実験医学 2012年6月号 Vol.30 No.9

ミトコンドリアのヒト疾患学

Common Diseaseに応じて変化する代謝・品質管理と病態制御メカニズム

  • 康 東天,柳 茂/企画
  • 2012年05月18日発行
  • B5判
  • 133ページ
  • ISBN 978-4-7581-0084-7
  • 2,200(本体2,000円+税)
  • 在庫:なし
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《企画者のことば》

ミトコンドリアは酸化的リン酸化により通常細胞が行うATP産生の80~90%を担い,細胞内エネルギー代謝の中心であることは周知のことであるが,それ以外にもリン脂質の合成,ヘムの合成,ステロイドの合成,細胞内Ca2+濃度調節など実に多岐にわたる代謝を司っている.さらに新しいミトコンドリア機能が次々に明らかになるにつれ,ミトコンドリアと疾患の関連もきわめて多様であることが知られるようになった.近年の研究の進展に伴い,老化,糖尿病,がん,神経変性,心不全など実にさまざまの一般的な疾患(Common Disease)の発症と進展に深くかかわっていることが広く認められつつある.これらCommon Diseaseとの関連を真に理解するためには,もともとミトコンドリアに異常があり,そこからひき起こされる疾患を考えるアプローチではもはや対処できない.むしろ,本来ミトコンドリアと関係なかった病態がミトコンドリアに影響を及ぼし,その結果として,機能異常だけではないミトコンドリア応答反応がもとの病態を増悪,軽減,修飾するという,逆の視点が必要である.そのことはさらに,細胞や個体が健全な生を維持している際に果たしている恒常的なミトコンドリアの応答反応の理解も重要であることを意味している.今,ミトコンドリア研究は新しい視点が求められる時代に入っている.

老化・糖尿病・がん・神経変性など,Common Diseaseの発症にも深くかかわるミトコンドリア応答.細胞内を駆け巡り,ヒト疾患を増悪・軽減・修飾するミトコンドリア応答反応の実態に迫る.

