概論
抗腫瘍免疫応答におけるT細胞活性化プロセスとがん免疫療法の耐性メカニズム
T-cell activation process and resistance mechanisms to cancer
immunotherapies
冨樫庸介
Yosuke Togashi:Graduate School of Medicine,Dentistry and Pharmaceutical
Sciences, Okayama
University(岡山大学学術研究院医歯薬学域腫瘍微小環境学分野)
免疫チェックポイント阻害薬の有効性が多くのがん種で証明され,がんの治療体系を大きく変えた.しかし,単剤での効果は20〜30%程度と限定的であることから,その耐性メカニズムの解明がバイオマーカーの開発や有効性を高めるうえで重要である.特に,ヒト臨床検体の解析から遺伝的に均一なマウスの系だけでは見出せないような耐性メカニズムがさまざまに報告されている.免疫チェックポイント阻害薬は最終的には細胞傷害性T細胞を活性化させることで有効性を発揮するため,このT細胞活性化プロセスに沿った形で耐性メカニズムを理解し,そのメカニズムを克服するような新たな治療開発が進められている.
はじめに
抗CTLA-4(cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4)抗体や抗PD-1(programmed cell death 1)/PD-L1(PD-1 ligand 1)抗体を代表とした免疫チェックポイント阻害薬がさまざまながん種で効果が証明されている.しかしながら,全例で有効なわけではなく単剤では奏効率は20〜30%程度と限定的であり,効果予測バイオマーカーやさらに有効性を高める治療の開発が求められている1).効果予測バイオマーカーの同定や有効性を高めるためにも,耐性メカニズムの解明は非常に重要である2)〜6).初期耐性に加えて,一度効果があったにもかかわらず耐性化する獲得耐性も問題となっている.免疫チェックポイント阻害薬は最終的にはT細胞を活性化させることで有効性を発揮するため,このT細胞活性化のプロセスが耐性メカニズムを考えるうえでも重要と考えている.本稿ではこのT細胞活性化のプロセスを概説し,それに沿った耐性メカニズムについて解説しつつ6),本特集の各論の内容についても少し紹介したい.
1「がん免疫編集」とがん免疫療法
人間のからだでは1日数千個のがん細胞ができているが,免疫系が正常に働くことでがん細胞を異物(非自己)として認識して排除するため,臨床的な「がん」にはならないと言われている(排除相).一方で排除されにくいがん細胞が残ってしまい,完全には排除されないものの,進展が抑制され臨床的には見つかってこないような平衡状態から(平衡相),生存に適したがん細胞が選択され積極的に免疫を抑制するような環境をつくり上げて,免疫系から逃避してしまう臨床的な「がん」となる(逃避相).がん細胞と抗腫瘍免疫応答の関係性をこの「排除相」「平衡相」「逃避相」の3つにまとめた概念が「がん免疫編集」である7).この「がん免疫編集」における「逃避相」の状態にある臨床的な「がん」を,「平衡相」(さらにはもしかしたら「排除相」)へと逆戻しするのが,がん免疫療法である7).
2T細胞活性化の7つのプロセスと免疫チェックポイント分子
免疫チェックポイント阻害薬は,T細胞を活性化することで効果を発揮しているが,このことは抗腫瘍免疫応答のなかでもT細胞が最も重要であることを示唆している.このT細胞活性化プロセスは7つにまとめられている(概念図)8).すなわち,①がん抗原が腫瘍細胞から放出され,②放出されたがん抗原を抗原提示細胞がMHC(major histocompatibility complex)上に提示し,③MHC上のがん抗原をT細胞が認識し活性化(プライミング相),④活性化したT細胞が遊走,⑤腫瘍局所へ浸潤,⑥T細胞が腫瘍細胞のMHC上に提示されたがん抗原を認識し,⑦腫瘍細胞を攻撃・殺傷する(エフェクター相).
このなかで,③⑥⑦MHC上に提示されたがん抗原を認識するステップで,T細胞は抗原提示細胞もしくは腫瘍細胞と免疫シナプスというものを形成するが,この免疫シナプスで免疫チェックポイント分子が作用しT細胞の活性化をコントロールしている9).現在臨床応用されている免疫チェックポイント阻害薬(抗CTLA-4抗体と抗PD-1/PD-L1抗体)はいずれもT細胞を抑制する免疫チェックポイント分子を標的にして,それらを阻害している薬剤である.
