近年,小胞体ストレス応答が,単なる細胞内の現象にとどまらず,様々な研究領域において重要な意味をもつことが次第に明らかになってきました.本特集では,多方面へ拡がりをみせる研究の最前線をご紹介します.
目次
特集
波及する小胞体ストレスの概念
応答メカニズムの最新知見と細胞分化・疾患への関与
企画/森 和俊
概論〜小胞体ストレスの概念と小胞体ストレス応答の分子機構【森 和俊】
小胞体に変なタンパク質が溜まると核に向けた情報伝達が起こると言っても,十数年前ならそれを面白そうと思ってくれる人は少数派であったかもしれない.その現象が小胞体ストレスならびに小胞体ストレス応答として発展していくと,巷で分子シャペロンという概念が浸透し,タンパク質の高次構造形成の重要性が認識されるのと相まって,タンパク質の品質管理という新たなパラダイムへと昇華した.本特集では,今や細胞生物学の一分野を担う小胞体ストレス研究の最前線理解に向けた総説を提供する.
細胞種特異的な小胞体ストレス応答機構 〜アストロサイトで特異的に働く新規小胞体ストレスセンサーOASIS【近藤慎一/今泉和則】
アストロサイトにおける新規の小胞体ストレスセンサーとしてOASISを同定した.OASISは,膜貫通型転写因子で小胞体ストレスに反応して膜内切断を受けて核に移行し,小胞体分子シャペロンBiP/GRP78の転写を促進しアポトーシスを抑制する.このOASISの経路はアストロサイトにおいてのみ検出されたので,「細胞種特異的な小胞体ストレス応答機構」という新しい概念を提示したい.最近,OASISとホモロジーの高い膜貫通型転写因子が,臓器特異的な小胞体ストレス応答に関与する可能性が示唆され,小胞体ストレス応答は当初考えられていた画一的なシステムではないことがわかってきた.
小胞体ストレスと細胞分化の接点 〜多機能性転写因子XBP1【吉田秀郎】
フレームスイッチ型スプライシングによって発現制御されている転写因子XBP1は小胞体ストレス応答の制御のみならず,抗体産生細胞の分化,膜脂質合成,ウイルス感染防御など多方面の生理現象にかかわっていることがわかってきた.また,XBP1の標的遺伝子には小胞体シャペロン以外にさまざまなものがあることもわかりつつある.これらのことは,XBP1の機能がこれまで想像された以上に広範なものであることを示している.XBP1の研究が進むことによって,小胞体ストレス応答という概念も拡張されていくものと期待される.
糖尿病発症における小胞体ストレスの関与【親泊政一】
糖尿病は膵β細胞障害によるインスリン分泌の低下あるいは肝臓,骨格筋,脂肪などでのインスリン抵抗性により発症する.インスリン分泌のためにきわめて発達した小胞体をもつ膵β細胞は小胞体ストレスに脆弱で,小胞体ストレスを介した膵β細胞死が糖尿病発症に関与することが徐々に明らかにされつつある.また小胞体ストレスシグナルがインスリンシグナルを調節してインスリン抵抗性と関連する可能性も生まれてきた.小胞体ストレスの観点からの研究は,糖尿病発症の解明のみならず,新たな診断,治療へと結びつく可能性が期待できる.
マクロファージ細胞死への小胞体ストレス経路の関与【後藤知己】
マクロファージは,貪食機能,抗原提示やサイトカインなどの分泌により免疫系や組織の生理機能に深く関与している.われわれは,免疫刺激したマクロファージ細胞,および肺炎モデルにおける組織マクロファージにおいて,小胞体ストレス経路が活性化され,転写因子CHOP誘導によりアポトーシスが誘導されることを見出した.一方,一種の慢性炎症である動脈硬化病巣のマクロファージ由来細胞においても小胞体ストレス—CHOP—アポトーシス経路が活性化される.今後,小胞体ストレス経路の炎症病態への関与機構のより詳細な解明が待たれる.
小胞体ストレスの神経変性疾患への関与【高橋良輔/田代善崇】
神経変性疾患に共通する特徴として,構造異常を起こしたミスフォールドタンパク質の蓄積が病因にかかわる現象として重視されているが,ミスフォールドタンパク質の蓄積が細胞死を誘発するメカニズムとして小胞体ストレスが注目されている.いくつかの神経変性疾患では小胞体に病因タンパク質が蓄積する場合だけでなく,小胞体以外の部位に蓄積しても小胞体ストレスが起こりうることが明らかになってきた.本稿では,さまざまな神経変性疾患における小胞体ストレスの役割について,最近の文献を中心に紹介する.
躁うつ病(双極性障害)における小胞体ストレスの意義【加藤忠史/垣内千尋/林 朗子/笠原和起】
われわれは,一卵性双生児不一致例の遺伝子発現解析から,双極性障害(躁うつ病)に小胞体ストレス系が関与していることを示した.小胞体ストレス応答を低下させるXBP1遺伝子の-116多型については,当初双極性障害との関連を報告したが,欧米人における追試で否定された.一方,リチウム反応性との関係,統合失調症との関連について,一致した結果が報告された.われわれはXBP1が神経細胞内で樹状突起・軸索から細胞体に神経可塑的変化を伝える転写因子として機能しているのではないかとの仮説を立て,検討を進めている.
トピックス
カレントトピックス
シナプス伝達におけるAMPA受容体とStargazinの相互作用【富田 進】
自己細胞移植治療に向けて:骨髄間質細胞を用いた筋細胞の誘導【出澤真理/鍋島陽一】
SUMO-1化チミンDNAグリコシラーゼの立体構造とDNA解離機構【白川昌宏/馬場大地】
Calyx of Heldを用いた神経伝達物質放出機構の解析【坂場武史/細井延武】
News & Hot Paper Digest
「不完全」マッチなmicroRNAも標的mRNAを分解する【丹羽隆介】
ドパミンと行動—謎に迫る2つの分子【平井宏和】
PPARγによるトランスリプレッションの鍵はSUMO化だった【黒川理樹】
トランスクリプトーム解析によるRNA新大陸の発見【編集部】
連載
クローズアップ実験法
mRNA interferaseを用いた単一タンパク質生成システム【鈴木基生/井上正順】
Current Mini Review
アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)とSARS増悪化の新しいメカニズム【久場敬司/今井由美子/Josef M. Penninger】
私が名付けた遺伝子
第11回 ebi 〜神経細胞の分化と老化を制御する因子〜【津田玲生】
疾患解明Overview
肺癌研究のparadigm shift:oncogene addict, cancer stem cells, let-7 miRNA【貫和敏博/鈴木拓児/福原達朗】
効率的なバイオ実験の進め方
第5回 実験時間をうまく管理する方法【佐々木博己】
ラボレポート−留学編−
アメリカ大陸,東奔西走〜The Burnham Institute【中山 恒】
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