[Opinion―研究の現場から]

本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)

第17回 若手研究者の結婚を支える3つのこと

「実験医学2011年11月号掲載」

若手世代が研究者としての大成をめざし邁進する時期と,世間一般的な結婚適齢期は重なっている.特にアカデミック職を希望する場合,なかなか結婚に踏み出せない人もいるのではないだろうか? 本稿では,その裏に潜む問題に焦点を当ててみたい.

学生が博士号を獲得し研究者として世に出るのは,早くても20代後半である.一方,近年の日本人初婚平均年齢が男性31歳,女性30歳であることを鑑みると,博士課程在籍時~学位取得後5年くらいが結婚適齢期である.ところが,仕事のうえでも同様の時期が勝負どきであり,常勤のポストを獲得するために必死に働く必要がある.そのため,ある程度思い切った決断を下さなければ婚期を逃しかねない.このとき,家庭をもつことを決断するうえで,特に重要な要素について取り上げる.

まず,経済的な問題である.経済的自立がままならない状況では,結婚を考えるのは難しい.一方,博士号取得後はさておき,博士課程在籍時の収入は結婚を考えるには厳しいのが現状である.博士課程の学生にはアルバイトに充てる時間はほとんどなく,給与の奨学金や研究奨励金も限られている.加えて,最も授業料が安いといわれる国立大学でも年間60万程度の授業料を必要とする.世間からは,学生という身分なら当然だという声もあがりそうだが,博士課程という立場は世間でいう 「学生」 のそれとは少し立場が異なる.というのは,大学が生み出す業績の多くに,博士課程在学者を中心とする大学院生が関与しているからだ.実際に,大学院生の研究成果が業績の8~9割を占める研究室も稀ではない.まだ博士号をもたないとはいえ,成果に対する報酬を得る権利は十分にあるだろう.そこで,業績に基づいた授業料免除枠をつくる,研究室主宰者に一定の業績を出した大学院生への給与を義務づける,といった若手の自立を促す制度を設けることを提案したい.

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次に身分的な問題である.身分が不安定な状態では,将来にわたって家庭を支えていく自信がもてず,家庭をもつことに踏み切りづらい.学位を取得し,アカデミック職をめざす場合には,ポスドクや助教として研究者の修行を積むのが常だ.このことは,自らの研究室をもつまで身分的に不安定であることを意味し,路頭に迷う危険と常に隣り合わせである.また,極少のポストを巡る争いに敗れ,道半ばで独立すること以外の選択肢を検討せざるをえない場合でも,ほかに就職先を探すことは困難を極める.わが国の科学技術の発展に弱肉強食の制度が必要であるにしても,あまりに酷である.この背景にある問題は以下の2つだ.1つは,優秀な若手研究者に対するポストと予算配分の機会があまりに少ないこと.もう1つは,進路変更をめざす場合の就職支援,就職先が用意されていないことである.現職の評価制度を見直し,高度な専門知識と技術をもつ人材を活かせる職を創出すべく,大学は真剣に取り組むべきである.

最後に,最も重要な問題は,周囲の理解である.家族だけでなく,研究室主宰者が若手研究者の結婚や出産,育児を積極的に奨励しなければ,研究を続けながら家庭をもつことは不可能に近い.結婚,出産,育児は一時的な研究活動の縮小を意味するため,生産性の低下を懸念する研究室主宰者は少なくないだろう.しかし,人間はライフイベントを経て人間的に,社会的に,精神的に成長する.そのため長期的視点に立てば,教育や時間管理といった面においてむしろプラスに働く場合も少なくない.若手研究者が結婚適齢期に研究室に在籍するからこそ,研究室主宰者は結婚,出産,育児が研究の障害となると考えるのではなく,ライフイベントを通過する後押しをしなくてはならない.今こそ大学が主導となって,“ワークライフバランス”の概念を普及する必要がある.

谷中冴子(生化学若い研究者の会キュベット委員会)

※実験医学2011年11月号より転載

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