「記憶」はどこまでわかったか?シナプス可塑性から、場所細胞、睡眠との関連、記憶の操作など技術革新により加速する記憶研究の最前線をご紹介します。明かされつつある記憶痕跡の実体解明の今をお見逃しなく。
目次
特集
記憶―その瞬間に脳で何が起きているのか?
記憶を形成し、維持し、呼び起こすメカニズム
企画/林 康紀
概論ー“脳の世紀”に記憶はどこまでわかったか?【林 康紀】
現在,記憶研究は大展開の時を迎えている.シナプスの分子動態をリアルタイムに可視化する技術が進歩し,これまで阻害剤やノックアウト動物を用いるしかなかった,細胞内シグナル経路の解明が可能となった.一方で,光遺伝学的手法やカルシウム感受性蛍光タンパク質の発展は,かつては想像上の存在のみであった記憶痕跡をリアルタイムで観察したり,操作することも可能とした.若き学徒の方々が一生を捧げる学問対象としての将来性は十二分である.
記憶分子の探索により,これまでさまざまなタンパク質が同定されている.αCaMKⅡは神経科学領域ではじめてノックアウトマウスにより記憶に関する表現型が調べられた分子である.その後の研究によりCaMKⅡはシナプス可塑性の中心分子,さらには記憶分子として認識されている.ところが近年のイメージング技術・分析技術の進歩により,これまで考えられていたCaMKⅡのシナプス可塑性への関与を見直すような発見があった.本稿ではシナプス可塑性の分子メカニズムをわれわれの最新の知見を中心に紹介する.
グルタミン酸作動性シナプスは脳内興奮性シナプスの約9割を占める.AMPA型グルタミン酸受容体(AMPA受容体)はグルタミン酸受容体の1 つであり,神経活動の「実行部隊」ともいえる中心的な仲介役である.脳が外界からの刺激を受けて変化する「可塑性」の分子細胞基盤として「AMPA 受容体のシナプスへの移行」があるが,本総説ではこの「AMPA受容体のシナプス移行」とさまざまな行動,環境との関係について概説する.
オプトジェネティクス(光遺伝学)とよばれる技術が登場してからすでに10年以上が経つ.脳への光刺激を通して神経活動を自由自在に操作するという夢を研究者に抱かせたこの新技術は,記憶研究にも積極的に使われてきた.特に,細胞の活動依存的標識技術と組合わせることで,既存の技術では不可能であった神経系の操作から重要な仮説が検証され,多くの知見が得られるようになった.果たしてこれら知見は記憶の謎をどこまで解き明かしたのか.本稿では光遺伝学がこれまで何を明らかにし,これから何をもたらそうとしているのかを海馬と記憶の研究を例にして議論していきたい.
場所細胞・グリッド細胞はどのように記憶を形成するのか?【五十嵐 啓】
2014年のノーベル生理学・医学賞は「空間把握のための脳細胞の発見」,すなわち,海馬に存在する「場所細胞」と,嗅内野に存在する「グリッド細胞」を発見した神経生理学者3氏に贈られた.一方,これまでの多くの研究から,海馬・嗅内野は記憶を司る回路であることも明らかになっている.では,場所細胞とグリッド細胞は,どのように記憶を形成することができるのだろうか?
「記憶は睡眠中に固定化される」はどこまでわかったか?【龍野正実】
記憶が脳のなかでどのように固定化されるのかを理解することは,神経科学の大きな目標の1つである.最近の研究で,記憶固定化のプロセスの一部が睡眠中に起きていることがわかってきた.多電極記録法を用いた電気生理学的実験などによって,覚醒時の神経活動が睡眠中にも再現されていることが明らかになってきたのである.この現象をメモリーリプレイとよぶ.本稿では,ノンレム睡眠とレム睡眠中に現れるメモリーリプレイと,近年発見された覚醒時の小休止中に現れるメモリーリプレイについて解説し,記憶と睡眠の関係について最近の研究動向を紹介する.
物体記憶の表象と想起を支える側頭葉の神経回路機構【平林敏行】
霊長類の大脳側頭葉は物体についての視覚表象や視覚長期記憶にかかわる領域であり,記憶している特定の物体が提示されたときやそれを思い出しているときに活動するニューロン等が多くある.しかし,それらの神経活動がどういった「回路」でどのように作られているかは未解明であり,それは認知神経活動が生じるメカニズムを解くための重要な課題であった.近年,記憶課題を解いているサルから複数のニューロン活動を同時に記録することで,長期記憶の表象や想起を支える神経回路機構が見えてきた.本稿では,こうした霊長類の認知記憶回路に関する最近の知見を紹介する.
記憶能力が低下するメカニズムとは何か?【久恒辰博】
霊長類の大脳側頭葉は物体についての視覚表象や視覚長期記憶にかかわる領域であり,記憶している特定の物体が提示されたときやそれを思い出しているときに活動するニューロン等が多くある.しかし,それらの神経活動がどういった「回路」でどのように作られているかは未解明であり,それは認知神経活動が生じるメカニズムを解くための重要な課題であった.近年,記憶課題を解いているサルから複数のニューロン活動を同時に記録することで,長期記憶の表象や想起を支える神経回路機構が見えてきた.本稿では,こうした霊長類の認知記憶回路に関する最近の知見を紹介する.
トピックス
カレントトピックス
elastin遺伝子の重複と新規機能獲得による真骨魚類における心臓流出路の進化【守山裕大,小柴和子】
毛包が老化するしくみ【松村寛行,毛利泰彰,西村栄美】
生殖細胞ゲノムを守るpiRNAを成熟させるヌクレアーゼTrimmerの同定【泉 奈津子,泊 幸秀】
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サイレント変異の奏でる音が聴こえてきた【田口英樹】
遺伝子の転写にはトポイソメラーゼ1によるDNAねじれの解消が必要だった【黒川理樹】
微小管の脱チロシン化修飾と心筋メカノバイオロジー【神崎 展】
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連載
Update Review
トランスオミクス研究の新展開【柚木克之,久保田浩行,幡野 敦,黒田真也】
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依頼者の感謝を励みに前例のない問題に挑む!【小川 聡】
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- 【本書名】実験医学:記憶―その瞬間に脳で何が起きているのか?〜記憶を形成し、維持し、呼び起こすメカニズム
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(2021年8月23日)