良い脂肪と悪い脂肪がある?老化や炎症がもたらす脂肪組織の機能低下,世代を超えた脂肪酸代謝酵素のエピゲノム制御,異所性脂肪の両面的な機能など,「脂肪の量と質」の多様な制御を理解し,メタボ克服に挑む最前線
目次
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特集
脂肪の量と質を制御する
脂肪毒性の新たなメカニズムを理解してメタボ克服に挑む
企画/菅波孝祥
脂肪組織は余剰のエネルギーを中性脂肪として蓄積するが,過剰な脂肪蓄積は肥満やメタボリックシンドロームの病態基盤を成す.近年の研究成果により,脂肪の“量”に加えて,体内脂肪分布や蓄積する脂肪の“質”の重要性が明らかになってきた.本特集では,脂肪の量と質を制御する種々の要因をマクロからミクロへの視点と時間軸の視点で俯瞰し,その制御機構を理解するとともに,肥満・メタボリックシンドロームの克服に挑む最新の研究成果についてご紹介したい.
多くの哺乳類でみられる,代謝活性のある褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞は,ヒトにも存在し,全身のエネルギー代謝を制御していることが近年の研究で明らかになってきた.ベージュ脂肪細胞を誘導する,いわゆる"白色脂肪の褐色化(Browning)"を促進することにより,肥満の抑制,全身の糖・脂質代謝の改善が期待できる.本稿では,褐色・ベージュ脂肪細胞の新たな代謝制御機構として,UCP1非依存的な熱産生機構および線維化抑制機構を中心に概説する.
メタボリックシンドロームの病態基盤を形成する肥満の脂肪組織炎症では,脂肪組織に浸潤したマクロファージが重要な役割を担うことが知られている.マクロファージに発現するMincleは,肥満の脂肪組織炎症,線維化を促進し,脂肪組織の脂肪蓄積能を制限することで異所性脂肪蓄積をもたらす.一方,脂肪組織の線維化に関与する脂肪組織線維芽細胞は,間葉系幹細胞が細胞外環境に応じて分化すると考えられる.脂肪組織における健康な脂肪の量と質は,実質細胞の脂肪細胞のみならず,間質細胞のさまざまな相互作用により規定されると考えられ,今後のより詳細な研究成果が期待される.
肝臓や骨格筋における異所性脂肪蓄積は,インスリン抵抗性の原因の一つであることが示唆されている.異所性脂肪蓄積はそれぞれの臓器に特有の経路があると考えられる.共通している経路として,脂肪細胞からの遊離脂肪酸(FFA)放出がある.体重増加の過程において大型化した脂肪細胞が,それ以上拡張することができず,脂肪組織に貯めきれない脂肪がFFAとして放出された結果,骨格筋や肝臓に異所性脂肪として蓄積しインスリン抵抗性を惹起する可能性が示されてきた.その一方で,われわれの検討などから,非肥満者でも運動不足,高脂肪食,低アディポネクチン血症などが直接肝臓や骨格筋に脂質を蓄積させ,インスリン抵抗性を惹起する要因となっている可能性が明らかとなってきた.また,持久的な運動選手では,骨格筋細胞内脂質が蓄積しているがインスリン感受性が保たれていることが示されており(アスリートパラドックス),そのメカニズムが明らかとなりつつある.これらの研究により,アジア人で非肥満であっても代謝血管障害を生じる根本的な原因が明らかとなることが期待される.
肥満に伴う血中および臓器内の脂質の過剰蓄積が引き起こす細胞・臓器での機能障害は脂肪毒性とよばれる.脂肪酸代謝異常が惹起する脂肪毒性はおのおのの細胞・臓器によってその病態が異なり,最近では,蓄積する脂肪酸の量のみならず,脂肪酸の種類や組成といった脂肪酸のバランス(質)がメタボリックシンドロームに関与することが明らかになってきた.脂肪酸伸長酵素Elovl6や脂肪酸不飽和化酵素SCDへの適切な介入による脂肪酸の「量」と「質」の制御が,メタボリックシンドロームの新規治療法として期待される.
マクロファージは病原体の感染に対する防御だけでなく,肥満・糖尿病など生活習慣病の発症につながる「慢性炎症」の制御にも重要である.最近,マクロファージの細胞機能としての炎症応答は,細胞代謝,特に細胞内の脂肪酸代謝と密接に関連していることが明らかとなってきた.本稿では,マクロファージの細胞内脂肪酸代謝が,生活習慣病の病態形成をいかに制御するか,概説したい.
多くの動物実験や疫学調査により,出生前後のさまざまな環境要因が何らかの機序で「記憶」され,成人期における肥満などの生活習慣病の発症に関連するという「Developmental Origins of Health and Disease(DOHaD)」仮説が提唱されている.このDOHaD 仮説の分子機構として,DNAメチル化による遺伝子発現のエピゲノム制御,すなわち「エピゲノム記憶」が想定されている.最近の研究により,肥満の発症と進展にかかわる「エピゲノム記憶」の分子実体が明らかになりつつある.
加齢や肥満に伴い体内の脂肪は質的・量的変容を示し,メタボリックシンドロームや糖尿病を発症する基盤が形成される.高齢者や肥満者の脂肪組織には老化細胞が蓄積し,脂肪が機能不全に陥る主要なメカニズムを担うことが明らかとなってきた.細胞老化の抑制,および老化細胞の除去を標的としたアプローチは,加齢や肥満に伴う脂肪機能不全を抑制し,全身の代謝障害に対する新しい治療法となる可能性がある.
連載
News & Hot Paper Digest
Notchを贈ればWntでお返しー乳腺上皮幹細胞とマクロファージの助け合い【妹尾 誠】
GTP合成経路は小細胞肺がんのアキレス腱になる【河野 晋】
平成30年・特許法改正と医薬品研究への影響【加藤 浩】
カレントトピックス
クローズアップ実験法
iPS細胞を用いた正確なゲノム編集法(MhAX法)【香川晴信,松本智子,Shin–Il Kim,Knut Woltjen】
未来をつなぐ風
研究室のナレッジマネジメント
なぜ研究室にナレッジマネジメントが必要か【梅本勝博】
Update Review
ゲノム医療研究開発のための診療情報の二次利用による病態分類:フェノタイピング【荻島創一】
私の実験動物、やっぱり個性派です!
温泉に生きるド根性ガエルーリュウキュウカジカガエル【井川 武,小巻翔平,荻野 肇】
研究アイデアのビジュアル表現術
ラボレポート独立編
Opinion
こんなところにも!?バイオフィルム研究の魅力【杉本真也】
バイオでパズる!
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(2021年8月23日)
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