第10回 創造性とは
プロフェッショナルへの成長過程をEmbraceする(2008年10月号)のOnline Supplement Material
実験医学連載「プロフェッショナル根性論」では研究者がより戦略的に,そして効率的に仕事ができるようになるための方法論を全9回にわたり提示してきた.第10回のOnline Supplement Materialでは,研究者の仕事にとって最も重要であると考えられている創造性(クリエイティビティ)や独創性(オリジナリティ)をトレーニングで育てることができるのかという,多くの研究者にとって興味のある問題をThe New Yorkerに発表されたMalcolm Gladwellのエッセイ「IN THE AIR」をもとに考える.
どうして2つの独立した複数のグループから同じような論文が同時に発表されるのか
全く独立した複数の研究グループが同時に同じ発見をし,一流紙に並んで論文が掲載されてているのをしばしば見かけるだろう.ためしに"published back to back in nature"や"published back to back in science"でGoogle検索してみて欲しい.独創的な研究をめざしているはずの世界のトップレベルの研究室が(基本的に)全く同じ発見に至るのは単なる偶然なのか.
グラハム・ベルが不慮の事故で亡くなっていたら,電話は存在しなかったのか
1876年2月14日ワシントンDCのパテントオフィスに,後に電話になることになる特許がグラハム・ベルとエリシャ・グレイの2人の発明家からそれぞれ独立して出願された.2時間先に特許を出願したベルの発明は,後にAT&T(American Telephone and Telegraph Company)による電話の開発へとつながる.世の中を変えるような偉大な発明は,稀に見る一人の天才によってなされてきたと一般には信じられている.よってその天才が不慮の事故などで幼少期になくなっていれば,世の中は大きく変わっていたかも知れないというコンテクストで論じられることが多い.しかし,ベルの場合はもし彼の身に何かあったとしても,グレイの発明のおかげでわれわれは今日電話の恩恵を同じように受けているだろう.世紀の大発明が同時に複数の人間によって成されたのは電話の場合にだけ起こった偶然なのか.
multiple independent discovery
同一の発見・発明が同時に独立して成される現象は「multiple independent discovery」あるいは単に「multiples」とよばれている.ベルとグレイの例はまさに「multiples」にあたるが,ニューヨーク・コロンビア大学の社会学者William Ogburn and Dorothy Thomasが1992年に発表した研究では,1420年から1901年の間に成された主要な発明・発見のうちに,少なくとも148の「multiples」を見出した.148の「multiples」のリストには:
- ニュートンとライプニッツによる微積分の発明
- ダーウィンとウォレスによる進化論
- プリーストリーとシェーレによる酸素の発見
- クロスとオーロンによるカラー写真の発明
- ネーピア/ブリッグスとビュルギによる対数の発明
などが連なる.
数多くの「multiples」の存在は,William Ogburn and Dorothy Thomasらをして 「発見・発明とは,天才の努力とひらめきで成されたというよりは,社会に集積された集団の叡智が,ある一定のレベルに達することにより必然的に起こった」と言わしめた.機が熟すれば,アイデアは皆の目の前を漂うのだ(in the air).
創造性を高める方法
社会の叡智が一定のレベルに達したときに発明が必然的に起こるのであれば,発明につながる創造性の定義を根本的に考え直さなければならないかもしれない.Robert K. Mertonによれば(1),創造性とは誰もできないような斬新な考え方をする,他人とは質的に異なる「ユニークな能力」ではなく,必然的に起ころうとしている発見を誰よりも早くつかみ取る「効率の良さ」のことと考えられる.この説が正しいとするならば,創造性を高めるとは,何かユニークな能力を高めることではなく,時代の流れとしての社会の叡智の成熟の程度を観察し(つまりよく勉強し),そこから効率よくアイデアを読み取り,プロジェクトとして実行するという,情報処理能力のことである.
効率を飛躍的に高めることにより発明を促進しようという試みをビジネスとして実際に行っているのが,Nathan Myhrvoldが創設したベンチャーキャピタルIntellectual Venturesである.Myhrvoldはケンブリッジ大のスティーブン・ホーキンスの元でポスドクをしたのち,マイクロソフトに勤務した経験もある起業家である.Intellectual Venturesでは大学教授や科学者など世界で最もスマートだと見なされる人々を集めてブレインストーミングをすることにより,コンピューターのCPUを並列するかのごとく効率を飛躍的に高め,発明を加速し,次々に特許を申請して巨大な知的財産を構築するビジネスモデルを造り出した.当初は年間100の特許申請をめざしていたが,その数は現在では年間500を上まわり,発明のペースに事務作業が追いつかない状況であるという.
このように,創造性を全く違う観点から定義すれば,「プロフェッショナル根性論」で提唱してきた戦略的に効率的に仕事ができるようになるための方法論は,まさに創造性を高める方法と方向性が一致すると考えられる.
- Robert K. Merton:The Role of Genius in Scientific Advance. New Scientist, 259:306-308, 1961
プロフェッショナル根性論 目次
- 第1回 強みとは (2017/10/31公開)
- 第2回 自分のキャパシティーを見極める (2017/11/07公開)
- 第3回 変化を促進する米国流研究システム (2017/11/14公開)
- 第4回 科学の世界に物語力は必要か? (2017/11/21公開)
- 第5回 フィードバックがもたらす利益と損失 (2017/11/28公開)
- 第6回 人生のプライオリティーを決める (2017/12/05公開)
- 第7回 ブログをはじめるにあたって (2017/12/12公開)
- 第8回 耳から入る洋書読破術 (2017/12/19公開)
- 第9回 心に残るプレゼンテーション (2017/12/26公開)
- 第10回 創造性とは (2018/01/09公開)
本連載を元に,『やるべきことが見えてくる研究者の仕事術』が単行本化されています.もっと詳しく知りたい方はこちらをご覧ください.
著者プロフィール
島岡 要(Motomu Shimaoka)
大阪大学卒業後10年余り麻酔・集中治療部医師として敗血症の治療に従事.Harvard大学への留学を期に,非常に迷った末に臨床医より基礎研究者に転身.Mid-life Crisisと厄年の影響をうけて,Harvard Extension Schoolで研究者のキャリアパスについて学ぶ.現在はPIとしてNIHよりグラントを得て独立したラボを運営する.専門は細胞接着と炎症.(執筆時のプロフィールとなります.)
ブログ:「ハーバード大学医学部留学・独立日記」A Roadmap to Professional Scientist