今これまで見ることができなかった様々なタンパク質の高分解能構造が,クライオ電子顕微鏡を用いることで次々と明かされています.何が見えるようになったのか,さらにそこから何が分かるのかまで研究事例ごとに紹介します.
目次
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特集
クライオ電子顕微鏡で見えた生命のかたちとしくみ
企画/佐藤主税
構造生物学は今激動の時代にある.溶液中に分散したタンパク質を凍らせるだけで観察できるクライオ電子顕微鏡(電顕)が進化し,単粒子構造解析法が原子分解能に到達した.この方法は試料の結晶化を必要としないため,難結晶性なタンパク質でも,精製品が少量あるだけで構造決定への道が拓かれることを意味する.現状では,はっきり写る大きなタンパク質を得意とする方法であるが,解析可能な分子量も下がってきている.例えば,比較的小さな分子であるGPCRなどでも解析例が出はじめており,将来創薬ターゲットタンパク質の多くが解析可能な領域に入ると期待される.本クライオ電顕特集では,単粒子解析法と(電子線)トモグラフィー法の原理とその現状を解析例と共に解説し,システム利用のコツ・専門家なら知っている常識・システム導入の注意点も説明したい.
クライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析は,X線結晶構造解析やNMRと並んで,原子モデルを決定できる構造解析手法である.そこで現在,結晶化などが困難なことが知られている膜タンパク質や複雑な構造からなる複合体への適用が進められている.本稿では,そのための試料作製法についてわれわれのV-ATPaseにおける適用例を示す.そして,その画像解析と原子モデル作成手順についても紹介し,V-ATPaseの構造解析結果から機能中の複数の構造を分類して解析できる動的構造解析法という単粒子解析の一つの特徴について述べる.
クライオ電子顕微鏡による近原子分解能解析が相次ぐようになった大きな要因は,ハードウェアの急激な進歩にある.特に分解能の劇的な改善は電子直接検出器の登場によるものである.加えて,データの量産が可能になったのは,クライオ電子顕微鏡に特化したハイエンドのマシンの登場によるところが大きい.本項では,ハードウェアに焦点を当て,最も解析の容易な正二十面体ウイルスキャプシドの解析がそれによってどう改善されてきたか,一方,最も扱いの難しい膜タンパク質についてはどのような成果を出してきたかを解説する.
クライオ電子顕微鏡法は,水和した状態で急速凍結した生体試料を,そのまま電子顕微鏡で観察する方法である.得られた電子顕微鏡像は,それぞれの試料の投影像であるが,さまざまな方位からの撮影により,「中央断面定理」に従い,三次元像を再構築できる.その方法には,主として3つの方法があり,それぞれ単粒子解析法,電子線結晶法,電子線トモグラフィー法,とよばれる.いずれも一長一短はあり,得られる構造の分解能や画像の特性にも違いがある.本稿ではそれらを支える画像処理法の原理と最近のソフトウェアの現状について報告する.
歴史的に,タンパク質合成工場であるリボソームの「かたち」は,透過型電子顕微鏡を用いた観察によってもたらされた.その後,クライオ電子顕微鏡法の開発と,画像分類技術を駆使した単粒子解析法の発展に伴って,リボソームが構造を変化させながら機能する際の,「動き」を解析できるようになった.本稿では,リボソームの電子顕微鏡による構造解析の歴史と近年の進展,構造解析の実際を紹介する.
分子モーターキネシンは,細胞骨格である微小管上を能動的に動き,細胞内物質輸送を司る.われわれはX線結晶解析法およびクライオ電子顕微鏡法を併用し,その分子機構解明をめざして来た.これら構造生物学的手法は,試料を急速凍結することにより時間を止め,高分解能立体構造,つまり精密な「静止画」を得ることが可能である.われわれは,この静止画のコマ数を増やして行くことにより,連続写真のようなナノモーターの精密な「動画」を捉えることに成功した.それによりキネシンは分子のゆらぎを巧みに利用し,ブラウン・ラチェット機構により確率的に前進するモデルを示した.
アクチンは真核細胞のなかで細胞運動,細胞分裂,細胞骨格など非常に多彩で重要な役割を担っている多機能線維である.アクチン線維の構造解析は60年の長きにわたって続けられており,その歴史は電子顕微鏡による構造解析法の歴史とともにある.本稿では,この歴史を概観するとともに,得られた分解能ごとにわかってきたこと,アクチン線維の構造解析の現状についてまとめたい.
電子線はX線に比べて,10万倍も強く試料と相互作用する.このことは,X線回折では信号を得ることができない微小な結晶からのデータ測定や,タンパク質一分子の実像の取得に繋がる.また,同じ原子でも電荷を持ったものと中性のものからの散乱は大きく異なるため,試料の荷電状態を反映する構造情報が得られる.以上の特徴を活かして,われわれは,膜タンパク質の膜内機能部位の電荷やプロトン化状態の可視化に成功した.さらに,構造解析が難しかった分子量の大きくないイオンチャネルの構造を,結晶解析と単粒子解析を組み合わせ決定することができた.この解析では,このチャネルタンパク質が採る異なるコンフォメーションの構造も明らかになった.
クライオトモグラフィー法では無染色・氷包埋状態の細胞や小器官を2nm 程度の空間分解能で三次元可視化することができる.われわれは真核細胞の繊毛の三次元構造をこの手法で再構成し,微小管二量体上のくり返し構造とサマリーでは対称性を利用して平均化(サブトモグラム平均)することでダイニン・モータータンパク質や調節タンパク質の局在を明らかにした.さらにサブトモグラムの三次元画像分類を用いてATP加水分解によるダイニンの構造変化を明らかにした.本稿ではクライオトモグラフィー法の技術的背景を解説し,将来の展望も概観する.
今世紀に入り巨大ウイルスの発見が相次いでいる.全長が数μmにも達するこれらウイルスは,細胞性生物の特徴をも併せもち,われわれがこれまで経験のしたことのない生命群が存在することが明らかになってきた.しかし,その大きさは光学顕微鏡的には小さく電子顕微鏡的には大きいため,これまで正確な構造研究はほとんど行われてこなかった.われわれはクライオ電子顕微鏡の新たな挑戦として巨大ウイルスのより精密な構造解析を行っている.本稿ではその研究の一端を解説し,クライオ電子顕微鏡技術のさらなる可能性を展望する.
連載
News & Hot Paper Digest
ヒトゲノムの稀な多型が遺伝子発現に及ぼす影響【中山一大】
出芽酵母のINO80複合体による新規のヌクレオソームスライディング機構【古久保哲朗】
細胞分裂過程のビッグデータ解析ー線虫の非対称分裂はシステム浮動により進化した【木村 暁】
クライオ電顕による小さなタンパク質の構造解析法【佐々木栄太】
NIH助成金がほぼすべての新薬開発に寄与ーベントレー大学の研究班が報告【MSA Partners】
カレントトピックス
クローズアップ実験法
CRISPR-Cas9システムを応用した遺伝子の高効率な光操作法【佐藤守俊】
創薬に懸ける~日本発シーズ、咲くや?咲かざるや?
グローバル・バイオ医薬品レノグラスチムの開発【浅野茂隆】
私の実験動物、やっぱり個性派です!
ウーパールーパーを使った器官再生研究ー有尾両生類界で今話題(?)のマッドサイエンティストになるまで【蒔苗亜紀,佐藤 伸】
見せる、魅せる!研究3DCGアニメーション入門
ラボレポート独立編
Opinion
バイオでパズる!
関連情報
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- 【本書名】実験医学:クライオ電子顕微鏡で見えた生命のかたちとしくみ
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(2021年8月23日)