概論
ectopic nucleic acids:異所性核酸を起点とした生体応答の制御機構
Biological response to, and regulation by, ectopic nucleic acids
石井 健
Ken Ishii:Division of Vaccine Science, Department of Microbiology and
Immunology, The Institute of Medical Science, The University of
Tokyo(東京大学・医科学研究所・感染免疫部門・ワクチン科学分野)
生物学におけるセントラルドグマにおいて,DNA,RNAといった核酸はタンパク質を構成するアミノ酸の配列を決める設計図であり,そのホメオスタシスは複製,転写,翻訳や,分解の過程に至るまで,きわめて厳密に管理されている.一方で,核酸は設計図として働くだけではないことも徐々に明らかになってきた.外的環境からの異物として,またホメオスタシスの破綻によって生み出される内なる異物として,細胞内外に“ectopic nucleic acids”「異所性核酸」が存在し,多様な生物学的活性を示すことが過去20年以上にわたる免疫学,特に自然免疫の分野でさかんに研究されて明らかになった.近年「異所性核酸」の研究は広がりを見せ,神経変性疾患やがん,老化研究などにおいても重要性が増してきており,分子生物学,細胞生物学の研究者を巻き込んで新風を吹き込んでいる.
はじめに
30年以上前に端を発し,2020年のコロナ禍にて突然世界から注目を集めたDNAワクチン,mRNAワクチンは,DNAやRNAを「設計図」として,また設計図以外の生物活性を目的とする「異所性核酸」として,実際の医療に使われるようになった.特に,SARS-CoV-2のspike抗原の遺伝子をコードし,脂質にくるまれた,ウイルスと見まがうほんの100 nmの脂質ナノ粒子(LNP)-mRNA(図1)というワクチン開発研究の破壊的イノベーションは,創薬におけるカンブリア紀ともいえる変革を引き起こしている.本特集に執筆いただいた研究者はこの変革をもたらしたmRNAワクチンの「先の基礎研究」をリードしている.「異所性核酸」を起点とした生体応答の研究は,彼らを中心に今後多くの研究者を巻き込み,多くのノーベル賞を生んだ研究領域である,RNA干渉,自然免疫,DNAダメージ,細胞死,エピジェネティクスといった分野を融合し,新しい研究の「種」を生みだすのでは,と個人的には期待している.
1異所性核酸とは
生体の単位である細胞には核のゲノムDNAやミトコンドリアDNAをはじめ適材適所に「核酸」が最適化されたパッケージで存在している.一方で生体には,細胞以外でも核酸を含有する微粒子が存在する.すなわち生物由来の食餌や常在微生物叢,環境に由来する微生物はもちろん,ホメオスタシスのなかで大量に産生される死細胞やそのデブリ,細胞外小胞(EV),代謝産物として生じる凝集体には多くの核酸が含まれる(図2).さらには,環境中には,いろいろな経路から体内に導入される核酸をもたない細胞外微粒子が存在する.例えば気道からはPM2.5や花粉,アスベストなど,皮膚から,もしくは医療行為によりシリカやカーボンナノチューブ,化粧品やアジュバントといったナノ粒子が体に入ってくる.これらの微粒子は,取り込んだ細胞に対してストレスを与えたり,細胞障害,細胞死を誘導するものも多く,細胞内外に異所性の核酸を誘導しうる(図2).これらの核酸を「異所性核酸」とよぶ.
核酸,すなわちタンパク質翻訳の設計図としての使命をもつDNA,RNAだが,その実像は非常に多様性に富んでいる.核酸はA,T,C,GのほかにもUやI,修飾ヌクレオチドを含む多様なヌクレオチドの鎖であり,長ければ長いほど複雑な高次構造をとっている.その生化学的な特徴は,長さや重さ,大きさ,つまりクロマチンや結合タンパク質の有無や種類,オルガネラや細胞膜などの存在によって千差万別である.その構造も,一本鎖,二本鎖(例:A-,B-,Z-form),三本鎖(例:R-loop),四本鎖(例:G-tetrad),DNA/RNA hybrid,circular DNAと多岐にわたる(図3).病原体のDNA,RNAそしてその代謝産物だけでなく,細胞死によって放出される宿主細胞由来のDNA,RNAも,量,質ともに異なる.ウイルス感染などによるプログラム細胞死としてのnecroptosisや,細菌やウイルス,そしてアジュバントなどによっても起こる好中球などの能動的なゲノムDNAの放出を伴う細胞死であるNETosisでは,放出された核酸が異所性核酸による生体応答を起こすことが詳細に明らかになりつつある.加えて感染が伴わず,細胞死に至らない場合でも,前がん病態や老化が進む細胞では,DNAダメージやその他のストレスによるミトコンドリアDNA由来の核酸が細胞質に異所性核酸として漏出したり,mRNAの翻訳の異常によって蓄積するmRNAが異所性核酸として引き起こす生体応答シグナルが知られるようになり,その後の病態形成や増悪に深くかかわることが明らかになってきた.われわれはこれらの異所性核酸を含有する微粒子を生体内で定量,定性できる技術を開発すべく研究を進めている1).
