが「◯◯の症状はあります」と答えるのです.それは,その場1回の経験ではなく,どの後も何度か同様の経験をしました.
これは決して患者さんがウソをついているのではなく(少なくとも意図的に),患者さん本人が医師から尋ねられていることを具体的にイメージできていないことに起因すると考えられます.エキスパートとよばれる医師は,医療面接のなかで,患者さんのおかれたコンテキストを探り,患者さんと医師が具体的にその状況をイメージできる問診を行います.そのような問診方法を「映像化」とよび,例えるならあたかも自分が医療ドラマの監督になり,俳優に具体的な演技指導ができる技術です.そんな技術は一部のエキスパートにしかできない“アート”でしかない,そう思う方もいるかもしれませんが,決してそんなことはないことを強調したいと思います.ちょっとした問診の工夫を学ぶだけで (ここではその問診の工夫を“Small Teaching”とよびます),アナタの問診力は格段に向上するでしょう.
この特集では,エキスパートによる明日の診療から活用できる問診力アップのためのSmall Teachingを紹介していきたいと思います.構成の工夫としては,問診中のノービスとエキスパートの思考プロセス(頭のなか)を言語化して事例を紹介しています.この両者の問診と思考プロセスの違いについて比較してみると,その違いに気づきやすいと思います.また,事例の後には,問診力アップのためのSmall Teachingについての解説をまとめています.
問診力アップのSmall Teachingの例として,さまざまな場面を想定しそれぞれに応じた項目を用意しました.
医師が患者さんをイメージして映像化して問診をする技術⇒ ❶
患者さん自身にコンテキストを思い起こさせる技術⇒ ❷
問診票に記載された限られた情報から読み解く技術⇒ ❸
患者さんの解釈モデルを正しい医学的モデルに変換して診断推論に活用するための技術⇒ ❹
医療機関を受診するまでにどのような受療行動をとっていたかで診断を推論する技術⇒ ❺
症状の発症起点を確実に捉えるための問診技術⇒ ❻
病歴情報と身体所見の整合性を吟味しながら問診する技術⇒ ❼
ADL障害の程度をイメージしながら問診する技術⇒ ❽
隠れた内服薬,既往歴,社会歴を聞き出す技術⇒ ❾
患者満足度を向上させるための問診技術⇒ ❿
疾患仮説を意識した問診の技術⇒ ⓫
患者の表現が曖昧であるが,そこから正しい情報を得るための技術⇒ ⓬
抑うつ患者に対する問診技術⇒ ⓭
これらについてピックアップしています.これらのSmall Teachingは,どれも日常臨床での問診力アップに直結するスキルであり,ちょっとした工夫をするだけで見違えるほど効果を実感できるものばかりです.今回ご執筆をお引き受けいただいた先生方は,いずれも卓越した問診力があり,人材育成にも大変定評のある総合診療のエキスパートです.エキスパートによるSmall Teachingをぜひ明日からの診療にお役立てください!
著者プロフィール
鋪野紀好 Kiyoshi Shikino
千葉大学大学院医学研究院 診断推論学/千葉大学医学部附属病院 総合診療科