① COVID-19で急加速した電話・オンライン診療
- 樫尾
COVID-19が日本でも流行拡大し,全国的に医療体制が大きく変わってきていることは,Gノート読者の皆さんも実感されているかと思います.自分の職場(クリニックは東京都世田谷区)でも,外来受診の患者さんは激減し,その代わりに,電話受診の対応に追われる日々となっています.長瀬先生は,主に漢方専門のクリニックにご勤務されているかと思いますが,最近の診療体制はいかがでしょうか.
- 長瀬
COVID-19に対する不安から外来受診を控えて,そのために体調不良になる方が増えてきたので,以前からおかかりの方向けにまず電話再診を開始しました.また別に,初診でCOVID-19の予防や軽症の風邪の漢方治療を希望される方向けにオンライン診療も開始しました.初診も厚労省が時限的・特例的に認めるようになりましたので.
- 樫尾
オンライン診療も開始されたんですね.私はまだ電話診療のみですが,この電話やオンラインによる診療の流れは,今回一気に加速した感があります.今のところ,患者さんにも受診前に電話での相談を勧めていることもあり,電話受診の対応がメインになり,その合間に直接受診した患者さんの対応をしているという感じです.
- 長瀬
当然今でも直接受診される方もいるので,電話受診との時間配分は大切で,電話していただく時間を決めてクリニックのブログなどに載せています.ただ,高齢者の場合は直接電話が来て,そこではじめて電話再診の存在(時間)を知られる方が多いです.インターネットができないとそもそも全く見てもらえませんので.また,電話再診はともかく,オンライン診療はスマートフォンやパソコンが不得手な高齢者にはそもそも難しいですね.
- 樫尾
確かに,難しいですよね.ただ,電話対応に関しては,COVID-19の対応(疑いも含めて)で保健所の負荷がかなり大きくなっていると考えられ,軽症の患者さんがいきなり保健所に電話する前に,地域のゲートキーパーの役割として,プライマリ・ケアの新たなニーズがあるのではと感じています.
- 長瀬
電話での相談など,プライマリ・ケアのニーズはとてもあると思います.しかしながら,理由は分かりませんが,そのニーズがそこまで知られていない印象はありますね.
- 樫尾
COVID-19については,当初はPCR検査がどこでできるかがフォーカスされ,保健所や規模の大きな(保険適用になる以前からPCRをやっていたような)病院がまず注目されたからでしょうか.その後だんだん,感染が蔓延して長期化し,PCRをやるかどうかだけでなく,生活に密着した相談の窓口が必要になってきたのかと思われます.
電話やオンラインの場合に,先生が感じている,通常の対面診療との大きな違いはどんなところでしょうか.
- 長瀬
一番の違いは,東洋医学的診察法のなかでも私が重視している脈診ができないことですね.しかしながら,この状況でそのような贅沢は言っていられないので,電話再診の場合は,メールで事前に,現在の顔の写真(表情からも体調がわかりますので)と舌の表裏の写真(図1)を送ってもらって,それを確認してから電話で症状をうかがうようにしています.
- 樫尾
前もって顔や舌の写真を送ってもらうというのは画期的ですね.まさに,オンラインで望診*と舌診ですね! 舌の写真で所見をどこまでとれるのか(実際に診察室で見るのと比べて),少し気になりますが….
<*望診とは:漢方診察法の四診(望診・聞診・問診・切診)の一つで,診察室に入ってきたときのfirst impressionを含めて,視覚で患者さんの情報を得る診察を指します.舌診も視覚で得られる情報のため,望診に含まれます.>
- 長瀬
舌の所見は,撮り方にもよりますが写真で結構判断できますよ.
- 樫尾
そうなんですね! 正直なところ,対面でない診療はパラダイムシフトのようなもので,患者さんはもちろん医療者にとってもまだまだ手探りなところがあるかと思います.対面でないと,聴診や触診ができず,患者さんの全身状態が悪い場合にも,画面に写っている様子や患者さんが自宅で測定できるバイタルサインからの判断が迫られます.スマートフォンを持っていない患者さんですと,声色と息づかいくらいしかわかりません(汗).そのまま経過観察可能か,すぐに医療機関への受診を勧めるかの判断は容易ではないと思います.
