概論
食から生体機能に繋がる分子メカニズムの理解と応用
Molecular dynamics from the diets to host biology
國澤 純
Jun Kunisawa1)〜4):Laboratory of Vaccine Materials, Center for Vaccine and Adjuvant Research, and Laboratory of Gut Environmental System, National Institutes of Biomedical Innovation, Health and Nutrition (NIBIOHN)1)/Graduate School of Medicine and Pharmaceutical Sciences, Dentistry, Osaka University2)/Kobe University Graduate School of Medicine3)/International Research and Development Center for Mucosal Vaccines, The Institute of Medical Science, The University of Tokyo4)(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所ワクチン・アジュバント研究センターワクチンマテリアルプロジェクト/腸内環境システムプロジェクト1)/大阪大学大学院医学系研究科/薬学研究科/歯学研究科2)/神戸大学大学院医学研究科3)/東京大学医科学研究所国際粘膜ワクチン開発研究センター4))
古くから,健康維持・増進や病気に関わる食事の影響が注目されている.近年の研究の進展により,これまで経験則が先行していた食の作用が,化学構造式と生体分子で語れる時代になってきた.これにより「何をどれだけ食べたか」から「どういった人が,〇〇を含む食材をどれだけ食べたか」といった形で食の効果を個別化できる可能性が見えてきた.これらは近い将来,precision nutritionやprecision healthといった形で新しい食品科学や健康科学研究へと発展すると期待される.
はじめに
食に関する研究に携わっていると,食の重要性を示す言葉として「We are what we eat」という表現をよく耳にする.これは「食べた物が体の構成成分となる」という食の機能と重要性を容易に想像できる優れた文章だと思う.また,この表現の元になったと言われるのが,18〜19世紀のフランスの法律家で,さらに「美味礼讃」で有名な美食家でもあるブリア・サヴァランが残した「Tell me what you eat, and I will tell you what you are(何を食べているかを言ってみたまえ,君がどんな人かを言ってみせよう)」という言葉である.これは食べたものが体の構成成分となっているだけではなく,身体の機能をも決めていることを示唆していると捉えることができる.さらに17世紀のイギリス詩人のジョージ・ハーバートは「Whatsoever was the father of a disease, an ill diet was the mother(病気の原因の「父」に該当するものが何であれ,「母」に該当するものは「間違った食事」である)」と述べている.
これら一連の文章は,食と身体機能,さらにはそれに連動する疾患との関係を如実に示す表現であり,現在世界中で社会的にも学術的にも注目されている内容である.これら数百年も前から賢人たちが提唱してきた食の重要性であるが,われわれは現在,多くの先人たちが残してくれた研究結果と英知を学びつつ,近年著しい発展を見せている分析技術やAIを活用することで,食から生体機能につながるメカニズムを分子のレベルで理解できる土壌が整ってきた.
1食に関する研究の歴史
世界初のビタミンを発見した鈴木梅太郞博士やうまみ成分であるグルタミン酸を発見した池田菊苗博士など世界に冠たる研究者を輩出し,最近では機能性食品や特定保健用食品といった新たな研究領域や制度を生み出してきたわが国の食に関する研究であるが,その歴史を紐解いてみると栄養学が基本となっている.従来の栄養学では,タンパク質,脂質,炭水化物,ビタミン,ミネラルのいわゆる「栄養素」が主な対象とされてきた.これは栄養不足が問題であった時代からの流れを引き継いだものであり,「何をどれだけ摂取すれば最低限の生命活動が維持できるか」といった観点からの研究であると言える.
