細胞の成長が適切な大きさで止まるのはなぜか? 癌細胞の周りの正常細胞は癌の進展に何の影響も及ぼさないのか? 「細胞競合」の概念が,有名シグナル系の関与を交えて,その答えを解き明かします。
目次
特集
癌・発生を制御する 細胞競合
Winnerが増え,Loserが消える,Cell-Cellコミュニケーションの新しい姿
企画/井垣達吏
細胞競合-細胞社会を監視する新たなルール【井垣達吏】
適応能力で勝る細胞(winner)が劣る細胞(loser)を積極的に排除する現象として観察される「細胞競合」.35年前の最初の報告以来長らくベールに包まれていたその分子実体が,いま明らかにされつつある.それにより,広く細胞間コミュニケーションの理解にパラダイムシフトがもたらされるとともに,癌・発生研究をはじめ多彩な分野にそのインパクトが波及している.
細胞競合の勝者と敗者を規定する分子基盤【Sergio Casas-Tinto/Eduardo Moreno】
「細胞競合」とは,異なる増殖速度や適応度をもった細胞集団の中から細胞が選択されるプロセスである.このプロセスにおいて,適応度のより高い細胞が競合の勝者となり,その周辺に存在する適応度のより低い細胞が敗者となる.敗者の細胞は細胞競合の犠牲となって消失し,その恩恵を受けた勝者の細胞がそのぶん増殖する.これにより,細胞の総数や器官の形態は正常に維持される.細胞競合は正常発生過程や組織の恒常性維持,再生,癌など多様な生命現象にかかわっていると推察されているが,その分子機構や関与する因子についてはいまだ不明な点が多い.最近の研究により,細胞膜タンパク質や分泌因子を介した細胞間コミュニケーションが細胞の勝者/敗者を規定していることがわかってきた.細胞競合を理解することにより,生体がさまざまな環境下でいかにして最適な細胞を選択・維持するのか,さらには癌の発生・進行をはじめとしたさまざまな疾患メカニズムを理解することが可能になると考えられる.
癌遺伝子Mycにより制御される細胞競合【松田七美】
細胞競合(cell competition)とは,増殖が速く生存能の高い細胞群(winners:勝ち組)と,増殖が遅く細胞死によって排除される細胞群(losers:負け組)とが互いに細胞非自律的に競合し,増殖,生存,分化が統合的に制御されることで,最終的に一定の大きさと機能をもつ器官が形成される現象として定義される.その機構は,多細胞生物の組織構築過程における種々の細胞の運命決定ばかりでなく,癌発症初期における癌前駆細胞の組織からの排除,成熟癌細胞の優勢的増殖,幹細胞ニッチにおける優良幹細胞の選択などにおいて,広く重要な役割を果たしていると考えられている.本稿では,狭義の細胞競合制御因子として見出された,癌遺伝子c-MycのショウジョウバエホモログdMycにより制御される細胞競合の話題を中心に,多細胞生物において器官発生,再生,癌などの過程にかかわる普遍的な生命現象であると考えられる細胞競合について考察する.
mahjongによる細胞競合の制御【田守洋一郎/Wu-Min Deng】
細胞競合とは多細胞生物の組織内における細胞同士の生存競争である.この生存競争において敗者は勝者に殺される,という表現が正しいだろう.なぜなら細胞競合の結果,敗者となって死んでいく細胞たちも,敗者の細胞しかいない同質な環境であればお互い競合しないで生きることができるわけだから.つまりこの現象は,細胞社会の秩序を乱す異常細胞を周りの細胞が認識して積極的に排除するための恒常性維持システムの1つであると考えられる.近年ショウジョウバエを用いた遺伝学的解析によって,こういった細胞の競合的振る舞いを制御している遺伝子が数多く報告されつつあるが,本稿では新たに細胞競合制御遺伝子として同定されたmahjong(マージャン)の研究を通してこの現象のメカニズムを考察する.
細胞競合が駆動する上皮の内在性癌抑制【大澤志津江/井垣達吏】
上皮組織に癌原性の異常細胞が生じると,癌原性細胞と正常細胞との間で細胞競合が起こり,癌原性細胞が競合の「敗者」となって組織から排除されることが近年わかってきた.このことは,細胞競合が上皮の内在性癌抑制システムとして機能していることを意味している.この内在性癌抑制は,細胞競合の勝者と敗者の両者において「状況依存的」に活性化されるTNF-JNKシグナルによって担われていることがわかってきた.上皮組織は細胞競合を駆動することによって危険度の高い「悪性」の細胞を認識し,効率的に個体から排除していると考えられる.
哺乳類における変異細胞と正常上皮細胞間の相互作用【藤田恭之】
癌は細胞内の癌遺伝子や癌抑制遺伝子に変異が蓄積することにより生じる.数多くの癌遺伝子や癌抑制遺伝子が発見されて以来,それらの変異がどのように細胞の癌化を引き起こすのか,その分子メカニズムの解明は飛躍的に進んできた.一方,癌発生の過程で,変異細胞と周囲の正常細胞の境界で何が起こるのかについては未だ多くが明らかになっていない.最近の哺乳類上皮培養細胞を用いた研究で,変異細胞とそれを取り囲む正常上皮細胞の間でさまざまな現象が起こることが明らかになってきた.また,正常細胞と変異細胞が互いの差異を認識し,それぞれのシグナル伝達に影響を与えることもわかってきた.この総説では,これらの最新の知見を紹介するとともに,将来の課題と臨床応用の可能性について概説する.
Hippoシグナル経路による細胞間のコミュニケーション【佐々木 洋/儘田博志】
Hippoシグナル経路は,ショウジョウバエにおいて癌抑制シグナル経路として同定されたシグナル経路である.Hippo経路は哺乳類においても保存されており,細胞増殖の制御,幹細胞の維持,細胞分化制御など,多様な働きをしている.最近,ショウジョウバエにおいて,Hippoシグナルは細胞競合に関与しておりMycと協調的に働いて細胞増殖を制御することが示された.一方,われわれは培養細胞を用いて,マウスでもHippo経路が細胞競合に関与することを見出しており,Hippo経路は種を超えて接触による細胞間のコミュニケーションを担っていると考えられる.
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細胞実験でお困りのあなたへ─注目の細胞関連ツールが一挙集合!
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連載
クローズアップ実験法
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Campus & Conference探訪記
IWE (International Workshop on Exosomes) 2011【小坂展慶】
ラボレポート ―独立編―
望小達大 ルイジアナ州シュリーブポートより ―Louisiana State University Health Sciences Center【角田郁生】
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大学院留学 本当のところ【松浦まりこ/久保尚子】
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