CTLA-4とPD-1とではT細胞を抑制するメカニズムが少し異なる.T細胞の活性化にはT細胞受容体からの活性化シグナルと,もう一つ共刺激という活性化シグナルが必要であり,代表的な共刺激としてCD28という分子が存在する.T細胞に発現するこのCD28は,主に抗原提示細胞に発現しているCD80やCD86と結合することでT細胞活性化シグナルが入るが,CTLA-4はこのCD80やCD86と非常に強く結合してしまい,CD28からの活性化シグナルを奪ってしまいT細胞が抑制されてしまう10).したがって,抗CTLA-4抗体は抗原提示細胞が働く主に③のプライミング相でのT細胞の活性化にかかわる可能性が指摘されている.
一方で,PD-1はCTLA-4同様にT細胞に発現しているが,そのリガンドであるPD-L1/PD-L2と結合することでPD-1からの抑制シグナルが入り,T細胞受容体からの活性化シグナルを抑制している11).主に⑥⑦のエフェクター相で働くと考えられてきたが,PD-L1/PD-L2は抗原提示細胞での発現も指摘されており,一概に分けられるものでもないと考えている.さらに最近になってPD-1がCD28からの活性化シグナルも抑制するという報告もある12)13).
石野・冨樫の稿で詳述するが,われわれは所属リンパ節の解析をすることで,プライミング相での活性化ががん細胞を攻撃するさまざまなT細胞クローンを活性化していることにつながる可能性を報告している.一方でヒト臨床検体やマウスモデルで抗PD-1抗体治療により腫瘍局所では新しいクローンが増えていること,そこにリンパ節の機能が重要である可能性も報告している.したがって,「抗CTLA-4抗体がプライミング相,抗PD-1/PD-L1抗体がエフェクター相で作用」というシンプルな分け方だけでは説明がつかない部分があると考えている14).
それ以外にも免疫チェックポイント分子はたくさん存在し,CTLA-4 やPD-1同様に抑制性のものもあれば,逆にT細胞を活性化するような分子もあり,それぞれ異なったメカニズムで抑制や活性化に働いている(図)9).
3耐性メカニズム総論
EGFR遺伝子変異肺がんに対するEGFR-TKIの耐性はそのメカニズムの頻度が異なるため,初期耐性と獲得耐性で分けて論じている場合が多い.一方で,免疫チェックポイント阻害薬では頻度に大きな差があるかは不明な点も多く,どのメカニズムも初期耐性・獲得耐性の両方を起こしうるため,本稿ではこれらをまとめて議論する.IFN(interferon)-γ,VEGF(vascular endothelial growth factor),TGF(transforming growth factor)-βなどのように多彩な作用をもつ因子も耐性機序として報告されており,必ずしも1つの原因に対して1つのメカニズムとは分類しきれないところもある.一見すると議論が非常に複雑に見えてしまうが,最終的に辿り着くところはやはりT細胞活性化プロセスであり,ほとんどの耐性メカニズムも何らかの形でここにかかわってくるため,本稿ではT細胞活性化プロセスに沿って論じたい6).
❶ 抗原認識にかかわる耐性メカニズム
前述のT細胞活性化の7つのプロセスに基づいて3つの耐性メカニズムに大きく分類した(概念図).前半①〜③と⑥は主に抗原認識のプロセスである.これらが障害されて耐性化してしまうことを「抗原認識にかかわる耐性メカニズム」としてまとめることができる.T細胞の活性化にはまず何よりも抗原を認識する過程が必須であり,このプロセスが障害されれば,それ以降のプロセスが進まないため,メカニズムとしては最もクリティカルと思われる.腫瘍微小環境にはT細胞浸潤がほとんど観察されないような状況が想定される.特にがん細胞側の要因として,体細胞変異に由来する非自己として扱われるような強い免疫応答を起こさせるネオアンチゲンが重要であるが,さまざまな解析からわかってきている最新の知見を金関の稿で解説いただいた.このネオアンチゲンが少ないことによる耐性や,それを提示するためのMHCに異常が生じてしまうことで耐性になる可能性がある.また,IFN-γシグナル異常による耐性,例えばJAK遺伝子変異などでの耐性がヒトでも報告されている.このIFN-γシグナルはMHC発現を誘導するシグナルでもあるため,このシグナル異常ではMHC発現が低下してしまい,耐性化にかかわっていると考えられている(遠西の稿).このような腫瘍細胞クローンが進展することで免疫逃避して耐性化してしまう可能性もある(石野・冨樫の稿).