このように細胞を構成する基本成分やエネルギー源の一つとして考えられていた栄養素であるが,近年の研究から栄養素そのものが生体に影響を与えるシグナル分子として機能することがわかってきた(概念図1❶).さらには,栄養素のみで飼育した動物ではさまざまな生体機能が不全となるように,従来の栄養学では取り上げてこなかった非栄養素も生体機能に重要であることがわかっている.このような観点から,現在,ポリフェノールやグルコサミン,リコピンなど多くの非栄養素の生体機能が解明されつつある(概念図1❷).さらに質量分析を用いたメタボローム解析に代表される分析技術の発展により,食品成分そのものだけではなく,そこから少し形を変えた代謝物が生体機能に影響を与える実効分子として同定されている.これまでの研究では主に食物が腸管で吸収された後,体内で産生される代謝物が対象となっていた(概念図1❸).最近の研究から腸内細菌や発酵食品に使用されるような微生物も代謝物の産生にかかわっていることがわかってきている(概念図1❹)1)2).これらの研究と連動し,これら食品を由来とする分子の認識や制御にかかわる生体メカニズムも解明されてきている(概念図1❺).
これら一連の研究により,これまで経験則として「〇〇を食べると体によい」と言われてきた食材から機能性を担う成分や代謝物を同定し,その生体応答についても分子・個体レベルで理解できるようになってきた.その結果,現在においては「お腹がすいたから食べる」から「健康によいから食べる」への食のパラダイムシフトが起こってきている.
2食の科学の最前線
日本では古来より「医食同源」という概念が知られているが,科学的に見ても食の作用は薬と同様,多くが化合物と生体分子との反応として理解できるようになってきた.本特集ではその象徴的な例をいくつかとりあげる.
脂質は細胞膜を構成する成分であり,かつ重要なエネルギー源であるが,さらに脂質代謝物もしくは脂質メディエーターという形でさまざまな生体応答に影響を与える.哺乳類は自ら多くの脂質を生体内でつくることが可能であるため,これらの脂肪酸の生体内含有量には個人差がそれほどないと考えられている.しかし必須脂肪酸とよばれるω3,ω6脂肪酸は生体内で合成することができず,食事などを介して外部から摂取する必要があり,そのため生体内のω3,ω6脂肪酸量には大きな個人差が生じる.コホート研究を中心に古くからEPAやDHA,αリノレン酸などのω3脂肪酸の摂取と健康との関連が示されているが,近年のリピドミクス・メタボローム解析の発展により,ω3脂肪酸を由来とするさまざまな脂質代謝物が同定されてきている.これらの脂質代謝物の生理活性機能の解析と連動し,脂質代謝物を認識する細胞や受容体,その後のシグナル,アレルギー・炎症などの疾患との関連が明らかになってきている(長竹・國澤の稿).
アミノ酸はタンパク質の基本成分であるが,脂質と同様,シグナル分子として細胞機能や細胞内代謝に多面的な作用をおよぼすことがわかってきた.細胞レベルで見た場合,その反応は細胞膜上のアミノ酸受容体や細胞内のアミノ酸センサーによって担われ,特定のアミノ酸が選択性をもって細胞機能に影響を与える.これらの機能はがん細胞において特異的であることがわかってきており,創薬標的としても注目されている(大垣・金井の稿).さらに生体レベルで見ると,各アミノ酸を起点とするシグナルはそれぞれの臓器で異なる作用をもたらすこともわかりつつある.興味深いことに脂質が原因として考えられがちな脂肪肝においては,摂取するアミノ酸のバランス(血中アミノ酸濃度プロファイル)が重要であることがわかってきた(高橋らの稿).
亜鉛などのミネラルやビタミンは補酵素として機能することでさまざまな生体応答に必須な栄養素であり,かつ体内で作ることができないため食品からの摂取が必要であるが,これらもシグナル伝達に働くことが見出されている.亜鉛は生体内にごく微量しか存在しない元素で,さまざまなタンパク質の構造と活性の維持に必要である.細胞は亜鉛を取り込むためのトランスポーターを発現しているが,その種類は20を超え,それぞれ組織分布や細胞内局在が異なる.これは単に細胞内に亜鉛を取り込む経路としてトランスポーターを発現しているのではなく,さらに積極的な役割があることを示唆しており,その特異的役割が解明されてくるとともに,皮膚や腸管の機能維持,発がんとの関連が注目されている(原らの稿)
さらにはポリフェノールなどの非栄養素の生体機能も注目されている.これらは生体に存在しない異物であるが,生体はこれらを認識する受容体を有している.異物を認識する代表的なシステムは自然免疫による微生物由来分子の認識であるが,自然免疫がさまざまなTLR(Toll様受容体)を介して個々の微生物由来分子を識別しているのと同様,われわれは似て非なるさまざまなポリフェノールを異なる受容体で認識し,生体応答を変化させていることがわかってきた.その一例として緑茶カテキンのもつ抗がん・抗炎症作用が知られている(立花の稿).
