はじめに

離島・へき地での医療というと皆さんどのような診療を考えられますか?私は,今年度で医師9年目の総合診療医です.ひょんなことから離島で働き始め,3つの離島を渡り歩き,気が付けば医師人生の半分以上を離島で過ごしています.そのような生活のなか,「離島・へき地にこそ総合診療医が必要だ」という思いに加えて「総合診療医にも離島・へき地は必要なのではないか?」と考えるようになりました.主に私の経験談ですが,離島・へき地医療に興味をもっていただけたら嬉しいです.

離島医療を始めたきっかけ

まず私が離島医療に飛び込んだきっかけから説明させてください.私は順天堂大学を卒業後,東京都にある河北総合病院という病院で初期臨床研修を修了しました.新宿から電車で10分と街中に位置する病院です.当時は旧専門医制度.初期臨床研修の終わりが近づき,同期が専門領域を選択していく中,私は内科・外科・産婦人科・小児科・整形外科などあらゆる診療科が面白く,1つの科に絞ることができず悩んでいました.そんなとき,メーリングリストから「ゲネプロ」という会社の研修プログラムの案内が流れてきたのです.へき地・離島で戦える医師を育成することを掲げるプログラムで,1年3カ月と短期間であり,海外研修もありとても魅力を感じ参加を決めました.何より,専門領域を決める前にモラトリアムを得られることが嬉しくて,この期間にゆっくり専門領域を決めようと考えていました.

ゲネプロの研修は1年間の国内研修と3カ月間の海外研修から構成されます.私は,国内研修先として長崎県五島列島に位置する上五島病院の内科を選択しました.理由はとてつもなく浅はかで,家族でフェリーに乗って引っ越しをすることが楽しそうだったから.当時,私は妻と1歳の娘がいました.人生で船に乗ることがほぼなかった私にとってはワクワクが止まらない大冒険だったのです.そして,この決断がきっかけで,私は離島医療の魅力にどっぷりはまることになったのです.

第1の離島~長崎県,上五島~

私にとっての最初の離島,上五島は人口約2万人.上五島病院も186床と離島とは思えない大きな病院でした.内科,外科,整形外科,小児科,眼科などと各診療科も揃っていました.しかし,私はここの内科に衝撃を受けました.内科医は全員が総合診療医でさらにサブスペシャリティをもっていました.外来や病棟業務では消化器疾患の患者さん,循環器疾患の患者さん,糖尿病の患者さんなどさまざまな患者さんをまとめて担当し治療する.さらに呼吸器内科がサブスペシャリティの医師は肺腫瘍の患者さんに経気管支肺生検を行い,必要な場合は化学療法まで行う.循環器内科がサブスペシャリティの医師は心筋梗塞の患者さんに対してカテーテル治療を行い,消化器内科がサブスペシャリティの医師は早期胃癌に対して内視鏡的粘膜切除術を行う.さらにさらに,内科医は全員検診で上部内視鏡検査を行い,早期胃癌を見つける質の高い検査を行っているのです.「こんな医者がいるんだ!」「こういった医者が必要とされる場所があるんだ!」.各科専門医がそれぞれ診療を行う都会の医療しか知らなかった私には目から鱗でした.「自分がしたい医療はこれだ!」と直感で思いました.あらゆる内科疾患を抱えた患者さんを自分で診療できるため,患者さんを包括的に診療できる.ときにはサブスペシャリティをもった医師に指導してもらいながら専門的な診療を行う.毎日がとても勉強になりました.さらに上五島病院は各診療科の垣根も低く,外科の先生方からは挿管手技や麻酔管理,整形外科の先生からは脱臼整復や神経ブロックといった手技も学ぶことができ,内科に限らずスキルアップできる素晴らしい環境でした.そういった経験から,私は少しずつ離島医療の魅力にのめりこんでいくのでした.

上五島病院(長崎県南松浦郡新上五島町)
上五島病院(長崎県南松浦郡新上五島町)

第2の離島~島根県,隠岐島前西ノ島~

1年間の上五島病院での研修,3カ月間の海外研修を終え,無事にゲネプロの研修プログラムを修了した私は,島根県にある隠岐島前病院で勤務させてもらうことになりました.西ノ島は人口3,000人弱ですが,周辺の中ノ島,知夫里島を合わせて約6,000人の人たちを支える44床の病院です.隠岐島前病院を選んだ理由は,運動器診療に強いと有名でその診療方法を学ぶためでした.総合診療を始めるとさまざまな主訴で患者さんが来院されます.ときには腰痛や膝の痛み等で動けない患者さんを診療することもありましたが,そのときに何もできない不甲斐ない経験をしたことがきっかけでした.

