Gノート:心不全×連携医療 移行期ケアから在宅・緩和ケアまで、多施設・多職種をハートでつなぐ!
Gノート 2020年10月号 Vol.7 No.7

心不全×連携医療 移行期ケアから在宅・緩和ケアまで、多施設・多職種をハートでつなぐ!

  • 大森崇史/編
  • 2020年10月01日発行
  • B5判
  • 180ページ
  • ISBN 978-4-7581-2349-5
  • 3,080(本体2,800円+税)
  • 在庫:あり

特集にあたって

心不全診療 Overview 〜治療・ケアの現状をまとめてみた

大森崇史
(飯塚病院 連携医療・緩和ケア科)

掲載誌の目次を見る

はじめに

本誌を手にとってくださりありがとうございます.今回のGノートの特集は「心不全×連携医療 ~ハートでつながる心不全診療」です.

近年循環器の分野では次々と新しい薬剤やデバイスが開発されています.一方で患者の高齢化・Multimorbidity(多疾患併存)のため,治療だけでは解決しない問題も増えています.これらの問題に対応するために,私は治療と同じくらい,多職種の連携・移行期ケアが重要であることを体感してきました.本特集を通じて「心不全×連携医療」の必要性とその実践方法について学んでいただけますと幸いです.

まずこのテーマをとり上げた理由について,この稿ではマクロな視点とミクロな視点の両方でご説明します.

1マクロな視点で診る心不全
〜「心不全患者は入院で循環器内科医がずっと診る」時代は終わった

1)心不全パンデミック

まず今の心不全診療の現状について,マクロな視点でご説明します.厚生労働省は3年ごとに患者調査を行っています.それを示したのが図1の心不全患者数の推移です1)

特に入院患者数が増えていることがわかりますね.今後,2040年頃まで増え続けると予想されており,これを感染流行にたとえて「心不全パンデミック」とよばれています.患者が増えるなら病床を増やせばいいのでしょうか? しかし,そうはいかない事情があります.

2)心疾患と医療費

心疾患の医療費に焦点を当ててみましょう.皆さん,心疾患で年間どれくらいの医療費が使われているか想像がつきますか?

厚生労働省の資料2)によると,2017年度(平成29年度)の傷病分類別医科診療医療費は,30兆8,335億円でした.そのうち,循環器系の疾患(循環器病)が占める割合は,6兆782億円(19.7%)と最多でした.なかでも心疾患だけで2兆392億円と大きな割合を占めています図22)

なぜ心不全ではこれだけ医療費がかかるのでしょう.スペインからの報告では,心不全の医療費を逼迫している最大の要因は再入院3)だと指摘されています.やはり入院というのはそれだけ医療資源を使うものだということなんですね.ここで病床数の話に戻りますが,病床数と入院医療費には正の相関があると指摘されています.病院は病床が空いていると赤字になるため,本来介護で対応すべきような患者を社会的入院などと称して入院させ,病床をうめることで病院側が医療費を賄ってしまうためだといわれています.現在社会保障費は増加の一途をたどっており,今後も持続可能な社会をつくるためには医療費の縮減は国家命題です.そのため,地域医療構想で急性期病床・慢性期病床を約2〜3割縮減する方針を打ち出しています.それを示したものが図3です4)

3)ここまでのまとめ

皆さんの地域の循環器系急性期病床が3割減ると想像してみてください.どうすれば地域医療は崩壊を防げるでしょうか.これからの心不全診療を支える私たちは限られた病床数で効率的な心不全診療を提供し,再入院を防ぎ,入院以外の医療資源を適切に利用することが求められています.「心不全患者は入院でじっくり循環器内科医が診る」時代は終わり,循環器の専門病棟では短期間の集中的な治療が行われ,その後すみやかに回復期病棟や在宅・施設で継続した心不全治療を行っていく,という形にシフトしていくでしょう.

