モデル生物からヒトまで,共通の老化因子がどのようなシグナル経路にかかわるのか,解明が進むその最新知見と癌・メタボリックシンドローム,幹細胞との新たな関連まで,国内外の最新研究をご紹介します.
目次
特集
老化・寿命制御へのアプローチ
モデル生物での老化因子同定と幹細胞システム,癌・メタボリックシンドロームとの接点
企画/石川 冬木
概論〜なぜ老化因子は保存されているのか?【石川 冬木】
モデル生物を用いた老化研究から驚くべきことが明らかにされた.本来,選択圧が作用しないはずの生殖年齢以降にはじまる老化過程が,種をこえて保存され,機能する一群の限られた分子によって制御を受けているのである.これらの因子の分子機構を理解し,老化を制御する薬剤・治療方法の開発が目の前に迫っている.本特集では,モデル生物を用いた老化因子同定の現場から,それらの研究が,実際のヒトの具体的な諸疾患に対してどのように応用されているのかを第一線の研究者が紹介する.
酵母における経時老化研究から進化医学へ【Paola Fabrizio/Valter D. Longo】
近年,酵母や線虫,ショウジョウバエ,マウスにおいて多くの寿命制御遺伝子が同定され,老化機構の理解が飛躍的に進展した.出芽酵母S. cerevisiaeは,高等真核生物と比較が可能な経時老化パラダイムが発展したこともあり,老化研究の最も単純なモデル生物として注目を集めている.特に,酵母と他の主要なモデル生物において,同じような経路が経時寿命を制御していることが明らかになったことは,酵母のような単純なモデル生物を用いた「試験管内」アプローチが,ヒトの老化制御にかかわる遺伝子や経路を同定するうえでかけがえのない貢献をすることを意味している.さらに,単細胞生物と高等真核生物を相互比較することによって,副作用を伴なわずにヒトの老化を遅延させ,老化に関連した疾病を予防する最良の方法が明らかになると期待される.
メタボリックシンドロームにおける寿命調節の分子機構【植木浩二郎/門脇 孝】
メタボリックシンドロームは,肥満に伴いインスリン抵抗性(インスリン作用の低下)や高脂血症,高血圧などが一個人に集積し,心筋梗塞や脳血管障害などにより生命を脅かされる疾患である.インスリン作用の低下は,線虫やハエ,またはある種の遺伝子改変マウスなどでは寿命を延長させることが知られている.一方,メタボリックシンドロームでは,一部の臓器では必ずしもインスリン作用が低下していないこと,高血糖により酸化ストレスが亢進していること,過栄養によりAMPキナーゼ活性が低下しmTOR活性が亢進していることなどが,インスリン作用の低下に打ち勝って寿命を短縮している可能性が考えられる.
骨格筋形成と老化・筋萎縮【Vittorio Sartorelli】
筋細胞内では,限られた数の重要な代謝経路が共通の分子群によって制御されている.筋細胞がある状況に置かれたとき,これらの一群の分子が活性化されるのか,あるいは,不活化されるのかによって,タンパク質合成を盛んにし(筋肉量の増加),細胞分裂を加速(筋細胞の増殖)するのか,あるいは,タンパク質分解を亢進し,細胞分裂を遅らせる(筋萎縮)するのかが決定される.本稿では,どのような因子が,これらの2つの筋細胞がとるべき反応のバランスに影響を与え,骨格筋のホメオスタシスにかかわるのかを議論する.
老化と癌に関与するPolycombタンパク質:CBX7【Jesus Gil】
有限回数しか増殖できない正常細胞と対照的に,癌細胞は無制限な増殖能をもつ.それゆえ,細胞の不死化は癌細胞の本質的な性質であり,そのプロセスを制御する遺伝子は癌と密接にかかわっている.われわれは培養細胞の寿命を延ばす遺伝子を同定するために,バイアスのない遺伝子スクリーニング法を開発した.その結果,われわれはさまざまな種類の細胞において寿命を延ばす新規Polycombタンパク質CBX7を同定した.他のPolycombタンパク質と同様に,CBX7は転写抑制能をもつ巨大分子複合体の構成成分である.Rb経路を制御するp16INK4aとp53経路を制御するArfの2つの癌抑制遺伝子をコードしているINK4a/Arf遺伝子座はCBX7によって抑制される重要な標的遺伝子である.したがってCBX7は,ヒトの癌遺伝子の候補の1つであり,事実,ヒト腫瘍で,その発現制御に異常がみられる.
解糖系代謝調節による細胞老化制御【近藤祥司】
不死化した細胞の大きな細胞学的特長の1つに酸化ストレス耐性がある.一方,初期細胞はテロメア依存的あるいは非依存的に細胞老化し,同時に酸化ストレスによる活性酸素が蓄積する.最近われわれは解糖系代謝亢進により,酸化ストレスが軽減し細胞老化を抑止できることを見つけた.細胞老化に伴い解糖系代謝は減弱し,解糖系不活性化は細胞老化を促進する.このように,癌細胞でよく観察される解糖系亢進という現象(ワーバーグ効果)には,酸化ストレスによる細胞老化に対する防御効果がある可能性が示唆された.
幹細胞自己複製および老化制御の共通性【平尾 敦】
幹細胞システムは,個体の一生を通じて細胞を供給し続け,生命の維持にきわめて重要な機構である.幹細胞でみられる自己複製は,正常の体細胞のなかでは幹細胞にしか存在しないユニークな機構であり,その制御機構の解明は幹細胞学のなかで興味の中心である.幹細胞にとって,その機能を長期的に維持することが非常に重要な意味をもつことから,寿命・老化制御機構との共通性が示唆されてきた.寿命・老化制御からのアプローチは,幹細胞の自己複製制御機構をより深く理解することにつながると考えられる.
トピックス
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第12回 jumonji 〜発生と増殖の十字路〜【竹内 隆】
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From New York Ralph M. Steinman研究室—The Rockefeller University【邊見弘明】
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