一方で,そのように身体的に重篤ではない症状の場合,COVID-19の心配に限らず,今までならばちょっと気になると,ほぼフリーアクセスで近くのかかりつけの医療機関に受診していた患者さんが,気軽に受診できなくなり,一人では(家族も)安心できなくなって電話でもいいから話したい…といったそこまで重篤ではない精神的な症状のフォローには,電話やオンライン診療はとてもマッチしているかと思います.
- 長瀬
全身状態が悪い場合は直接診ないと無理ですよね.東洋医学的には,その方の体質を把握していれば,軽微な変化なら処方を変更する場合でも電話やオンラインでなんとか可能だという印象です.
② 不安・不眠への薬物療法に,まず考えたい漢方
- 樫尾
高齢独居で今まで割と短い間隔で受診していた患者さんは,受診や外出を控えるようになると日頃のコミュニケーションも足りなくなるのか,なかには心配になって体温をつい何度も測って連日電話受診される方もいます.そのような最近はじまった不安や不眠などの精神症状に対して,なかなか非薬物療法のみでは対応が難しい場合に,抗不安薬や睡眠薬よりはまず漢方薬を検討したいです.自分が飲むことを考えても,まず飲んでみようと思うのは,西洋薬よりも漢方薬かなと.
東洋医学的な診察に関して,舌診は,腹診や脈診に比べて,漢方の初学者でも比較的ハードルが低いと聞きます.初学者でも注目すべき所見はありますか.オンラインで先生が診療されている流れも聞きたいです.
- 長瀬
不安感や不眠が軽度であれば漢方薬のみで有効な場合もあります.全身状態を把握するために,西洋医学同様,食欲,睡眠,排泄の状態を聞くことは大切です.舌診に関して,まずは初学者が注目すべき,かつ,わかりやすい所見は舌の苔の厚さではないかと思います.舌の苔が厚い場合に,食欲がなかったり胃腸が弱っていたりすれば,消化器系の状態を改善する漢方薬を用いようと考えます.また,胃腸症状がなくても,一部の不眠の方にもそのような苔を見ることがあります.
私が行っているオンライン診療ですが,事前にメールでワードファイル形式の問診票をお送りして,患者さんにはそこに記入して舌の表裏の写真とともに返送していただきます.予約制なので決まった時間が来たらZoomで繋がり,ポイントになる部分を再度問診し,また,変化のある場合があるので診察時の舌も確認し,漢方薬を決定して薬局から薬を送る手配をします.協力してもらえる薬局の存在も非常に重要ですね.1回の診察時間は20分ほどです.
- 樫尾
ありがとうございます.患者さんは家にいたまま,診察から処方まで終了できるということですね.
1)第一選択としての柴胡剤
- 樫尾
不安や不眠に関して,これから漢方薬を処方してみたいと思っている場合に,問診や,見られたら舌の所見でも,手がかりとなる症状や所見は何でしょうか.そして第一選択となる処方はどんな漢方薬でしょうか.
- 長瀬
まず,
柴胡 という生薬が含まれた漢方薬が第一選択になると思います.理由は,この生薬は,抗ストレス効果が現代医学的にも生薬学的にも判明しているからです(文献1,2).なかでもよく用いられるのが,柴胡加竜骨牡蛎湯 ,また,抑肝散 ,柴胡桂枝乾姜湯 でしょうか.- 樫尾
パールとしては,以前に長瀬先生のレクチャーでも聞いたことがある,「精神(psycho:サイコ)症状には柴胡(サイコ)剤」ですね.処方名に「柴胡」と入っていれば構成生薬に柴胡が含まれる柴胡剤とわかりますが,抑肝散のような場合もありますから,どんな処方にどんな生薬が含まれているかは添付文書等で要確認ですね.上記3処方の使い分けとしてはいかがでしょうか.
