発見から30年を経て,いっそう注目を集めるp53.オートファジーやmiRNA発現などHOTな生命現象への関与から,iPS細胞樹立,代謝・老化シグナル経路の制御まで,近年明かされた新機能をご紹介!
目次
特集
新たな癌抑制機構からiPS誘導,老化・代謝制御まで
p53ワールド
企画/田中知明
概論—p53ワールド〜その発見30年の歴史,現在,そして未来【田中知明】
1979年に,腫瘍ウイルスSV40で形質転換した細胞に高発現する約53 kDのタンパク質が発見され,ひっそりとデビューを飾った.後に「ゲノムの守護神」と称され,癌研究のスターとして君臨する癌抑制遺伝子産物p53である.当初は,癌細胞で高発現していることから癌遺伝子として考えられていた.しかしながら,その後,多数の癌において変異・欠失が明らかとなり,癌抑制遺伝子の代表として,実に多くの研究者たちの関心を集めるようになったのである.ほぼ同時期に,p53が細胞ストレスで誘導され,転写因子として機能することが報告され,細胞周期停止作用やアポトーシス誘導能などが次々と見出され,これらが腫瘍抑制機能の主体であると考えられていた.ところが,さまざまな生理作用をもつ下流遺伝子が次々に発見され,実は,p53は想像以上に多彩な生理機能をもつことがわかった.一方で,構造解析や活性調節機構の研究から,リン酸化やアセチル化などの化学修飾を受けたり,ユビキチン—プロテアソーム系で分解調節を受けることが示され,複雑な細胞内シグナルネットワークにより,量的・質的に厳密にコントロールされていることが次第に明らかになってきた.驚くことに,線虫やショウジョウバエにもp53と相同性をもつ分子が存在しており,最近では,解糖系や活性酸素調節,ミトコンドリアでの呼吸・エネルギー代謝,オートファジー,iPS制御など新たな細胞生理機能や,心血管系の制御や内分泌代謝調節など病理学的な役割がトップジャーナルに報告されるようになり,癌研究のみならず,あらゆる生命科学分野のキーワードに登場するようになってきたといっても過言ではない.「p53ワールド」—そのエルドラドの真実の姿を求めて,世界中の研究者たちは,今もなお旅を続けているのである.
iPS細胞樹立を制御するp53経路【洪 炫禎/沖田圭介/高橋和利/山中伸弥】
iPS細胞は体細胞へ少数の遺伝子を強制発現させて細胞核初期化を引き起こすことで得られる人工多能性幹細胞であり,再生医療への応用が期待される.しかしiPS細胞の樹立効率は遺伝子導入効率に比べて非常に低い.この原因の1つとしてp53が注目され,p53経路の抑制によりマウスおよびヒトiPS細胞の樹立効率が上昇することがわかってきた.初期化過程におけるp53の機能を明らかにすることで,効率の良い初期化方法の開発が期待される.
老化分子としてのp53と生活習慣病【南野 徹】
ほとんどの体細胞には分裂寿命があり,一定の回数分裂後,不可逆的な細胞周期停止状態,すなわち細胞老化に陥る.また,酸化ストレスなどによってDNA障害が生じると,分裂回数には依存せず,細胞老化が起こることもある.いずれの場合にも,p53の活性化が関与している.最近,このようなp53活性化に依存する細胞老化シグナルが,加齢に伴うさまざまな疾患の病態に関与していることが明らかとなってきた.そこで本稿では,老化分子としてのp53の役割について議論したい.
p53によるエネルギー代謝制御【的場聖明/松原弘明】
生存に必要なエネルギーは,細胞の分化,成熟,機能発揮のために巧みにコントロールされているが,その恒常性は,エネルギーの産生と消費のバランスによって成り立っている.多彩な機能をもち,その重要性の再認識が進む分子p53によるエネルギー代謝制御機構が,最近明らかになり,肥満,糖尿病などの代謝疾患の研究のみならず,多くの分野から注目を集めている.p53によるミトコンドリア呼吸経路と解糖系のバランスの制御は,これから医学が直面する多くの課題を乗り越える鍵と考えられ,代謝研究は新たな段階に入った.
