ヒトは,遺伝的多様性に満ちた自由な世界(オープンシステム)に生きています.健康と疾患は,個人差・生育歴・生活習慣などの上に成り立ちます.その包括的理解に向かう新しい一歩を,本特集でお確かめください.
目次
特集
生命の複雑性と個別性に挑む オープンシステムサイエンス
新しい発見を新しい研究スタイルで
企画/桜田一洋
計測技術の進歩に伴いヒトの身体と関連する多様な特徴量が計測されるようになり,ビッグデータを解析する人工知能技術も大きな進展を見せた.しかし,これらの技術を用いてヒトの健康に関する社会的な価値を創出するには,ヒトという生命システムに対する理解を深める必要がある.閉鎖系(クローズドシステム)のモデルのなかで大きく発展した生命科学は,その意味でさまざまな挑戦を強いられている.これらの問題を克服するには,これまでの知識基盤から生命そのものすなわち開放系(オープンシステム)の概念から新たなヒューマンサイエンスを確立し飛躍する必要がある.この考えに基づきわれわれが提唱するのが「オープンシステムサイエンス」である.本特集では,生命科学の新しいパラダイムの枠組みと方法論を概説する.
オープンシステムサイエンスに向けた理論生物学【望月敦史】
生命システムにおいて,化学反応が連鎖的につながるネットワーク全体のダイナミクスから細胞の生理機能が生まれ,さらに酵素の量や活性が変化することで機能の調節が行われる,と考えられている.われわれは,酵素活性が変化したときのシステムの定性的応答を,化学反応ネットワークの構造だけから予測する数理理論を構築した.そして化学反応系の応答範囲を決める数学的法則を発見した.ネットワーク中の部分構造に含まれる,分子,反応,ループ構造の数がある簡単な算術式を満たしていると,その部分構造の内部に与えられた摂動の影響は,その内部のみにとどまり外部には伝わらない.ネットワークの部分構造だけで化学反応系のふるまいを決定できる「限局則」は,生命システムを解明するうえで強力な手段になりえる.
協調モデルに基づく発達科学の新たな展開【小西行郎】
自閉症スペクトラム障害はこれまで脳機能の発達障害を原因とする生得的な疾病と考えられてきた.われわれはさまざまな生体機能リズムの障害が自閉症スペクトラム障害で共通に観察されることを見出し,発生・発達が生体を構成するさまざまなシステムの自発的なリズムの生成とその同期によって進行するプロセスとしてあらわせることを発見した.この成果はリズムの生成とその同期の観点から自閉症スペクトラム障害を診断し治療するという新たな概念を生み出した.
個別化がん免疫治療法の開発におけるパラダイムシフト【唐﨑隆弘,垣見和宏】
近年がん免疫療法は飛躍的に進歩しており,①コンセプト:アクセルからブレーキ解除へ,②アプローチ:画一的から時間・空間的な最適化へ,③データソース:免疫染色など限られた情報から網羅的遺伝子解析データへ,④ターゲット:共通抗原から固有抗原(ネオアンチゲン)へ,⑤フォーカス:がん細胞・T細胞そのものからがん微小環境・全身へ,という5 つのパラダイムシフトを迎えた.患者ごとに最適ながん免疫療法を提供するためには,がん免疫応答というダイナミックな生体反応を評価することが重要であり,オープンシステムサイエンスに基づいたがん免疫研究と治療法の開発が求められている.
アトピー性皮膚炎のリバーストランスレーショナルリサーチ【川崎 洋,川上英良,天谷雅行,古関明彦】
アトピー性皮膚炎は多数の遺伝要因と環境要因によって発症する多因子疾患であり,非常に多彩な臨床像を示す.このような多様性をもった疾患は従来の根拠に基づく医療の枠組みでは十分に解析できない.われわれは機械学習による層別化,ネットワーク型の因果解析,ならびにリバーストランスレーショナルリサーチによる治療ターゲットの発見を組合わせてこの問題を解決する挑戦を行っている.
医療ビッグデータ解析による実臨床からの生命科学展開【中津井雅彦,種石 慶,奥野恭史】
バイオバンクの整備やコホート研究の世界的な進展,また電子カルテシステムの導入による臨床データのデータベース化などにより,医療ビッグデータ(実臨床データ)の蓄積は加速的に進展している.従来型の臨床統計のみならず,さまざまな特性をもつ医療データを適切に解析し,医療や創薬の現場へと迅速にフィードバックしていくための解析技術の開発が課題となっている.本稿では,臨床検査値の時系列データを使用した予後予測指標,および分子動力学計算による薬剤耐性の分子メカニズム解析を題材に,医療ビッグデータ解析の課題と可能性を紹介する.
ヒトの健康をめざした徹底したオミクス・プロファイリング【Shannon M. Rego,Michael P. Snyder】
医療は先を見越したヘルスケアというよりは事が起こってからの対処から成り立っている.病気が発症するまで待つことは,治療費など経済的な点からだけではなく,死亡率や罹患率の観点からも人々に大きな負担を押し付けることになる.しかし近年,技術の大きな進歩に伴い,前例にない新たな視点からヘルスケアに取り組む機会が生まれてきた.われわれはゲノム,トランスクリプトーム,プロテオーム,メタボローム,マイクロバイオームなどのオミクス解析を徹底的に行うことで,健康を分子レベルで個別に定義し,この健康の特徴づけを利用して先を見越した個別医療の実現を提案する.
連載
News & Hot Paper Digest
肥満の急増への説明に用いられる倹約遺伝子仮説の棄却【佐々木 努】
CRISPR-Cas9ゲノム編集の時間的制御【鐘巻将人】
腸管の味覚センサーは免疫系を動かすか?!【藍原祥子】
チェックポイント阻害剤の併用が,稀に心血管死を誘発か【MSA Partners】
カレントトピックス
CHD8のハプロ不全はRESTを異常活性化し自閉症の発症原因となる【片山雄太,西山正章,中山敬一】
クライオ電子顕微鏡によるスプライソソームの構造解析【長井 潔】
CD47阻害はアポトーシスを起こした細胞の貪食を回復させることにより動脈硬化を抑制する【児島陽子,Nicholas J. Leeper】
ERKシグナルはミオシン1Eの局在制御を介して細胞運動を調節する【谷村 進】
Update Review
Nucleome研究の世界動向【田代 聡,木村 宏】
ラボで実践! コミュニケーション術
先生,装置を壊してしまいました・・・ 【竹本佳弘】
クローズアップ実験法
VIPアッセイーウエスタンいらずのタンパク質間相互作用解析法【加藤洋平,中山和久】
挑戦する人
人間の限界を突破し明日の医療を創り出す! 【齊藤元章】
私の実験動物、個性派です!
シマヘビ初期胚採取奮闘記ー研究の最初の1歩,されど大きな1歩【松原由幸,鈴木孝幸】
いま、がんのクリニカルシークエンスがおもしろい!
低頻度体細胞変異を見つけるための情報解析技術【白石友一 】
予防医学の扉を開く 食品に秘められたサイエンス
フードケミカルエピジェネティクスによる骨粗鬆症予防ー紅茶成分テアフラビンがDNAメチル化制御を抑制【西川恵三】
つながる、産と学の手
「産」の視点ー創薬課題克服のための産学連携における企業からの期待【梶井 靖】
ラボレポート独立編
サクラメントの青空の下でーDepartment of Dermatology, UC Davis School of Medicine【泉屋吉宏】
Opinion
若手が「書籍」を執筆するということ【水口智仁,橋本崇志】
関連情報
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(2021年8月23日)