成体幹細胞研究の歴史は造血幹細胞から始まっています.そんな歴史の上に積み重なる造血研究はこれからどこへ向かうのか?造血幹細胞を中心とした血液システムの謎に気鋭の研究者たちが多角的に挑みます.
目次
特集
造血研究―新時代への挑戦
〜複雑・精緻な血液システムに迫る
企画/石川文彦
「造血」という言葉を表紙に見て,馴染み深く思ったり,興味を抱いたりする若い世代の読者がどれほどいるであろう.研究分野が多岐にわたり細分化される現在,多くの若手研究者が造血研究の歴史と現在注目されている造血研究のtopicsに精通しているわけではないのかもしれない.言い換えると,今回の特集は,本誌を手に取ってくださった読者に「造血:hematopoiesis」の歴史を,ごく短く濃縮して伝え,造血研究をライフワークとする研究者の思いと彼らの目に映った本領域の魅力について,誌面を通して丁寧に伝えるためにあると思う.
放射線がマウス造血を破壊することが知られて以来,造血を司る細胞の研究が熱心に行われ,実験的骨髄移植,コロニーアッセイ,ストローマ上での長期培養など,さまざまな造血研究の手技が確立された.なかでもフロー サイトメトリー法の開発はこの分野の研究を一気に加速させた.造血研究の手技と概念はヒト造血研究にも応用され,現在ではヒト造血幹細胞を高度に純化できるまでになっている.近年,造血幹細胞研究は白血病をはじめとするがん幹細胞研究に応用され,がんの研究と臨床の新たな時代を切り開こうとしている.
多相性造血の観点から見た造血幹細胞発生ー造血幹細胞と造血幹細胞非依存性造血【吉本桃子】
胎生期の造血発生の研究は長い歴史をもつ.100年以上も前に,マウス胎仔の卵黄嚢に大きな核をもつ赤血球の集積が認められ,血島(blood Island)と名付けられた.それ以降,いつ,どのような血液細胞が,胎仔のどの組織で産生され,後に成体造血を維持する造血幹細胞(hematopoietic stem cell:HSC)がどのようにして生まれてくるのかが研究の焦点となった.近年の系統追跡実験(lineage tracing study)により,血液細胞の運命が可視化されるようになり,HSCを経ずして発生し,生後の免疫に貢献する自然免疫系細胞の存在も注目を浴びている.本稿では多相性胎仔造血におけるHSCの発生とともに,HSC非依存性造血の1つと考えられるB-1 細胞について述べる.
リンパ球は自然免疫系・獲得免疫系両方において中心的な働きをする細胞であり,その産生機構の解明は発生学・血液学・免疫学など多岐の分野を横断する重要な研究課題である.リンパ球造血を支える幹細胞・前駆細胞の発生と,成熟リンパ球への分化を制御する分子機構に関する研究成果は,従来の教科書的理解に新たな概念を導入した.さらに近年,従来重点的に解析されてきた転写因子の機能に加え,それらを上流で調節する制御機構の解析が急速に進んでいる.それらの成果を用い,老化や担がん状態での免疫力低下の克服をめざした萌芽的な取り組みもはじまっている.
骨髄環境の理解と造血制御【ベッカー ハンス 次郎,山﨑 聡】
造血幹細胞はどのように生体内の血液細胞を一生涯にわたり供給し続けることができるのか? 他の成体幹細胞と同様に造血幹細胞は自己複製能と多分化能を保つために外部のシグナルに依存している.近年,遺伝子欠損モデルや画像技術の発展が骨髄環境のさらなる理解をもたらしたことで,造血幹細胞の維持,分化や遊走をとり締まる細胞とシグナルが多数存在することが理解されてきた.造血幹細胞はこういった骨髄微小環境いわゆる“ニッチ”を通じて,全身からのシグナルに動的に対応ができ,分化や増殖が抑制されている.本稿では,現在までの報告をもとにニッチの基幹要素を紹介し,われわれの造血幹細胞制御に関する研究や考えを記述した.
