はじめに

こんにちは.突然ですが皆さんは「Dr.コトー診療所」 (山田貴敏/著,小学館刊)という漫画を読んだことがありますか? 離島に赴任した一人の医師が悪戦苦闘しつつ島民の命を救っていく医療漫画で,ドラマ化や映画化もされました.その漫画の舞台となったのがここ,下甑しもこしき島.鹿児島本土からフェリーで西に約1時間半,紺碧の海に囲まれた美しい島です(図1).漫画の中では,“古志木島”として描かれています.そして引退されるまで,約40年もの間,この島の医療を守ってこられた瀬戸上健二郎先生が,“Dr.コトー”こと五島健助のモデルとなりました.現在は,常勤医2名,看護師15名が,研修に来てくれる数名の先生とともに,人口1,700人の島の医療を支えています.人気漫画やドラマにもなった離島医療って,実際はどんなもの? 離島医療に携わる医師ってどんな人? 今回,記事を書く機会をいただいたので,興味のある先生方に少しでも知ってもらえたら嬉しいです.

図1 下甑島手打診療所(薩摩川内市)
図1 下甑島手打診療所(薩摩川内市)

離島医療の日常

私(堀井)が今(執筆時2022年7月),研修に来ている下甑手打診療所は,19床の有床診療所です.島内で唯一の入院施設で,血液透析を行っていることもあり,毎日忙しく働いています.毎朝入院患者さんの申し送りから始まり,外来診療のほか内視鏡検査,透析管理,個人宅や高齢者施設への訪問診療,学校の健康診断,小児のワクチン接種などの業務を行っています().また,下甑島には手打診療所のほかにも5カ所の出張診療所があり,月に数回そこでの診療を行っています.遠いところでは,手打診療所から約1時間かけて行くような場所もあります.

もちろん救急車の受け入れ,外傷の処置や島外での緊急治療が必要な場合は,ヘリコプターや漁船での搬送を行うこともあります(図23).ヘリコプターはドクターヘリや民間ヘリ,夜間は自衛隊ヘリにお願いすることもありますが,天候によって運行できない場合など,数日間島内で治療を行うこともあります.

診療所には血液検査機器,X線検査装置,エコー診断装置や心電図に加え上下部内視鏡やCTもあり,基本的な検査を行うことができます.しかし放射線技師はいないので,X線やCTも医師が撮影する必要があります.胸部X線など基本的なものと違って,膝関節・肩関節のX線などは入門書と首っ引きで悪戦苦闘することもあり,そんな場面では専門職の方の偉大さを身にしみて感じる,といった日々です.

 1週間のスケジュール例
表 1週間のスケジュール例
図2 深夜の漁船搬送
図2 深夜の漁船搬送
図3 本土へのドクターヘリ搬送
図3 本土へのドクターヘリ搬送

離島医療はここが面白い!

あらゆる球が飛んでくる

読者の皆さんが研修する環境では多くの場合,主訴に応じて診療科が決まるかと思います.腹痛なら内科,怪我なら外科,時間外は救急外来で診療して,然るべき科にコンサルト….しかし,島ではすべての入り口が手打診療所です.腹痛と食欲低下のおばあちゃん,虫刺されの子ども,膝関節注射をご希望のおじいちゃん,いつもの血圧の薬が欲しいおじさん.外科も内科も,大人も子どもも,急性期も慢性期もごちゃ混ぜになって外来受診します.その中から緊急性の高い疾患を見逃さず適切に治療し,糖尿病コントロールが悪くなっている方には生活歴を丁寧に聴取するなど,緩急をつけた診療が必要になります.

ここまで読むと,離島医療は何でも診られるスーパードクターじゃないとできないのでは,と感じる方もいるでしょう.私(堀井)もかつてはそう思っていました.確かに専門外来中心の診療に比べると守備範囲は広くなりますが,すべてを島内で完璧に完結させる必要は必ずしもありません.必要時はドクターヘリなどを活用して島外に搬送したり,専門医の先生と連絡を取り合い診療のアドバイスを得ることもできます.診療所でできる治療の限界を説明したうえで島内での治療を希望される患者さんに対しては,希望に寄り添いできうる最善の治療を尽くす….スーパードクターである必要はありません.判断力と柔軟性,そしてコミュニケーション能力などを駆使して,あらゆる球をどう打ち返すかを考える,そこに1つの面白みとやりがいがあると思っています.

患者さんはすぐそこに(笑)

もう1つの面白さは患者さんとの距離がとても近いことです.ある日ギックリ腰で来院した患者さんに,痛み止めの注射を打ちました.翌日髪の毛を切ろうと床屋に行くと…患者さんは床屋の奥さんでした.「あ,先生.昨日の注射すっごく効いて,いつも通り動けるようになったよ!」と.自分の行った治療で患者さんが元気になっている姿を身近に感じ,ご家族にも感謝され,とても嬉しかったことを鮮明に覚えています.逆もまた然り.スーパーで会った患者さんに,「この前の薬飲んでるけど,あんまり血圧下がらんぞ」なんて言われてしまうことも.買い物かごの中身をチラリと覗くと,漬物に干物にお酒!「塩分の摂りすぎには要注意ですよ〜」「ハハハ,見ないでくれ」.こんな会話をしながら,次の外来診療を待たずに体調確認ができ,患者さんが身近にいる楽しさや責任を感じたりもします.