- 長瀬
問診で絞り込める使い分けとしては,柴胡加竜骨牡蛎湯は「交感神経の過緊張状態」に,抑肝散は「副交感神経機能低下および時折の交感神経機能亢進」に,また,柴胡桂枝乾姜湯は「柴胡加竜骨牡蛎湯の体質的な虚証かつ寝汗や上半身の汗を伴うことが多い場合」となります(図2).
- 樫尾
現状ですと,ずっと家にいて一人でいろいろ考えてしまって夜も眠れない…のは交感神経の過緊張の症状かなと.柴胡加竜骨牡蛎湯は,個人的には,メーカーによっては下剤の
大黄 が含まれていたり,漢方薬のなかでもけっこう強力な薬のイメージで,高齢者よりは若い人に出したい感じがします.柴胡桂枝乾姜湯は,まさに柴胡加竜骨牡蛎湯の虚証(弱っている)バージョンで,比較的マイルドに効くイメージです.- 長瀬
柴胡加竜骨牡蛎湯のレスポンダーである特徴的な主訴は,まずは交感神経の過緊張の反映である「緊張が抜けない」ですね.患者さん自身が直接そう訴えられる場合もあります.COVID-19の不安が強い状況下では多くの方がまさしくそうでしょう.これ以外に,身体症状では,肩こり,四肢末端の冷え(時にのぼせを伴う),安静時や就寝中の動悸,血圧上昇などですね.特徴的な精神症状ではイライラ,入眠困難です.自律神経が安定している頭寒足熱とは真逆の状態ということです.このような状態であれば,特にツムラのものだと大黄が含まれていないので年齢関係なく用いられます.もし便秘があったり熱がり体質なら,クラシエやコタローのものを用いればよいでしょう.これらでも適応病態であれば年齢関係なく高齢者でも使えます.その鑑別がつかなかったり,明らかに虚弱な体質(例:胃腸が弱い,末端ではなく普段から全身が冷えるなど)であれば,柴胡桂枝乾姜湯でよいと思います.
一方,抑肝散では,傾向としては慢性的にストレスが溜まって疲弊した状態であることが多いので,特徴的な精神症状では落ち込み傾向,身体症状では倦怠感がみられることが多いです.しかしながら時として突発的に,相対的な交感神経の暴発があります.よって,以前から小児疳症に,最近では認知症のBPSD,restless legs syndrome(むずむず足症候群)に使われるようになっています.これらの特徴は,突発的に起こる症状ですよね.抑肝散に
当帰 や川芎 という婦人科疾患にも用いられる生薬が入っているのは副交感神経の機能を改善させる意味合いもあります(文献3).- 樫尾
詳細な解説をありがとうございます.抑肝散はBPSDで有名になった処方ですが,癇癪を起こす子どもにイライラしたり疲れてしまう母(父)親の「子母(父)同服」や,BPSDの患者さん家族も一緒に内服する「
認介 同服」(文献4)とも言われるように,BPSD以外でも前述のような適応はありますね.長瀬先生の解説を聞いて,柴胡加竜骨牡蛎湯か柴胡桂枝乾姜湯の鑑別として,電話の診察の場合に途中でイライラしてきて結論を急ぐような患者さんには柴胡加竜骨牡蛎湯を,どうしたらいいのでしょうか?と興奮ぎみでも話がなかなか切れない患者さんには「冷え」を問診で確認しつつ柴胡桂枝乾姜湯もいいかと思いました.そんな電話対応が重なってストレスが溜まってくる医療者も,飲んでもいいかも知れません(笑).- 長瀬
医療者もよく漢方を勉強して,自分に合う漢方薬を見つけていただき普段から内服して,メンタルヘルスを保ってよい診療をしてもらいたいです.これら以外にも抗ストレス効果のある漢方薬は多くありますので.東洋医学はセルフケアもできることが大きなメリットですね.…