特集にあたって
特集にあたって
青木拓也
(東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部)
特集企画のきっかけ
筆者は,大学の研究センターで教員をしながら,地域の診療所で総合診療に従事するAcademic GPとして活動しています.筆者にとって,マルチモビディティは主要な研究課題の1つであり,本特集のテーマであるマルチモビディティ・パターンに関する研究にも力を入れています.
本特集を企画することになったのは,日本緩和医療学会など3学会による緩和・支持・心のケア合同学術大会2020で,国際シンポジウム「多疾患併存状態とComplexityから考える非がん疾患の緩和ケア」に登壇させていただき,マルチモビディティ・パターンに関する研究成果について講演したことがきっかけでした.講演を聴いてくださった本誌編集部の方が声をかけてくださり,今回の特集を担当させていただくことになりました.
私のようなAcademic GPにとって,研究知見を論文以外の方法で臨床現場の総合診療医の方々にお伝えできる機会はとても貴重だと考えています.論文は,もちろん学術的に重要な媒体ですが,① 発表される論文の数が多すぎる,② 英語で書かれている,③ 論文は長文で内容が複雑であるなどの理由で,限られた臨床医にしか情報が行き届かないのが現実です.そのため,論文とは別の媒体で,できるだけわかりやすく,臨床医が円滑に活用できる形で,研究知見を伝えることも重要だと認識していますので,このような機会をいただいたことにたいへん感謝しています.
特集の意図
さてマルチモビディティという概念は,日本でもここ数年の間に,総合診療領域で広く知られるようになり,徐々に他の臨床領域でも関心を集めるようになりつつあります.マルチモビディティ診療は,総合診療の専門性の1つに位置付けられていますが,実はマルチモビディティ診療のエビデンスはまだまだ不足しており,日本では基礎的な疫学データすらつい2〜3年前まで存在していませんでした.この手強く,かつすでに日常診療でありふれた健康問題に対して,どのようにアプローチしていけばよいのか,まだ私たちはその答えを探究する道の入り口にいると考えた方がよいでしょう.
このような現状認識のうえで,本特集では1つの試みとして,マルチモビディティのパターン別アプローチを紹介しています.これはひと言で言えば,「マルチモビディティという上位概念で一括りに問題を捉えるのではなく,マルチモビディティのうちに存在するパターンという下位概念に着目しよう」という,これまでの日本語の文献では詳しく取り扱われていないアプローチです.マルチモビディティ診療において,患者ごとに個別化されたマネジメントは非常に重要ですが,それにマルチモビディティのパターンを考慮したアプローチを組み合わせることは,リソースが有限のなか,患者に良質なケアを提供するうえでの一助になると考えます.
本特集では,マルチモビディティ・パターンの評価や情報整理といった総論的な内容から,臨床上重要なパターンに対するアプローチといった各論的な内容まで扱っていますので,マルチモビディティ診療のレベルアップに役立てていただければ幸いです.一方で,本特集を通じて,マルチモビディティ診療に関する新たな臨床疑問が生じるかもしれません.例えば,前述の通り,本特集のテーマであるマルチモビディティのパターン別アプローチを含め,マルチモビディティに対する効果的な介入法については,世界中の総合診療医や研究者が課題に取り組んでいるものの,現時点では確固たるエビデンスが存在するわけではなく,まだ不明な点が多いのが現状です.そのため,あえて欲を言えば,本特集を通じてマルチモビディティ診療に関する新たなリサーチ・クエスチョンが生まれ,それに応える研究が,日本の総合診療医の手によって実施されることも期待しています.冒頭でも述べた通り,マルチモビディティ診療は総合診療の専門性の1つであり,総合診療医にはマルチモビディティ診療の質を向上するためのエビデンスを構築する責任があることも意識すべきだと考えます.
おわりに,本特集に多大なるお力添えをいただいた,マルチモビディティの臨床経験豊富な執筆者の皆様に対し,心から感謝の意を表します.
著者プロフィール
青木拓也 Takuya Aoki
東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部
専門:総合診療/家庭医療,臨床疫学,マルチモビディティ,プライマリ・ケアの質評価
当教室は,総合診療/家庭医療に特化した日本では稀有な研究部門として,Academic GPの養成を行っています.ご関心のある方は,ぜひホームページをご覧ください.