p53によるオートファジーの制御【荒川博文】
細胞質におけるタンパク質の分解反応であるオートファジーについて,p53の役割が注目されている.オートファジーは,細胞質における自食反応で,飢餓状態において,自身のタンパク質や細胞内小器官を分解し,再利用することで細胞が生き延びる1つの手段と考えられている.ところがオートファジーの関連遺伝子が癌で異常を生じ,その遺伝子欠損マウスが高い頻度で癌を発生する事実は,オートファジーの癌との関連を強く疑わせる.さらにp53がオートファジーを制御するという事実から,オートファジーがp53による癌抑制の新しいメカニズムである可能性が高まってきた.
p53によるmicroRNA発現の制御【鈴木 洋/宮園浩平】
miRNAは20〜25塩基程度からなる低分子量RNAであり,遺伝子発現の「ファインチューナー」としてさまざまな機能を発揮する.miRNAは多彩な生理現象において重要な役割を演じるとともに,miRNAによる制御機構の異常が,悪性腫瘍を含む多くの病態に大きく関与することが示されている.近年の研究は,癌抑制因子の代表であるp53が形成する分子ネットワークとmiRNAによる制御システムの緊密な相互作用を明らかにするとともに,miRNA生合成過程におけるp53の新たな役割とmiRNAの発現機構の動的な制御の可能性を示している.本稿では,最新の知見を中心に,p53によるmiRNAの制御機構について概説する.
p53によるクロマチン機能制御と転写選択性のメカニズム【田中知明】
近年のp53研究の進歩により,「ゲノムの守護神」としての機能以外にも実に多彩な生理作用を発揮することがわかってきた.それは主にp53が転写因子として機能し,生理作用の異なるさまざまな下流遺伝子群を,細胞の種類や細胞環境の変化に応じて,時間的・空間的・選択的に巧妙に使い分けているからである.転写因子p53が標的遺伝子を転写活性化するプロセスでは,多くの分子をリクルートし,クロマチン複合体を形成する.その遺伝子発現調節において,クロマチン制御因子によるクロマチン複合体の構造的・機能的変換や,核内のアーキテクチャーやダイナミクスを制御する機構が重要な役割を果たしている.なかでも,遺伝子の活性(オン/オフ)状態を説明づける概念としてのヒストンコード仮説が示されて以来,ヒストン修飾を制御する分子基盤の解明が急速に進んでいる.本稿では,p53によるクロマチン機能制御と転写選択性のメカニズムについて最新の知見を中心に概説する.
トピックス
カレントトピックス
ミトコンドリア外膜タンパク質Mitofusin 2によるウイルス免疫制御機構【小柴琢己】
γセクレターゼと"tetraspanin web"との密接な関係【若林朋子/Bart De Strooper】
ヒトRNA依存性RNAポリメラーゼの発見とRNAサイレンシングへの関与【毎田佳子/増富健吉】
ポリコーム複合体による神経系前駆細胞のニューロン分化能制御【平林祐介/後藤由季子】
Atg5やAtg7を必要としない新規オートファジー機構の発見【荒川聡子/西田友哉/清水重臣】
News & Hot Paper Digest
癌細胞の行動パターン【島岡 要】
角膜の免疫特権環境を構築するメカニズム【向山洋介】
Polycystin-1,-2による伸展活性化チャネルの制御【神崎 展】
禁煙補助用のニコチン中毒予防・治療ワクチンを開発するNabi社【MSA Partners】
サイエンスプレゼンテーションコンテスト2009【桑子朋子/橋本裕子】
連載
クローズアップ実験法
酵母ハイブリッド法を用いた細胞内抗体の作製法【田中智之/Terence H. Rabbitts】
難治疾患
進行性腎癌と臨床的問題 分子標的治療の最前線【三木恒治/本郷文弥】
ラボレポート-留学編-
サイエンスを育んできた街—ケンブリッジ—Wellcome Trust Centre for Stem Cell Research, University of Cambridge【高島康弘】
Update Review
シグナロソーム研究の最前線—COP9シグナロソームとヒト疾患【加藤順也/加藤規子】
関連情報