❷ 遊走・浸潤にかかわる耐性メカニズム
次に④〜⑤はT細胞の遊走・浸潤のプロセスであり,これらが障害されて耐性化してしまうことを「遊走・浸潤にかかわる耐性メカニズム」としてまとめられる.ケモカインなどによる影響が大きく,複合的にかかわる因子が登場してくる.腫瘍微小環境では浸潤T細胞は少ない,もしくは近くには存在するが腫瘍を攻撃するところまでは浸潤できていないような状況が想定される.CXCL9,CXCL10,CXCL11,CCL5などのケモカインはいずれも細胞傷害性T細胞の遊走・浸潤にかかわる.耐性メカニズムとしては,これらケモカインの分泌が何らかの因子で低下してしまうことが報告されている.例えば,これらのケモカインはいずれもIFN-γシグナルによって発現が誘導されるため,前述のIFN-γシグナル異常は遊走・浸潤も障害して耐性にかかわっていると考えられる.また,WNT,PTEN,LKB1,EGFRといったがん化にかかわるような代表的なシグナル異常もケモカイン発現を抑制して耐性化に寄与している可能性が報告されている(遠西の稿).VEGFは血管新生にかかわる因子として有名だが,さまざまな免疫抑制作用も有し,直接的に免疫細胞に作用するだけでなく,T細胞の遊走・浸潤を妨げていることも報告されている15)16).
❸ 細胞傷害にかかわる耐性メカニズム
最後に⑦のプロセスで障害させる「細胞傷害にかかわる耐性メカニズム」である.細胞傷害性T細胞が浸潤して最後に攻撃・殺傷するプロセスであり,腫瘍微小環境にはT細胞浸潤が多いが,効果がみられないような状況である.図に記載したように免疫チェックポイント分子はPD-1やCTLA-4だけではなく,腫瘍微小環境でT細胞が機能不全の疲弊状態にあるときにはさまざまな抑制性の免疫チェックポイント分子が発現し耐性にかかわる可能性がある.近年疲弊T細胞の不均一性の研究が多くなされ,その分化段階の耐性化への関与が指摘されており,最新の知見を藤澤らの稿で解説していただいた.実際に疲弊の後期段階に抑制性のチェックポイント分子であるLAG-3やTIM-3などがT細胞に発現してくるような場合にはPD-1やCTLA-4ブロックだけではT細胞を活性化しきれないため,耐性の原因として報告されている17).筆者も抑制性免疫チェックポイント分子TIGITとそのリガンドであるCD155が耐性にかかわることを臨床検体でも検証し,実際にその分子をブロックすることで耐性化が解除されることを実験的にも証明した18).抗腫瘍免疫応答を抑制する制御性T細胞や腫瘍関連マクロファージ,myeloid derived suppressor cell(MDSC)などの抑制性細胞が耐性にかかわる可能性が報告され,それらを抑制・除去するような薬剤の開発が進められている(岩澤らの稿).これら抑制性細胞は抗原提示細胞にも影響するため,T細胞活性化プロセスの早期段階でも障害している可能性もある.また最近では免疫細胞以外にも線維芽細胞といった細胞の関与も報告されている(榎本らの稿).VEGFやTGF-βといった分子がこれら抑制性細胞にかかわることも報告されている19).腫瘍微小環境は低酸素・低グルコース状態であるが,このような環境では細胞傷害性T細胞と腫瘍細胞とのグルコースの奪い合いが起きて,抗腫瘍免疫応答が抑制され免疫チェックポイント阻害薬に耐性化する可能性も指摘されている20).
