ひつじの書棚
羊土社編集部
このコーナーについて
人はなぜ本を読むのでしょうか? 物語の世界で冒険をしたいから,困ったときに解決法を見つけるため,疲れた時に元気をもらいたくて….皆さまもそんな色々な想いで本を手に取られているのではないでしょうか.
私たち羊土社の編集部員もまた,本に対して様々な夢や想いを寄せています.そこで本コーナーでは,私たちが自身で制作した本や,一読者として感動した本について語りたいと思います.
第1回 10年後のラボ、自分は何をしているか知りたい方へ― 『あなたのラボにAI(人工知能)×ロボットがやってくる』のご案内
先日、仕事である研究室に訪問したとき、そこの先生が「羊土社のAIロボットの本、買って読んだよ」と言ってくれました。朗らかに「夏目先生の概論がいいね。仮説生成と検証サイクルがAIでできるようになったら研究の仕事も危ないな。編集もAIに取って代わられるんじゃない?私たちも次に会う場所はハローワークかもね」と言われ、私も「いやまさか…」と笑うしかなかったのですが、先生にはその未来を楽しみにしているような雰囲気を感じました。研究者気質であるほど、それが悲観的であるか楽観的であるかにかかわらず、とにかく未来を見てみたいという気持ちが先行するのかもしれません。
私が「AI(人工知能)」と「ロボット」、どちらの言葉に出会ったのも、児童文学や映画などフィクションの中がはじめてでした。そのせいか、この数年で「AI・ロボット」が一般メディアで取り上げられるようになっても、最初の頃はニュースキャスターが真面目に発音することに、ちょっと可笑しささえ感じていたように思います。
今ではその違和感が、自分の中でまったくなくなっていることに驚きます。思えば「ビッグデータ」や「スマホ」もそうでしたが、新しい技術は、一般人の耳に届く頃にはもう確実な流れとして存在していると考えた方がよさそうです。
実験医学編集課の私にとって、「AI・ロボット」がライフサイエンスの世界でどのように存在感を示していくのか?という問いは興味深いものでした。しかし、先端的な取り組みやレビューは海外誌を中心にときどき取り上げられるものの、和書でまとまった情報はほとんどありませんでした。
そんななか、2011年の分子生物学会(パシフィコ横浜)で夏目徹先生がベンチワークをヒューマノイド「Maholo」を用いて再現したデモを行い、2013年の同会(神戸ポートアイランド)の「2050年シンポジウム」では、谷内江望先生が未来の研究者を演じて「ロボットクラウドバイオロジー」のコンセプトを提案しました。それらに編集部員が刺激を受け、お二人に声をかけることからはじまって企画・発行にいたったのが本書『あなたのラボにAI(人工知能)×ロボットがやってくる』です。
写真 Maholoによる作業
本書は、「AI・ロボット」がライフサイエンスにどう使われているか、これからどう展開していくのか、丸ごと1冊を使って紹介した内容となります。
まず冒頭の夏目先生の情熱溢れる概論「それはユートピアか、ディストピアか?」の、最初の2ページだけでもご覧いただければ、本書を通したコンセプトが伝わると思います。依頼文字数を大幅に超えたレビューにあったのは、意外にも個人的な問題解決から発した、とても地道で職人的な「ロボット巡礼」と、夏目先生の思い描くライフサイエンスの理想の将来が重なってゆく行程でした。
あえて「暗黙知が支配することを理由に、特定の技術を個人が囲い込み独占することを許す構造が生み出されている…多くの関係者が、この事実に気が付いていないか、気が付かないふりをしている」と現在のライフサイエンスの問題点を設定し、AIとロボットの協働による「再現性」「最適化」の担保こそがこの問題点を解決すると信じ、邁進してゆく姿は、ちょっとプロジェクトXのようなドラマさえ感じさせるものです。
先述の分生2013で話題をよんだ「2050年シンポジウム」の場にいなかった方には、谷内江先生の各論「長鎖DNA合成のオートメーション化による生命科学の未来」を読んでもらうと良いかもしれません(本書詳細ページの「内容見本」で一部ご覧いただけます)。内容のおもしろさに比べてタイトルが普通すぎると思い変更をお願いしたところ、「中身がちょっと軟派なので、せめてタイトルは堅くしたい…」と固辞された、これも依頼文字数を大幅に超過した一稿です。専門家向けの具体的な応用例とSFの読後感が融合したような、新しいジャンルの“読み物”に仕上がっていると思います。
他にもシステムズバイオロジーの大家である北野先生の特別寄稿、高橋先生の近代科学の「帰納・仮説演繹・実験アプローチ」を見つめ直すレビュー、村井先生の「Maholo」開発秘話のほか、実際にどのような成果がでているのかなど、より現実的な内容もたくさん集まっています。目次で興味を惹かれたページからご覧ください。
斬新な研究成果や、テック企業のヘルスケア参入などのニュースを聞くにつけ、科学技術はより生命の本質に志向するようになったと感銘を受ける一方、なくならない捏造やキャリア問題など、一抹の危惧も覚えるのが私にとっての現在のライフサイエンスです。
AIやロボットが、アウトプットを最大化し諸問題を一挙解決してくれる…と思うほど楽観的にはなれませんが、この10年以内にはラボの風景を大きく変えることは確実と思います。同僚たちよりも未来のライフサイエンスの姿を先回りして想像したいあなたは、『あなたのラボにAI(人工知能)✕ロボットがやってくる』をぜひ開いてみてください。
ひつじの書棚 目次
- 第1回 10年後のラボ、自分は何をしているか知りたい方へ― 『あなたのラボにAI(人工知能)×ロボットがやってくる』のご案内 (2018/02/23公開)
- 第2回 研究の世界を広げる 書評『バッタを倒しにアフリカへ』 (2018/03/23公開)
- 第3回 これからも「エコ」の話をしよう、研究室で『時間と研究費(さいふ)にやさしいエコ実験』のご案内 (2018/04/20公開)