「運動器診療を勉強するぞ!」と息巻いて乗り込んだ私でしたが,そこで働く医師達にまたしても度肝を抜かれました.隠岐島前病院には総合診療医しかいません.外科や整形外科の医師は常勤していないのです.そのため隠岐島前病院の医師は,内科・外科・整形外科・小児科・皮膚科など本当に多岐にわたる疾患の診療を行っていました.主に内科領域で診療をしていた私に足りないのは,運動器診療だけではなかったのです.それから運動器に限らず小外科や皮膚科疾患など,診療するなかで目の前の患者さんから多くのことを学ばせていただきました.

そのなかでも隠岐島前病院で学べて最もよかったと思うことは,エコーを活用した診療です.隠岐島前病院は外来の各診察室にエコー機器が1台ずつ置いてあるほどエコー検査のハードルが低いのです.皮膚にしこりがあればエコーを当て,膝に水が溜まっているといわれればエコーを当てる.非侵襲的であり,可視的で,診療する側も患者側も納得度の高い診療ができます.さらにエコーで注射針を描出するスキルがあれば,痛みがある部分に鎮痛薬やステロイドの局注ができます.また,神経ブロックやエコーガイド下針生検で腫瘍の病理診断もできます.CTやMRIといった大型で高価な医療機器がないけれども,エコー機器1台あれば提供できる診療の幅が大きく広がる.エコーは離島・へき地でとても相性がよいものだと感じました.

そんな隠岐島前病院での勤務も終わりが近づき,「私の離島巡りもここまでかな」と,実家がある熊本の病院の研修プログラムに入ろうかと考えていました.しかしここで,ありがたいことにまたしても離島で働くチャンスをいただいたのです.連絡をくださったのは,ゲネプロ代表の齋藤学先生.ゲネプロと鹿児島県下甑島にある下甑手打診療所が持続可能な医療システムの構築を目指し提携を結ぶ予定があり,それに伴い若手医師を1名募集しているとのことでした.私は島めぐりが続けられると大興奮して,家族とともに下甑島への引っ越しを決めました.

隠岐島前病院(島根県隠岐郡西ノ島町)
隠岐島前病院(島根県隠岐郡西ノ島町)

第3の離島~鹿児島県,下甑島~

下甑島は鹿児島県の南西に位置し.人口2,000人に満たない小さな島です.その南端にある下甑手打診療所は漫画「Dr.コトー診療所」 (山田貴敏/著,小学館刊)のモデルになった瀬戸上健二郎先生が長年地域医療を支えてこられた19床の有床診療所です.漫画はドラマ化や映画化もされ,ご存知の方も多いのではないでしょうか.この診療所では,私と齋藤学先生の2人で診療を行いました.外来,病棟業務に加えて,救急対応,訪問診療,透析管理,施設訪問,各地区への出張診療,学校健診,小児ワクチン,救急対応,内視鏡検査やエコー検査などさまざまな診療を行いました.初めての診療も多くあり戸惑いましたが,ありがたいことに上五島,西ノ島で学んできた経験が私を助けてくれました.

また,ここまで小さい診療所で働くことは初めてだったので自身のスキルアップにもいくらか不安がありました.しかし,私は下甑島の2年間で着実にスキルアップできたと思っています.まずはオンラインで受けられる講義やセミナーが増えたことで知識のアップデートはやりやすくなりました.また患者数も多くないので,1人の患者さんについて考察する時間が長くなり理解も深まります.さらに,手打診療所には鹿児島市から透析病院の医師や乳腺・甲状腺外科の医師が交代で診療応援に来てくださいます.その先生方に指導していただきながら透析診療や小外科について手技面でもスキルアップできたと思います.

小さい診療所であるため,診療以外にも診療所の組織運営についても学ぶことができました.事務職員の方々もすぐ近くで働いています.私が電子カルテに病名を入れ忘れたら事務の方々にどれだけ迷惑がかかるかがわかってしまうのです.そのため,診療でコストの算定漏れがないか,どのような条件を満たせばコストが算定できるのか.恥ずかしながらそういったことは初めて意識するようになったので,医師に必要な素養を学べる貴重な機会だったと思います.