❹ その他の耐性メカニズム
また,直接T細胞に関与しないようなメカニズムとしては薬剤にかかわる問題として,PD-L1のバリアントが分泌され,デコイのように働き抗PD-L1抗体に結合して耐性化することが報告されている21).また薬剤に対する中和抗体ができることが報告されており,中和抗体ができると効果が低下する可能性も指摘されている22)23).その他,腸内細菌が免疫チェックポイント阻害薬の効果にかかわることも複数のグループから報告されている24)〜28).
4新たな治療の可能性
これら耐性メカニズムを克服するような併用療法の開発がさかんに行われている.抑制性の免疫チェックポイント分子としては抗LAG-3抗体と抗PD-1抗体との併用の効果が最近になって証明された29).またVEGF阻害剤との併用は腎細胞がんや肝細胞がん,肺がんなどで効果が証明されている30)31).これら詳細は小金丸・設楽の稿で解説していただいた.さらにそもそもT細胞浸潤が少なく免疫チェックポイント阻害薬が活性化すべきT細胞が全く存在しないような場合にはどんなに併用しても耐性の克服が難しい可能性が指摘されている.そこでそのような場合も含めて血液腫瘍で効果が証明されたCAR-T細胞療法を代表とするような細胞療法(籠谷の稿),さらにはCD3を標的とした特異的抗体(BiTE)の開発も行われている(小金丸・設楽の稿).
おわりに
大学院生だった2012年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)での免疫チェックポイント阻害薬の報告から早いもので10年が経ち,メラノーマ,非小細胞肺がん,腎細胞がん,頭頸部がん,胃がん,食道がん等々に臨床での適応も広がった.ご存知の方も多いようにPD-1や制御性T細胞などは日本で研究が進んだものであり,2012年のASCOまで「免疫療法なんて胡散臭い」と思っていた筆者としては,こういった地道な基礎研究の成果がここまで臨床応用されていることに非常に感銘を受けている.マウスでその基盤が構築されてきた腫瘍免疫の研究ではあるが,10年を経てさまざまな臨床データに加えて,臨床検体解析のデータが報告されている.しかし,耐性克服という面ではヒトでの証明は不十分なものも多く,ヒトとマウスでの免疫系の違いや,長年かけて発がんしてきたものと人工的に腫瘍を埋めた系での違いなどがよく指摘されている.今後の新しい治療の開発のためにも,実際のヒトでの耐性メカニズムを臨床検体の解析から詳細に明らかにすることがますます重要になってくると考えている.
謝辞
研究の最初にtranslational research(TR)の重要性を教えてくださった近畿大学西尾先生,腫瘍免疫研究の「いろは」を教えてくださった国立がん研究センター/名古屋大学西川先生,臨床検体の提供にご協力いただいた臨床の先生方,実務を行ってくれたラボの大学院生・技官の皆様,そして何よりも臨床検体解析に同意・協力してくださった患者様・ご家族様にこの場を借りて深謝申し上げます.JST,JSPS,AMED,各種財団等によるサポートのおかげでこのような研究ができていることにも,この場を借りて深謝申し上げます.
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本記事のDOI:10.18958/7133-00001-0000227-00
著者プロフィール
冨樫庸介:2006年,京都大学医学部医学科卒業,呼吸器内科医として肺がんの分子標的薬開発を目の当たりにし,臨床検体にかかわる研究,TRの重要性を認識し,’12年~’15年,近畿大学大学院医学研究科で医学博士を取得した(西尾和人教授).在学中に免疫チェックポイント阻害薬のデータが報告され,「これはがん免疫について勉強しなくては…」と思い’16~’19年,国立がん研究センター(西川博嘉先生)で学び研究室独立,’21年4月より現所属(岡山大学学術研究院医歯薬学域教授)にいたる.’14年,日本学術振興会特別研究員(DC2),’17年,日本学術振興会特別研究員(PD)を取得.臨床検体が一番ヒトの病気の真実に近いと思い研究にとり組み,そこから基礎的な検証ができ,また臨床に還元できるようなTR/reverse TRができる研究室をめざしている.