修飾されるのはクロマチンだけじゃない!がん・概日リズム・シナプス形成など,多彩な生命機能への関与が明かされはじめたRNA修飾の機能とメカニズムについて,最新の研究をご紹介.特別記事では2018年のノーベル賞をたっぷり解説します.
目次
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特集
RNAが修飾される!エピトランスクリプトームによる生命機能と疾患の制御
企画/五十嵐和彦,深水昭吉
真核細胞のエピゲノム(epigenome)の根幹であるクロマチンの構成因子,DNAとヒストンが修飾されると同様に,遺伝子発現からリードアウトしてきた転写産物(transcript)であるRNAが修飾されるエピトランスクリプトーム(epitranscriptome)が注目を集めている.mRNA,tRNAやrRNAなどの個別分子の修飾が担う役割を考える分子生物学的視点と,修飾が特定の機能にかかわる一群のRNAセットの発現をどう変化させるのかというネットワーク生物学的視点からの研究が進展することが,発生,分化,細胞増殖,生殖,神経,免疫や寿命など複雑な生命現象の解明につながるだけでなく,病気の理解と診断・治療への新しいアプローチとなることが期待される.
RNA修飾はRNAが正しく機能するうえで欠かせない質的な情報である.現在までに,140種類を超えるRNA修飾がさまざまな生物種から見つかっている.歴史的には,tRNA,rRNA.核内低分子RNAなどのRNAを中心にRNA修飾の研究がなされてきたが,次世代シークエンサーの利用に相まって,mRNAやさまざまなnon-coding RNAにも修飾が見つかり,最近は「エピトランスクリプトーム」とよばれ,転写後段階における新しい遺伝子発現制御機構として,生命科学に大きな潮流を生み出している.RNA修飾がタンパク質のリン酸化修飾のようにダイナミックに変動し,RNAの機能を調節するかについては,多くの議論があるもののきちんとした結論が得られていない.われわれは,細胞がRNA修飾の基質であるメタボライドの濃度を感知することで,修飾率がダイナミックに変動する現象を捉えた.また,RNA修飾の欠損が疾患の原因になることも明らかになりつつあり,「RNA 修飾病」という概念が生まれつつある.本稿では,われわれのtRNA修飾に関する最近の研究成果を中心に,tRNA修飾の変動が遺伝子発現や生命現象にどのようにかかわっているかについて考察する.
本稿では,これまでの稿で紹介されてきたRNA修飾を中心に,特に近年解析法が発達してきた,細胞内存在量が超微量であるmRNAにおけるRNA修飾の検出・同定手法について,その基礎原理から最新の技術までを解説する.
RNA転写後調節は,遺伝子発現を必要に応じて迅速に変動させるのに寄与し,これに機能するRNA修飾としてN6-メチルアデノシン(m6A)が知られている.S-アデノシルメチオニン(SAM)はメチル基ドナーとして重要な代謝物であり,SAMの恒常性を維持するために,SAMを生産するMAT2Aの発現は細胞内SAM量に応じて調節される.このフィードバックは,MAT2A mRNAの安定性がSAM応答的に制御される転写後調節によるものであり,そのメカニズムには3′非翻訳領域(UTR)中のステム-ループ構造と,そのループ部を修飾する m6AライターMETTL16が関与する.
mRNA中のアデノシンのN6メチル化は,細胞分化と発生にきわめて重要な働きをする.しかしなぜ成体組織においても約30%のトランスクリプトームが依然としてメチル化されているのかは不明であるわれわれは,概日リズムに関与することが知られているカゼインキナーゼ1デルタ(CK1δ)遺伝子から組織特異的な選択的スプライシングによって生成される2つのアイソフォームの翻訳が,3′非翻訳領域(UTR)のアデノシンのN6位メチル化によって抑制されていることについて明らかにした.
神経細胞において遺伝子の発現が時間的かつ空間的に厳密に制御されることが脳神経回路の可塑性に重要である.RNA塩基の化学修飾はこれに寄与しうる新たな制御層として近年注目を集めている.われわれはシナプスに局在するmRNAを対象にメチル化修飾RNA塩基の一つであるm6Aの網羅的解析に取り組み,シナプスに局在するmRNAはm6A修飾の多寡により,その遺伝子機能が区別されている様子を明らかにした.この発見は神経回路の可塑性の理解へ通じる,シナプス・エピトランスクリプトミクス研究の扉を開くものである.
RNAには種々の修飾体の存在が知られていたが,その詳細な存在位置,制御機構や生物学的意義については十分な知見が得られていなかった.しかし,近年の修飾塩基に対する特異抗体の開発と次世代シークエンサーを用いたトランスクリプトーム解析の技術進歩により,修飾塩基を有するRNAの同定,修飾制御機構が徐々に明らかとなってきた.またメチル化RNAを脱メチル化する酵素としてALKBHファミリー分子が同定され,その多岐にわたる機能も明らかとされてきた.さらにALKBHファミリー分子を介したRNA修飾制御異常と疾患とのかかわりも少しずつ解明されてきた.
生物種によって異なるが,rRNAには100〜200カ所の修飾部位があるといわれている.そのなかでも,リボースや塩基のメチル化について化学的に研究が進展してきたが,生物学的な研究では,リボースの2′-O-メチル化を触媒するメチル化酵素の解析が中心に行われてきた.一方,酵母においては塩基メチル化酵素としてRrp8が同定されていたが,多細胞生物では塩基メチル化に関与する酵素は見出されていなかった.ごく最近,多細胞生物の塩基メチル化酵素が同定されたことから,本稿では,その生物学的意義について概説したい.
RNA編集は,DNAに記載された塩基配列情報がRNAの段階で変換されるRNA修飾機構の一種であり,さまざまな生体内プロセスの制御に携わっている.近年,これらRNA編集機構の原理を利用した遺伝子改変・制御技術,すなわちRNA編集技術の開発が進んでいる.すでに実応用が開始されているゲノム編集技術に対して,RNA編集技術は一時的に遺伝情報を書き換えるという特徴から,従来技術と並ぶまたは相補的な役割を果たす新たな遺伝子制御技術として医療・創薬分野への応用が期待されている.本稿では,RNA修飾機構を利用したRNA編集技術について紹介する.
連載
2018年ノーベル賞解説レビュー
「トラクタービーム」を現実化したレーザー物理学の基盤技術【坪井貴司】
「進化」が可能にした新しい酵素や抗体の超高速開発【梅野太輔】
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- 【本書名】実験医学:RNAが修飾される!エピトランスクリプトームによる生命機能と疾患の制御
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(2021年8月23日)