2異所性核酸を起点とした生体応答
今回のコロナ禍で起きたワクチン開発研究の破壊的イノベーションは,mRNAワクチンという今まで決して世界の健常人のほとんどに投与されるとは想像されなかった医療の革命を引き起こした.mRNAワクチンの鍵となる技術である修飾mRNAとDDSのLNPに関しては 小檜山氏らの稿と小泉氏らの稿に譲るが,DNAやRNAを異所性に外来遺伝子として導入する技術が今後世界の医療の中心となる時代はそう遠くない.日本からもmRNAワクチンの開発は第3相まで進み,ワクチン以外の医療でも臨床開発が進んでいる(位髙氏の稿参照).日本がその技術革新の波に乗り遅れることなく,逆にRNAバイオロジー,基礎免疫学,細胞生物学において高いレベルの研究が行われていることを示すべく今回の特集を企画した.
過去20年にわたり異所性核酸を起点とした生体応答の研究は,核酸というリガンドに対する自然免疫の認識機構,すなわち受容体,アダプター分子,キナーゼ,転写因子,シグナル伝達経路,担当免疫細胞やその後の自然免疫活性化によるアジュバント効果の解明が主体であった(図4).今回の特集では,mRNAワクチンの先の基礎研究として,これらの研究をさらに進展させ,世界に伍して素晴らしい研究を牽引している研究者にそれぞれの研究内容を総説していただいた.そのなかでも今後の謎解きにつながる結果や残された課題に言及させていただく.
mRNAワクチンは医薬としてmRNAを体内に投与する.外来mRNA由来の機能性タンパク質(mRNAワクチンの場合は翻訳された抗原タンパク質)の量と質のコントロールは,ワクチンのみならず,mRNA医薬,はては他の遺伝子導入を目的としたプラスミドDNAやウイルスベクターなどのモダリティにおいても必須といえる.稲田氏らは,mRNAの翻訳において厳密な品質管理機構RQC(ribosome-associated quality control)が存在し,mRNAの翻訳速度の制御にポリA短鎖化酵素複合体であるCCR4-NOTや,mRNA上の局所的二次構造,そしてリボソーム同士が衝突することを防ぐセンサーとして働くZincフィンガータンパク質であるZNF598が重要な機能を担っている点,さらには自然免疫におけるdsDNAセンサーであるcGASが衝突リボソームによって活性化されることにも注目している(稲田氏の稿).これらの研究にmRNAワクチンの開発で一躍有名になったModerna社の研究者が以前より参画していることも注目に値する.
ウイルスなどの感染症や免疫関連疾患などにおいて,mRNAを異所性核酸として認識する機構が生体に備わっていることは想像に難くないが,安田氏・竹内氏の稿では異所性核酸に特異的なエキソヌクレアーゼ,エンドヌクレアーゼが重要な役割を担っていることをクリアに解説いただいた.特に竹内氏らがその機能を明らかにしたRegnase-1やZAPといったZincフィンガータンパク質,またRNA結合タンパク質であるN4BP1といった分子が免疫細胞の内在性mRNAの分解によるホメオスタシスだけでなく,ウイルス感染の外来RNA,そしてレトロウイルスなどの内在性「外来」RNAの分解にもかかわることを示し,その配列や修飾における特異性といった認識機構の研究の発展が期待される.