下甑島手打診療所(鹿児島県薩摩川内市)
下甑島手打診療所(鹿児島県薩摩川内市)

おわりに

このように私は人口規模の異なる3島で合計4年間診療させていただきました.そのなかで感じたことは,離島等のへき地には総合診療医がやはり必要であるということでした.まだ離島で勤務する前,私の離島・へき地の医療のイメージは離島という環境ならではの救急対応の厳しさ,そういった危機を脱するための手技の派手さなどでした.しかし実際は,丁寧に慢性疾患の管理を行い,ヘルスメンテナンスに気を配り,生活背景を考えながらご家族や保健・介護・福祉の方々と連携をとり患者さんの生活を支える.そのような診療の割合が最も高く,必要とされていると感じました.そしてこの領域は,まさに総合診療医の得意分野です.

一方で,総合診療医にとっても離島・へき地は一生に一度は勤務する価値がある場所だとも感じています.ここまで書かせていただいた通り,私は初期臨床研修を終え,専門医機構の研修プログラムに入ったことはありません.そのため完全に「自称・総合診療医」なのですが,あるとき新・家庭医療専門医制度(日本プライマリ・ケア連合学会)の7つのコアコンピテンシー()を初めて読んで驚きました.そこに記載されているほぼすべての項目を日頃の離島・へき地での医療のなかで学んでいたのです.1つには環境的な要因があると思います.1つの病院が病棟や在宅診療など多くの機能をもつ必要があり,診療の場の多様性を同じ病院にいながら学べるのだと思います.また同じ病院内で診療の場が変わっていくことで,同じ患者さんを「外来医療→救急医療→病棟医療→在宅医療」と異なる場で診療することができます.この継続した医師-患者-家族関係を構築・維持するためには,コアコンピテンシーに記載された内容が自然と必要になってくるのだと思います.ほかにもさまざまな要因があると思いますが,やはり離島・へき地は総合診療医にとっても自らを研鑽する素晴らしい環境だと改めて思いました.

私生活含め,私が住んだ島はどれも特徴が異なる島でした.それぞれに自分に合う部分,合わない部分があると思います.なかには初めて行った地域医療の現場が自分に合わないと感じる方もいらっしゃるかもしれません.ですが,地域医療といっても同じ地域はありません.必ず自分に合った地域があると思います.もし地域医療に興味があれば,諦めることなくいろいろな地域に足を運んでみてください.本稿がそのきっかけになれば嬉しいです.

表 新・家庭医療専門医の修得すべき資質・能力(コンピテンシー)
総合診療専門研修で修得すべき7つの資質・能力
  1. 包括的統合アプローチ
  2. 一般的な健康問題に対応する診療能力
  3. 患者中心の医療・ケア
  4. 連携重視のマネジメント
  5. 地域包括ケアを含む地域志向アプローチ
  6. 公益に資する職業規範
  7. 多様な診療の場に対応する能力

日本プライマリ・ケア連合学会:新・家庭医療専門医制度 研修目標 より引用

室原誉伶(Homare Murohara) Profile

熊本県出身,順天堂大学卒業の総合診療医.長崎県の上五島,島根県の隠岐諸島,鹿児島県の下甑島にて医師として勤務後,診療所内での医療に限界を感じ,現在は医師として働く傍ら,下甑島で稲作や高齢者の生活支援事業,古民家運営などを行っている.「その人がその人の望むように生きるサポートをする」そのモットーを実現するためチャレンジ中!

ゲネプロ:「国内外を問わず,離島やへき地でも一人で闘える医師を育てる」という理念の基に設立された会社.へき地医療トレーニングの最先端を行くオーストラリアの仕組みを参考とした研修プログラムを提供し,「Rural Generalist(へき地医療専門医)」の育成を支援している.研修生は,離島やへき地の医療機関で働きながら,オンライン研修やワークショップを通じて離島やへき地の医師として必要な教育が受けられるプログラムになっている.
ゲネプロ(GENEPRO)ホームページ

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レジデントノート 2023年4月号(Vol.25 No.1)にも離島・へき地医療の魅力をお伝えする記事を掲載しています.

Dr.コトー診療所のモデル 下甑島からこんにちは!〜研修医に伝えたい,離島・へき地医療の魅力(堀井三儀,西津 錬,齋藤 学)

鹿児島県下甑島での診療の様子や島民の方々との交流,島での生活などを楽しくご紹介いただきます.