目次

特集

ミトコンドリアのヒト疾患学
Common Diseaseに応じて変化する代謝・品質管理と病態制御メカニズム
企画/康 東天,柳 茂
ミトコンドリア応答からみる疾患学【康 東天/柳 茂】
ミトコンドリアは酸化的リン酸化により通常細胞が行うATP産生の80~90%を担い,細胞内エネルギー代謝の中心であることは周知のことであるが,それ以外にもリン脂質の合成,ヘムの合成,ステロイドの合成,細胞内Ca2+濃度調節など実に多岐にわたる代謝を司っている.さらに新しいミトコンドリア機能が次々に明らかになるにつれ,ミトコンドリアと疾患の関連もきわめて多様であることが知られるようになった.近年の研究の進展に伴い,老化,糖尿病,がん,神経変性,心不全など実にさまざまの一般的な疾患(Common Disease)の発症と進展に深くかかわっていることが広く認められつつある.これらCommon Diseaseとの関連を真に理解するためには,もともとミトコンドリアに異常があり,そこからひき起こされる疾患を考えるアプローチではもはや対処できない.むしろ,本来ミトコンドリアと関係なかった病態がミトコンドリアに影響を及ぼし,その結果として,機能異常だけではないミトコンドリア応答反応がもとの病態を増悪,軽減,修飾するという,逆の視点が必要である.そのことはさらに,細胞や個体が健全な生を維持している際に果たしている恒常的なミトコンドリアの応答反応の理解も重要であることを意味している.今,ミトコンドリア研究は新しい視点が求められる時代に入っている.
ミトコンドリアダイナミクスとその破綻による神経疾患【杉浦 歩/柳 茂】
ミトコンドリアをライブイメージングで観察すると,驚くほどダイナミックに動いているのがわかる.そんなに忙しく動き回って,いったい何をしているのだろうか.その動きが止まれば何が起こるのであろうか? 近年われわれが同定したミトコンドリアユビキチンリガーゼMITOLの機能を通してミトコンドリアが動く真の目的がみえてきた.本稿では,MITOLによるミトコンドリアダイナミクスの制御機構とその破綻による神経疾患との関連についてわれわれの研究成果を紹介する.
生体におけるマイトファジーの役割【清水重臣】
マイトファジーは,ミトコンドリアがオートファジーによって除去されるミトコンドリアの品質管理機構である.余剰なミトコンドリアや膜電位を失ったような病的ミトコンドリアがマイトファジーによって処理される.マイトファジーは赤血球の最終分化におけるミトコンドリア除去などの生命現象にかかわっている.また,マイトファジーの破綻は,病的ミトコンドリアの残存を促しパーキンソン病などの疾患病態にかかわっている.
TFAMによるミトコンドリアDNAの維持と疾患からの防御【康 東天】
ヒトミトコンドリアゲノムは約16 kbの環状DNAで,電子伝達系における酸化的リン酸化による好気的ATP合成に必須である.ミトコンドリアは細胞内最大の生理的活性酸素発生源と考えられ,そのためミトコンドリアDNAは核よりも強い酸化障害を受けている.最近は,心不全,がん,老化などのより一般的な疾患においてミトコンドリアゲノム異常との関連が認識されてきており,体細胞性のミトコンドリアゲノムの変異とその維持の重要性が明らかになってきた.ミトコンドリアDNAの維持に,ミトコンドリア転写因子A(mitochondrial transcription factor A:TFAM)が多機能な役割を果たしていることが分子レベル,細胞レベルで明らかになっている.さらに,マウスでのTFAMの過剰発現は心不全,がん,老化などの進展に防御的に働くことから,個体レベルにおいても体細胞ミトコンドリアDNAの維持に重要である.
ミトコンドリアDNAと気分障害【加藤忠史】
気分障害とmtDNA(ミトコンドリアDNA)の関連については,当初,母系遺伝との関連,mtDNA多型との関連などが報告されたが,一致した結果には至っていない.一方,核遺伝子の変異によりmtDNA欠失が生じる慢性進行性外眼筋麻痺で,気分障害との合併の報告が多い.患者死後脳におけるmtDNA欠失増加およびミトコンドリア関連核遺伝子の発現低下,患者由来細胞におけるCa2+濃度変化およびミトコンドリアの形態変化などの所見から,双極性障害とミトコンドリアの関連が示唆される.神経細胞特異的変異mtDNA合成酵素(Polg)トランスジェニックマウスが気分障害様の行動異常を示したことも,この仮説を支持する.今後は,ミトコンドリア機能障害の局在を明らかにする研究が必要である.
ミトコンドリア品質管理のメカニズムとがん【荒川博文】
不良なタンパク質やオルガネラを分解・除去する品質管理のメカニズムが,がんの発生・浸潤・転移の抑制に重要な役割を果たしている可能性が高まっている.われわれが,p53標的遺伝子として同定したMieap遺伝子のコードするタンパク質は,ミトコンドリアの品質管理にきわめて重要な役割を果たしていることが明らかとなった.さらに,そのメカニズムは,これまでの細胞生物学における常識では全く説明不可能なものであった.このMieapによるミトコンドリアの品質管理機構は,ヒトがんにおいて高頻度に不活性化されており,結果として生じるがん細胞への不良なミトコンドリアの蓄積が,がんの発生・浸潤・転移に大きな意義をもつことが明らかとなりつつある.
NAD合成経路改変によるミトコンドリア障害からの神経保護【徳永慎治/荒木敏之】
細胞体から切り離された神経軸索は,能動的な分子機序によって機能および構造が消失(軸索変性)する.その過程において,ミトコンドリアの異常がひき起こされることが観察されているが,その機序は明らかでない.われわれは軸索変性過程を著しく遅延する自然発症変異マウスwldsを用いた研究によって,NAD代謝の調節がミトコンドリア機能障害から神経細胞を保護する可能性を見出した.今後,詳細な分子機序を明らかにすることが,神経疾患の進行抑制や治療などの臨床応用に向けた発展に寄与すると期待される.