2ミクロな視点で診る心不全 〜多職種連携と移行期ケアが成功の鍵

1)心不全の発症から看取りまで

次に臨床現場のミクロな視点で心不全をみてみましょう.私が心不全の発症からお看取りまで担当した一例をお示しします.

野村さん(仮名) 80歳男性.

もともと高血圧・糖尿病でプライマリ・ケア外来に通院をしていたが,ある日急性心不全で入院した(図4①).2週間の入院で改善し,その後は循環器専門外来への通院を開始した.

しばらく経って,慢性心不全の急性増悪で入院した(図4②).今回は退院まで4週間の入院を必要とした.主治医は再入院リスクが高いと考え,訪問看護が加わり,介護保険が申請された.

半年ほど経って慢性心不全の急性増悪で入院した(図4③).重篤な状態で気管挿管・集中治療管理を必要とした.高度急性期病床,急性期病床で6週間入院治療を行い,緩和ケアチームも併診した.その後回復期病床のある病院へ転院し,リハビリテーションや社会環境調整を経て自宅に退院,訪問診療がはじまった.

そのまま自宅での治療を希望されていたが,心不全が悪くなるにつれ医療・介護の必要量が急速に増したため地域包括ケア病床に入院した(図4④).早期治療が功を奏し状態は改善したが,家族の疲労や介護の手間が今後も増えることを想定し,これを機に介護付き有料老人ホームに入居した.施設では訪問看護やデイケア,食事調整などを行って再増悪せず生活できた.1年ほど経って,再び心不全増悪の兆候がみられたが施設で過ごすことを希望され,症状緩和中心の治療・ケアをうけ,その後お看取りとなった.

このケースは随分簡素化していますが,これだけでも10回療養の場が切り替わっています.また診療所,病院,介護施設,訪問看護ステーションなど多数の施設と20を超える職種がかかわっています(図5).それぞれの部門・施設で心不全診療・ケアを充足させることはもちろん重要です.ですがそこで行われた治療やケアが適切に引き継がれなければ意味がありません.施設間,職種間,そしてケアを提供する人の間での連携と移行期ケアを充足させることもまた重要なのです.

2)移行期ケアとは

移行期ケア(Transitional care)というキーワードを聞いたことがありますか? 小児医療でTransition(昔キャリーオーバーと言っていたもの)という概念が知られていますが,それとは少し違います.

2003年のAmerican Geritarics Society(AGS)からのステートメント5)では移行期ケアをこう定義しています.

“患者が別の施設に移動,あるいは同じ施設内で部門を移動する際に行われる,療養の場所間および医療者間でケアの継続性・連続性を担保するために行われるプロセス”

これは当然のことのように感じられるかもしれませんがとても重要なことです.多疾患併存で複数の医療機関を受診している患者さんや,心不全のように救急外来,集中治療室,一般病棟,診療所外来などを次々に移動する患者さんは,統合されたケアが提供されないことがあるという報告6)があります.またケア提供の場所が変わる際にサービスの欠失あるいは重複,不適切なケア,不十分な情報伝達といった問題が生じ,移行期ケアの質が下がった場合,臨床転帰の悪化,患者の満足度の低下,救急外来受診や入院の増加,不要な外来受診が生じうる7)とされています.

また,上記のポジションステートメント5)では行うべき移行期ケアの内容を次のようにまとめています.

  1. ① 移行期ケア計画の策定と積極的な関与
  2. ② 専門家間の双方向性コミュニケーション
  3. ③ 質の高い移行期医療を促進する政策
  4. ④ かかわるスタッフすべてへの移行期ケアの教育
  5. ⑤ 移行期ケアのプロセスを改善するための研究

つまり,ビジョン・コミュニケーション・政策・教育・改善が合わさってはじめて,移行期ケアが成立するということです.

おわりに 〜本特集の構成

心不全診療に従事する医療者,部門,施設とハートでつながるためにはお互いを理解することが重要です.本特集ではその一助を担うべく,全国の心不全診療の専門家に筆をとっていただきました.