造血システムを俯瞰するシステムバイオロジー【清田 純】
造血システムは造血幹細胞によって支えられたきわめて複雑で動的なしくみである.10種類を超える全く役割の違う機能血液細胞に向かって,造血幹細胞がどうやって運命を選択していくのか,その理解にはダイナミックに変わっていく遺伝子発現の全体像を把握する必要がある.本稿ではその目標に向けたシステムバイオロジー的アプローチをご紹介する.
スプライソソーム異常が拓く造血器腫瘍研究の未来【井上大地】
複数のエキソンをもつヒト遺伝子のうち90%以上は選択的スプライシングが認められ,この機構は造血にも大きく寄与している.スプライソソーム遺伝子の変異が高頻度に認められる造血器悪性腫瘍の分野では各病態の解明に向けてRNA-seqによるヒトサンプルの解析,マウスモデルの構築,治療応用が進んでいる.転写因子やエンハンサー,エピジェネティックな制御因子による転写産物の「量」的な理解に加えて,アイソフォームやスプライシング異常といった「質」的な理解が求められている.本稿では造血におけるスプライシング研究の現在地, そして未来への展望を合わせて紹介したい.
次世代型遺伝学による造血幹細胞制御機構の解析【中田大介】
造血幹細胞は多分化能をもってすべての血液細胞を生み出し,長期自己複製能をもって生涯にわたり造血を維持する未分化細胞である.造血未分化細胞にいくつもの変異が導入され,多分化能および自己複製能に異常をきたすことで血液腫瘍の発症につながる.これまで造血幹細胞の多分化能,自己複製能の解析および血液腫瘍でみられる変異の影響はノックアウトマウスの解析により行われてきた.しかし,このような解析は時間的かつ費用的に制約があり,また血液腫瘍でみられる多重変異の効果を検証することは難しい.近年,この遺伝学的制約を乗り越えるCRISPR/Cas9システムが開発され,急速に進化している.本稿ではCRISPR/Cas9システムがどのように造血幹細胞研究,血液腫瘍研究を押し進める可能性を持っているかを紹介したい.
連載
News & Hot Paper Digest
resident memory T細胞の長期生存を可能にするエネルギー代謝機構【高塚奈津子,茶本健司】
長鎖ノンコーディングRNAによる近隣遺伝子の転写制御【中川真一】
電子顕微鏡でDNAを染色する方法を開発ー核内のDNAの存在様式を可視化【木村 暁】
体内時計・加齢・摂取カロリーの深い関係【大石由美子】
カレントトピックス
ヒト初期発生における生殖細胞の発生機構【小林俊寛,Ramiro Alberio,Azim M Surani】
成体のマウスにおいて心筋細胞の増殖が抑制されるしくみ【森川雪香,James F.Martin】
脊髄損傷後のアストロサイト瘢痕形成の誘導機構【原 正光,岡田誠司】
マウスのオスフェロモンESP1がメスの性行動を促進するための専用の神経回路【石井健太郎,宮道和成,東原和成】
挑戦する人
本質を問う力を伝え未来を創る人材を育てたい!【肥田宗友】
Update Review
5-アミノレブリン酸(5-ALA)ーその生体機能と多彩な疾患への応用【千葉櫻 拓,中島元夫】
クローズアップ実験法
miRNA応答性CRISPR-Cas9システムを用いた細胞種特異的なゲノム編集法【弘澤 萌,齊藤博英】
創薬に懸ける~日本発シーズ、咲くや?咲かざるや?
複数の困難を乗り越えたFTY720の創薬物語【千葉健治】
予言するシミュレーション
転写因子NF-κBの核膜輸送による制御を4Dシミュレーションで予言する【市川一寿】
Campus & Conference 探訪記
染色体研究者が凝縮,接着した4日間ー第2回SMCタンパク質国際会議【斉藤典子,髙橋元子】
ラボレポート独立編
テキサスで,我儘に.ーDepartment of Cellular and Integrative Physiology, The University of Texas Health San Antonio【藤川哲兵】
Opinion
パーソナル・バイオテクノロジーの夜明け【津田和俊】
バイオでパズる!
関連情報
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- 【本書名】実験医学:造血研究―新時代への挑戦〜複雑・精緻な血液システムに迫る
- 【出版社名】羊土社
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第2地帯(オセアニア、中近東、北米、中米) |
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第3地帯(アフリカ、南米) |
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(2021年8月23日)