Update Review

mRNA品質管理機構の最新理解と新たな標的治療の可能性【山下暁朗】

トピックス

カレントトピックス
ゲノムシークエンスによる家族性メラノーマの新規遺伝子変異の発見【横山 悟】
SAM68は選択的スプライシングを神経活動依存的に制御する【飯島崇利/Peter Scheiffele】
miR-122-Ago2複合体によるC型肝炎ウイルスRNAの安定化【島上哲朗/山根大典/Stanley M. Lemon】
News & Hot Paper Digest
Mnが制御するシガ毒素の細胞内輸送経路【田口友彦】
マラリア原虫が赤血球の扉を開けるための“鍵穴”【齊木選射/嘉糠洋陸】
レーザー光にがんワクチン増強効果【柏木 哲】
「プリオン=病気」からの脱却【田口英樹】
「科学の民主化」大作戦!【橋本裕子】

連載

クローズアップ実験法
in vivo高速遺伝子増幅法:高品質タンパク質生産の有望なツール【渡邊孝明】
誌上留学! ―ラボ英会話のKEY POINTS >>> Web留学編へ
電子会議への誘い ―会話の始め方,終わり方【浦野文彦/Christine Oslowski/Marjorie Whittaker】
絵で見る先端分子生物学
地球を酸素で満たした光合成系Ⅱの微細構造【解説:胡桃坂仁志/絵:松本亮平】
ヒトの病気に潜む進化の記憶を探る 進化医学
生まれる遺伝子,消えゆく遺伝子 ~ゲノム重複が進化をもたらす【井村裕夫】
私のメンター ~受け継がれる研究の心~
Steven A. Rosenberg ―ヒト腫瘍免疫学の発展とがん免疫療法開発の立役者【河上 裕】
Campus & Conference探訪記
iGEM「生物ロボットコンテスト」2011 ―北大生チームの取組み【山崎健一】
ラボレポート ―独立編―
自分の直感を信じて―ケンブリッジでの挑戦 ―Department of Genetics, University of Cambridge【木全諭宇】
Opinion ―研究の現場から
博士院生が考えるアカデミアか企業かの選択【吉濱陽平】
追悼
研究のエクセレンスとは何か? 井川洋二先生から学んだこと【野田 亮】
科学への夢と個性を求め続けた“豪傑”―井川洋二先生を偲んで【一戸裕子】

関連情報

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  • [1] 超解像顕微鏡(N-SIM,ニコン)で捉えたミトコンドリア(生細胞,染色試料)
  • 和田郁夫(福島県立医科大学),加藤 薫(産業技術総合研究所),撮影協力:ニコン
  • ※ 1380ページ概論中コラム写真2参照
  • 3秒 2012年5月18日公開
  • 説明:HeLa細胞のミトコンドリアをMitoTracker® RED CMXRosで染色し,生きたままで,N-SIMで観察した.細菌かアメーバのように,ミトコンドリアが細胞内を動き,内部のクリステ膜が活発に変動する様子を,超解像光学顕微鏡の動画で捉えた.スケールバー=1μm
  • 1 超解像顕微鏡(N-SIM,ニコン)で捉えたミトコンドリア(生細胞,染色試料)
  • [2] PolScopeで捉えたイモリの肺上皮細胞内を動くミトコンドリア(生細胞,無染色)
  • 加藤 薫(産業技術総合研究所)
  • ※ 1380ページ概論中コラム写真3参照
  • 9秒 2012年5月18日公開
  • 説明:細胞の光学特性(複屈折)を利用し,無染色の肺上皮細胞中のミトコンドリアを,新しいタイプの偏光顕微鏡(PolScope)で可視化した.ミトコンドリアが活発に動き,分裂と融合をくり返す様子を無染色で捉えた.タイムスケール=分:秒
  • 2 PolScopeで捉えたイモリの肺上皮細胞内を動くミトコンドリア(生細胞,無染色)
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  • 【本書名】実験医学:ミトコンドリアのヒト疾患学〜Common Diseaseに応じて変化する代謝・品質管理と病態制御メカニズム
  • 【出版社名】羊土社

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