前半部分ではさまざまな立場から心不全診療をご解説いただきます.久留米大学病院で高度急性期から緩和医療まで携わる柴田龍宏先生には心不全診療の最新エビデンスについてご解説いただきます.一方,ポリファーマシーや高齢者医療分野の問題に取り組まれている岡村知直先生には臨床現場のリアルワールドについてエビデンス通りにはいかない難しさをご解説いただきました.

JACRA(日本チーフレジデント協会)のリーダーである小杉俊介先生にはミクロな視点で総合診療医の目からみた心不全の移行期ケアについてまとめていただき,滋賀県大津市の地域包括ケアにかかわる浜本 徹先生にはマクロな視点から地域全体で診る心不全診療についてご寄稿いただきました.

後半は各論となっており,部門間の連携をテーマに心不全診療をご解説いただきました.総合診療と循環器内科の両方の視点から心不全を診る川上将司先生,心臓リハビリテーション・介護を通じて地域に貢献されている梅原英太郎先生,漢方×心不全×訪問診療で三刀流の土倉潤一郎先生,心不全訪問看護のスペシャリスト横山雄子先生,家庭医であり緩和ケアをサブスペシャリティとしてもつ北野峻介先生にご寄稿いただいています.

またリアルワールドでの知見を共有するために,心不全・がん末期の訪問診療を実践されている松口循環器科・内科医院の皆様との座談会,循環器専門家が4人在籍する回復期・慢性期病院である 京都 みやこ 病院の中池竜一先生との座談会を企画しました.

最後に案外医師が知らない民間保険について,保険会社に勤務する医師の立場から豊田勇輝先生にコラムをご寄稿いただきました.

ニッチではあるものの他誌では読むことのできない要素が詰まった心不全特集となっています.本特集を通読することで,より視座の高い心不全診療に近づけるのではないかと思います.最終的に読者の皆様がそれぞれの地域の心不全診療従事者・施設とハートでつながるお手伝いをすることができれば幸いです.ようこそ,心不全×連携医療の世界へ.

文献

  • 厚生労働省:平成29年(2017)患者調査の概況
    https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/17/index.html
  • 厚生労働省:循環器病の診療実態の把握に関する現状と課題
    https://www.mhlw.go.jp/content/10905000/000468240.pdf
  • Farré N, et al:Medical resource use and expenditure in patients with chronic heart failure: a population-based analysis of 88 195 patients. Eur J Heart Fail, 18:1132-1140, 2016[PMID:27108481]
  • 厚生労働省:「平成29年版厚生労働白書」第7章 国民が安心できる持続可能な医療・介護の実現 第2節 安心で質の高い医療提供体制の構築
    https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/17/dl/all.pdf
  • Coleman EA & Boult C:Improving the quality of transitional care for persons with complex care needs. J Am Geriatr Soc, 51:556-557, 2003[PMID:12657079]
  • Wachter RM & Goldman L:The hospitalist movement 5 years later. JAMA, 287:487-494, 2002[PMID:11798371]
  • Murtaugh CM & Litke A:Transitions through postacute and long-term care settings: patterns of use and outcomes for a national cohort of elders. Med Care, 40:227-236, 2002[PMID:11880795]

著者プロフィール

大森崇史 Takashi Ohmori
飯塚病院 連携医療・緩和ケア科
山口大学卒.総合内科専門医.循環器専門医.日本緩和医療学会 広報委員会,専門的・横断的緩和ケア推進委員会,緩和ケア普及啓発WPG員,緩和ケアチーム活動の手引き職種別等追補版検討WPG員.株式会社エクスメディオ監修医.
総合診療・循環器・緩和ケアでの経験を活かし,マクロ・ミクロの両面で地域に貢献したいと考えています.飯塚病院 連携医療・緩和ケア科は日本一の緩和ケアトレーニングサイトをめざしています.専攻医・フェロー・スタッフを募集しています.興味のある方はお気軽にメールください.

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