異所性核酸としてのDNAやRNAはヌクレアーゼによって分解代謝されるが,投与方法や投与場所によりその分解代謝メカニズムは多岐にわたる.特に細胞外マトリクスや細胞内のエンドソーム,リソソーム,細胞質では,全く別の核酸分解,代謝のシステムが存在する.その異所性核酸の時空間的な分解代謝の正確な理解と制御方法は今後ますます重要になると思われる.劉氏・三宅氏の稿ではその詳細が明快に解説されており,異所性核酸の分解代謝がその後の自然免疫認識や制御に非常に重要であることを示している.すなわち外来二本鎖RNAは細胞質ではOAS/RNase Lにより認識されATPから2-5Aが生成されRNase Lを二量体に活性化させ,またRNase Lが一本鎖RNAを分解することで自然免疫のRNAセンサーであるRIG-IやMDA5の認識を誘導する.さらに彼らの研究成果も含め,免疫細胞のリソソームにおけるRNase 2とRNase T2がTLR7,TLR8の活性化に重要であり,逆にTLR3の活性化抑制に働くことを新たに示した.さらにDNAの分解代謝においてもDNaseⅡとTLR9による類似のメカニズムが明らかになり,これらは異所性核酸が外来,内在性であるかも含め分解代謝,そしてその後の生体応答が段階的に厳密な制御を受けていることを示している.
DNAやその代謝産物における自然免疫の認識機構や,分解代謝のホメオスタシスやその異常な状態が多くの疾患の病態に重要な役割を担っていることも明らかになってきている.詳細は織氏・河合氏の稿や田口氏の稿に譲るが,感染やがん,神経変性疾患や老化といった現象において,細胞質に定常状態では存在するはずのないDNAやその複合体が存在し,自然免疫研究で発見されたcGAS-STING経路が機能する.すなわち,細胞質のdsDNAはcGASに認識され,環状ヌクレオチド(cyclic di-nucleotides)としてcGAMPが生成,膜タンパク質であるSTINGに結合することでTBK1,IRF3,IRF7のリン酸化によるⅠ型インターフェロン産生や遷延する慢性炎症を引き起こし,ひいては細胞の老化,がん化,変性といった病態に関与することが明らかになった.河合氏らの発見である,抗がん剤や放射線治療で死滅したがん細胞から漏出するDNAがcGAS-STING経路を刺激し抗腫瘍免疫応答にかかわっている点や,田口氏らが見出したSTINGの細胞内輸送,すなわち小胞体→ゴルジ体→リサイクリングエンドソーム→リソソームへの移動がパルミトイル化という特殊な脂質修飾で厳密に制御されていること,難病のCOPA症候群の原因の解明やその阻害薬の開発にまで発展していることは特筆すべき点といえる.今後はcGAS-STINGの自然免疫活性化機構がどこまで他の生命現象に影響を及ぼしているのか,種を超えて保存されているか,活性化と抑制の制御技術が医薬品としてどこまで関連疾患の治療に貢献できるか,今後の展開が楽しみである.個人的には,細胞質での核酸認識機構は,細胞・宿主免疫というよりはゲノム間の免疫,情報交換のシステムではないかと考えている.
おわりに
異所性核酸を起点とした生体応答の研究は,自然免疫研究でピークや終わりを見せるどころかmRNAワクチンの成功を起爆剤として,今後さらなる発展が期待されている.特に外来のDNAやRNAを生体に投与し,その設計図としての「情報」を正確に「転写」「翻訳」させる技術,その品質管理,代謝,分解の制御,組織,細胞内局在の制御,そして中濱氏・河原氏の稿でも総説されているような「内在性の左巻きRNAを編集する」といった生体内の異所性核酸に対して備わっているメカニズムを広く,深く,正確に理解することは異所性核酸を起点とした生体応答にかかわる生命現象の謎解き,新たな医療,医薬品開発への扉を開くことになると心より期待している.
謝辞
締め切りを過ぎても筆者に対し温かい対応をしてくださる編集者の皆様,研究室のメンバー,特に秘書の須田涼子氏に心より感謝申し上げます.
文献
本記事のDOI:10.18958/6991-00001-0000058-00
著者プロフィール
石井 健:1993年横浜市立大学医学部卒業.3年半の臨床経験を経て米国FDA・CBERにて7年間ワクチンの基礎研究,臨床試験審査を務める.2003年帰国しJST・ERATO審良自然免疫プロジェクトのグループリーダー,大阪大学微生物病研究所・准教授を経て,’10年より’18年まで医薬基盤・健康・栄養研究所アジュバント開発プロジェクトリーダー,ワクチンアジュバント研究センター長,’10年より現在まで大阪大学免疫学フロンティア研究センター・教授.’15〜’17年まで日本医療研究開発機構(AMED)に戦略推進部長として出向,’17〜’19年科学技術顧問を務める.’19年より現職(東京大学医科学研究所・教授).