《企画者のことば》ウイルスは細胞がなければ生きていけない．細胞に感染し，子孫ウイルスが誕生するまでに，ウイルスは細胞のシステムを利用し，その構成分子を作製し，子孫粒子をアセンブリする．それゆえ，ウイルス増殖過程の解明は，ウイルス感染症の克服のみならず，細胞の分子やシステムの機能，すなわち生命現象の解明につながる．

近年，ウイルス感染研究から得られた新たな知見が，感染症の治療のみならず，免疫学，分子生物学をはじめとする基礎研究の進展にも大きな影響を与えています．そこで本特集では，ウイルス感染をきっかけとして引き起こされるさまざまな生命現象に焦点を当て，最新の研究成果をご紹介いたします．受容体を介した宿主認識とシグナル伝達，神経軸索内輸送，細胞膜融合，RNAゲノム複製，小さなRNA分子の発癌活性など大変読みごたえのある構成となっています．さらに特別寄稿として，SARSをはじめとしたエマージングウイルスの実態と現状についても解説しています．

特集

ウイルス感染のサイエンス
細胞侵入，輸送，ゲノム複製，そして増殖へと至る分子メカニズム

企画／河岡義裕

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序〜生命現象としてのウイルス感染【河岡義裕】

ウイルスは細胞がなければ生きていけない．細胞に感染し，子孫ウイルスが誕生するまでに，ウイルスは細胞のシステムを利用し，その構成分子を作製し，子孫粒子をアセンブリする．それゆえ，ウイルス増殖過程の解明は，ウイルス感染症の克服のみならず，細胞の分子やシステムの機能，すなわち生命現象の解明につながる．

麻疹ウイルスの細胞侵入と病態【柳　雄介】

小児の代表的なウイルス感染症の原因である麻疹ウイルスは，免疫系の細胞に発現しているSLAM（CD150）を受容体として細胞に感染する．しかし，受容体との結合に関与するHタンパク質にアミノ酸置換や他の配列が付加されることにより，SLAMとは全く構造が異なる分子を使って細胞に侵入できるようになる．本来SLAMは免疫系細胞のシグナル伝達を行う分子であり，麻疹ウイルスによる免疫抑制にSLAMを介したシグナル伝達経路が関与している可能性がある．

C型肝炎ウイルスのRNAゲノム複製機構【土方　誠／下遠野邦忠】

培養細胞を用いてC型肝炎ウイルスのRNAゲノム複製を効率よく再現する実験系が構築され，このウイルスの遺伝子複製機構を詳細に解析することが可能になった．この複製に必要なウイルス側そして細胞側の要因に関する情報が蓄積されつつある．また細胞内における活性型ウイルスゲノム複製複合体の構造解析から，このウイルスは細胞内に脂質膜で区切られた特殊な小部屋をつくり，その内部で自分自身のRNAゲノム複製を行っていることが明らかになってきた．

HIV：宿主免疫応答からのエスケープとウイルスの進化【立川-川名　愛／岩本愛吉】

HIV感染において宿主の免疫応答，特に細胞傷害性Tリンパ球（CTL）がウイルスのコントロールに重要な役割を果たしている．一方でさまざまな方法で CTLによる選択圧から逃れたエスケープ変異ウイルスが出現し，HIVは感染個体から排除されることはない．HIVは置かれている環境＝感染個体に適応することによって共生しているのである．感染個体での「HIV」vs「宿主」の攻防について，またそのウイルスの進化に及ぼす影響について最近の知見を交えて紹介する．

ポリオウイルスの神経軸索内逆行性輸送の分子メカニズム【大岡静衣／野本明男】

ポリオウイルスは個体内において神経軸索を経由して伝播する経路があることが知られている．この経路において，ポリオウイルスはポリオウイルス受容体に吸着しエンドサイトーシスされ，小胞に包まれた状態でシナプス側から細胞体側へと逆行性に輸送されることをラット PC12細胞およびラット運動神経初代培養細胞を用いて明らかにした．この逆行性輸送系には細胞質ダイニンが関与しており，ポリオウイルス受容体の細胞質内領域と細胞質ダイニン軽鎖との相互作用がウイルスの逆行性輸送に重要であることを明らかにした．

EBウイルスがコードするsmall RNA分子の発癌活性【高田賢蔵】

EBウイルス（EBV）はリンパ系，上皮系の癌と関連している．これらの癌においてEBVはいかなる役割を果たしているのか？われわれは，EBVが細胞の悪性形質維持に貢献していること，EBVがコードするsmall RNA分子EBERがその活性を担っていることを明らかにした．EBERはインターフェロン誘導性キナーゼPKRに結合し，その活性化を阻害しアポトーシス抵抗性を賦与する．また，バーキットリンパ腫ではIL-10，鼻性リンパ腫ではIL-9，胃癌，上咽頭癌ではインシュリン様増殖因子IGF-1の活性化によりオートクライン増殖を誘導する．われわれの一連の研究により発癌におけるsmall RNA分子の重要性が明らかになってきた．

ヒトヘルペスウイルス6のcell tropismの分子機構【森　康子】

ヒトヘルペスウイルス6（human herpesvirus 6：HHV-6）は，Tリンパ球向性のウイルスであり，塩基配列，細胞向性の違いなどにより，２つのバリアントに分けられている（HHV-6A，HHV- 6B）．HHV-6Aは，ヒトCD46を発現する細胞において多核を伴った細胞膜融合を引き起こすが，HHV-6Bではこのような現象は認められない．本稿では，HHV-6AとHHV-6Bのcell tropismの違いやHHV-6が引き起こす細胞膜融合に関しての現在までの知見を解説する．

インフルエンザウイルス：ゲノムパッケージングを視る【野田岳志／喜田　宏／河岡義裕】

インフルエンザウイルスは８本の分節化RNAをゲノムとしてもち，これらはウイルスタンパク質と結合してRNAタンパク質複合体（RNP）を形成している．ところが，８本に分かれたRNP複合体がどのようにウイルス粒子内に取り込まれるのかについては，ほとんどわかっていなかった．最近われわれは，リバースジェネティクス法と電子顕微鏡による解析により，それぞれのRNA分節に独自のパッケージングシグナルが存在すること，さらに８本のRNP複合体が特徴的な配置でウイルス粒子内に取り込まれることを明らかにした．すなわちインフルエンザウイルスのゲノムパッケージング過程には，８本８種類のゲノムを選択する何らかのメカニズムが存在することが示唆された．

特別寄稿：現代社会がもたらしたエマージングウイルス【山内一也】

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低酸素応答におけるユビキチンリガーゼSiah2によるプロリン水酸化酵素PHDの制御【中山　恒／Ze''ev Ronai】

RGMとneogeninによる細胞生存調節機構【松永英治／Alain Chedotal】

p53ファミリーは“三人寄れば文殊の知恵”を生み出すか？【妹尾　誠】

News & Hot Paper Digest

隠れたエンジンはどこに？〜ノックアウトマウスが語るサイクリンDのないサイクリング〜【中西　真】

DksAとppGppによる転写調節機構の解明【胡桃坂仁志】

APCの機能におけるリン酸化の役割【船戸洋佑】

CRPによる血管平滑筋細胞のアポトーシス誘導【西谷真人】

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アメリカ細胞生物学会細胞質分裂Summer Meeting 2004【西村有香子／山城佐和子】

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【本書名】実験医学：ウイルス感染のサイエンス
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