離島医療,ここで困った!

「困る」の閾値も人それぞれですが,離島医療に携わって数カ月の間に私(堀井)が困ったことは,島外搬送と輸血の判断でした.特に急性心筋梗塞や脳梗塞など迅速な治療が求められる疾患の搬送時に,離島医療の難しさを感じました.本土であれば時間を問わず救急車を呼び陸路で高次医療機関へ搬送することができますが,こちらでは搬送の方法・時間帯に制限があるため,事前のシミュレーションは欠かせません.実際に夜中の2時半に発症した脳梗塞の症例では,なるべく早く本土の病院で治療したいとの希望があったため漁船での搬送を行いました.前日は嵐のような天気でしたが,その当日は雨も降っておらず大丈夫だろうと思い出港しました.ところが外海に出た途端に海は大荒れ,あまりの揺れに患者さんを介抱する医師の方がフラフラになりながらも何とか搬送を終えました.

また島内に輸血の在庫はなく,島外から取り寄せる必要があります.血液型を自分達で試験紙を用いて調べ発注し,定期船に載せて運んでもらうため,最低でも半日,通常であれば1日は必要になります.待機的な輸血に耐え得る病状なのか,緊急輸血のために島外搬送が必要になるのか.時間・天候・病状・患者さんやご家族の希望,さまざまな軸で治療を考える必要がある点が,離島医療の困った! かつ,判断力の問われるところでもあります.

なぜ離島に? 三者三様の経緯

現在(2022年7月),手打診療所ではゲネプロから常勤2名(齋藤,西津),4カ月の研修として1名(堀井)の医師が働いています.それぞれがどのような背景で島に来ることになったのか,簡単に紹介したいと思います.

先生たちの写真

離島生活,あれこれ(笑いあり,涙あり!)

皆さんが想像する離島での医師生活とはどういったものでしょうか.激務でプライベートの時間が少ないのではないか,生活が不便なのでは,といった質問を受けることもあります.確かに急な連絡に備え携帯電話は必ず持っていますが,手打診療所へは鹿児島市内外から非常勤医師が応援に来てくださることもあり,オンコール当番以外の日はしっかり休むことができます.

島にはスーパーがあり日常生活に必要な食材,日用品はほぼすべて島内で調達できます(お値段は少々お高め).ネットショッピングの注文も本土とほぼ同じ早さで届き,送料無料のことが多いです.コンビニエンスストアはありませんが,その分,町の光は少なく夜には波の音を聞きながら天の川を見上げる贅沢な時間を過ごすことができます.

看護師さんを含め島民の皆さんはとても優しく,島内で採れる野菜や果物,魚などを届けてくれます.季節の物なので,そのシーズンにはとにかく集まること! タカエビ(薩摩甘エビとも言います)漁が解禁になると,冷凍庫はエビだらけ.最初は「お刺身じゃないともったいない」と思っていたのですが,1週間後には茹でてサラダに,さらに1週間後にはシーフードカレーに投入されていました.同じくビワ週間やすもも週間があり,ゼリーやジャムも上手に作れるようになりました.

子供を連れて赴任している先生もいますが,幼稚園は各学年10人前後子供がおり賑やかです.小学生を含め異年齢の子供同士で遊ぶことも多いため,上の学年から刺激を受け,下の学年を気遣うことが自然にできています.近所の人も皆笑顔で声をかけてくれ,子育て環境は最高です.

いかがですか? 皆さんも初期研修医の間でも,その後でも,少しでも興味があれば是非離島医療にチャレンジしてみてください.医師として,人間として,大きな成長が得られると思いますよ☆

先生たちの写真 先生たちの写真

ゲネプロ:「国内外を問わず,離島やへき地でも一人で闘える医師を育てる」という理念の基に設立された会社.へき地医療トレーニングの最先端を行くオーストラリアの仕組みを参考とした研修プログラムを提供し,「Rural Generalist(へき地医療専門医)」の育成を支援している.研修生は,離島やへき地の医療機関で働きながら,オンライン研修やワークショップを通じて離島やへき地の医師として必要な教育が受けられるプログラムになっている.
ゲネプロ(GENEPRO)ホームページ

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ウェブGノートでも離島・へき地医療の魅力をお伝えする記事を掲載しています.

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離島医療を通して身についたスキルとは?
下甑島のほか,長崎県 上五島,島根県 隠岐島前西ノ島での診療についてご紹介いただきます.