近年,生物時計の実体である時計遺伝子の分子ネットワークが急速に明らかになってきました.本特集では,リン酸化反応を中心に,睡眠・肥満との関わりまで,注目高まる生物時計研究の最新知見をご紹介します.
目次
特集
ここまで分かった
生物時計の分子ネットワーク
リン酸化による時計タンパク質の制御機構から睡眠・肥満への関与まで
企画/深田 吉孝
概論〜生物時計システムへの分子アプローチ【深田吉孝】
サーカディアンリズムの生成機序は,ほぼすべての基本的細胞機能と密接に関連している.分子レベルの時計研究では,時計遺伝子の転写調節という研究の初期フェイズから翻訳と翻訳後の制御メカニズムの謎解きへと突入し,一方では,個々の時計細胞が階層構造を形成して個体の時計システムが構築される原理の理解へと向いはじめた.さらに,睡眠や食餌などの生命活動や多様な生活習慣病と概日時計との関係についても興味深い研究が続々と報告されている.本特集では,分子から細胞,個体レベルへ展開する生物時計研究の最前線を第一線の研究者に紹介していただいた.
時計タンパク質の多段階リン酸化【広田 毅/深田吉孝】
概日時計の自律的な発振メカニズムにおいては,時計遺伝子の転写・翻訳とともに時計タンパク質のリン酸化が重要な役割を果たす.いくつかの時計タンパク質は,複数のキナーゼによって段階的にリン酸化され,その分解速度や細胞内局在,転写調節などの機能が緻密に調節されている.本稿では,時計タンパク質をリン酸化するキナーゼの同定,およびリン酸化サイトの決定に関する最近の知見を紹介するとともに,多段階リン酸化による時計タンパク質の制御機構を概説する.
一細胞イメージングによる概日リズム研究【名越絵美】
個々の細胞がもつ遺伝子発現の概日リズムをリアルタイムで可視化する技術が開発され,異なる種や細胞の分子リズムの特徴が浮き彫りになってきた.哺乳類培養細胞のリズムは脳内の視交叉上核の神経細胞のものと同様に,自己継続的で,細胞分裂後も持続するが,細胞周期や細胞外からのシグナルによって位相が変化するという柔軟性をもつ.また哺乳類細胞では細胞周期と概日リズムに相互関係があるようだ.一方,単細胞生物のシアノバクテリアは細胞内外からのノイズに対して非常に安定な概日リズムをもち,細胞周期との相互関係は認められない.
時計遺伝子BMAL1による脂肪細胞分化の制御【榛葉繁紀】
従来,遊離脂肪酸の血中濃度に日内変動がみられることから脂肪細胞における機能的な時計遺伝子の存在が示唆されてきた.われわれは脂肪細胞における時計遺伝子発現を明らかにするとともに,時計遺伝子の1つであるBMAL1が脂肪細胞の分化に必須であることを明らかにした.また時計遺伝子変異マウスにおいてメタボリックシンドロームの発症が認められ,脂肪細胞における時計遺伝子の機能と疾病とのかかわりがクローズアップされている.本稿では脂肪細胞における時計遺伝子の機能に関してBMAL1を中心に考えてみた.
視交叉上核から副腎皮質を介した全身への時刻シグナル伝達【上山友子/岡村 均】
サーカディアンリズムは遺伝子の転写変動が行動(睡眠覚醒など)や生体機能(ホルモン分泌など)にまで反映するきわめてユニークな系である.ストレス時の生体防御反応の中心的な役割を果たすホルモンとして知られる副腎皮質ステロイドホルモンは,著明な昼夜分泌リズムがあることでもよく知られている.ストレスに伴う副腎皮質ステロイドの分泌は,視床下部-下垂体系による内分泌制御であることが確立されているが,昼夜変動については解明が遅れていた.最近,光がリズムセンターである視交叉上核を介して副腎皮質の遺伝子転写を変化させ,副腎皮質ステロイドの分泌を増加させる神経機構の存在が明らかとなり,サーカディアンリズムにおける神経系と内分泌系の両者が介在するリズムの伝達機構が新たに脚光を浴びつつある.
ヒトの睡眠障害と時計タンパク質のリン酸化異常【海老澤 尚】
ヒトの睡眠覚醒リズム障害の研究により,Per2/3遺伝子,casein kinase Iδ/ε遺伝子から概日リズム表現型を変化させる遺伝子変異・多型が複数発見された.いずれも時計タンパク質のリン酸化異常をもたらすと考えられる多型だった.この結果から,体内時計機構におけるリン酸化の重要性が示された.また,概日リズムは複数のフィードバックループによる微妙なバランスの上に成立しており,casein kinaseの酵素活性の変化は状況により異なった表現型をもたらす可能性が示された.
生物時計出力系としての睡眠覚醒制御 〜ドーパミンの役割【粂 和彦】
生物時計の出力系として,睡眠覚醒制御は重要だが,遺伝学手法に優れるショウジョウバエにも,睡眠類似行動がある.われわれは,睡眠が量的にも質的にも減少したショウジョウバエのfmn変異を発見し,ドーパミントランスポーターの欠失が原因であることを突き止め,ドーパミンの重要性を明らかにした.哺乳類においても,覚醒物質がこの遺伝子産物を標的にすることから,行動レベルだけでなく,遺伝子・物質レベルでも,睡眠覚醒制御機構に類似性があることが示され,今後の研究の発展が期待される.
トピックス
カレントトピックス
T細胞活性化の開始と維持を担うシグナルソーム“TCRマイクロクラスター”【横須賀 忠】
ArgonauteのSlicer活性とRISC形成への関与【三好啓太】
20Sプロテアソームの分子集合を支援する新しいシャペロン複合体【村田茂穂/平野祐子】
毛包幹細胞の表皮再生における役割【伊藤真由美】
癌抑制遺伝子産物meninの11q23転座白血病における癌化のコファクターとしての役割【横山明彦】
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癌の臓器特異的転移の新たなモデル〜癌細胞は骨髄細胞という先発隊を自らが移るべき臓器に送る〜【渡部徹郎】
イヌゲノム配列決定〜比較ゲノム解析と多様性解析からわかったこと〜【小柳香奈子】
ハンチントン病と基本転写因子の機能障害【黒川理樹】
脂肪細胞におけるアクアポリンを介したグリセロール輸送【西谷真人】
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科学する心を語る
WHY?〜すべては単純な疑問から〜バイオサイエンスの面白さと数々の出会い【長田重一】
クローズアップ実験法
制限酵素タンパク質導入による培養細胞内での特異的DNA二本鎖切断の誘導【佐藤正範/河野隆志】
バイオ実験ピンチ脱出法
第3回 プレートが足りないときの解決法 〜意外と役に立つ不均一培養〜【小笠原道生】
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第15回 hagoromo 〜縞模様と指形成の不思議なリンク〜【川上浩一】
ラボレポート−留学編−
オンタリオ湖畔の研究所の思い出〜University of Toronto, Centre for Research in Neurodegenerative Diseases(CRND)【片山泰一】
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