われわれが食に対して期待するものの一つは「美味しい」ことである.この「美味しい」を決める基本五味(甘み・うま味・塩味・酸味・苦み)はそれぞれ特異的な受容体が認識し,そこから脳へと情報伝達される.興味深いことに味覚受容体は通常の受容体と異なり幅広い基質特異性を示す.例えば甘みを呈する化合物は数多く存在するが,これらはすべて基本一つの受容体に認識され,すべて「甘い」として感じるようになる.最近になり,味覚受容体の構造解析が行われ,味覚受容体が基質の分子構造に対してある程度の「緩さ」と「厳格さ」のバランスを保つことで,多種多様の味覚分子を認識後,一つのアウトカムとして提示するメカニズムがわかってきた(山下の稿).
このように食品や食品成分の機能,さらにそれに関わる生体分子は多種多様である.これらはゲノム,エピゲノム,トランスクリプローム,プロテオーム,メタボロームなどの各階層における網羅的な解析と共に,それらのデータを組み合わせたマルチオミクス(トランスオミクス)が重要となる.特にこれらのビッグデータ解析においてはAIを含めたバイオインフォマティクス解析が必須である.近年これらの解析技術の発展により,さまざまな食品の機能に関する情報が得られるようになってきた.例えばコーヒーの摂取により,PPARγと関連遺伝子(トランスクリプトーム),TCA回路関連タンパク質(プロテオーム),尿素回路関連分子(メタボローム)の変化が認められ,脂肪肝の蓄積抑制と体重増加の抑制が認められた(加藤・髙橋の稿).このようなノンバイアスな解析を活用することで,われわれが予期しない知見が得られると期待される.
おわりに
現在,「食の偏りと疾患」という観点からの研究が数多く行われているが,今後,わが国の大きな社会目標である健康長寿社会を実現していくためには「健康を失わず維持・増進する」ことも重要である.そのなかで日々われわれが口にする食の関与はきわめて大きく,実践すべき食習慣について説得力のある科学的エビデンスを提供することが重要である.そのなかで,食の質の高さと重要性が国際的に認知され,これまで多くの優れた研究者を排出してきた日本の研究が果たすべき役割は大きいと考えられる.
本特集で紹介したように,現在,食の機能を決定する実効分子が同定され,同時に生体側の観点から食由来分子の代謝や認識,シグナルなどにかかわるメカニズムと健康・疾患との関連が解明されてきている.また今回は誌面の関係上取り上げることはできなかったが,炭水化物やビタミンなどの栄養素にも新たな生体機能が明らかになってきている3)4).一方,ヒトを見ると,食由来分子の代謝や認識にかかわる分子は遺伝子の発現レベルや遺伝子多型により個人差があると予想される.またヒトの腸管には数百種類とも言われる腸内細菌が存在しており,食物の消化や代謝物の産生にかかわっていることがわかってきている.さらにその構成や機能は大きな個人差があることが知られている5).今後,食と生体の両観点から分子レベルの解明がさらに進むことで,個人差を考慮した個別化栄養が実現していくと期待される.すなわち現在「何をどれだけ食べたか」といった観点で議論されている内容が,今後は「どんな遺伝子,腸内細菌をもつ人が,何をどれだけ食べたか」という視点から食の有効性を議論できるようになる.このようなprecision healthもしくはnutritionともいうべき観点からの健康社会の実現について,本特集がその最先端を知っていただく一助になり,近い将来,読者の皆さんの献立づくりに役立つ日がくれば幸いである.
文献
- Ogawa J, Kunisawa J, and Kimura I:The new era of postbiotics: Gut microbiome-derived lipid metabolites for health and wellness, Science(webinar:https://www.sciencemag.org/custom-publishing/webinars/new-era-postbiotics-gut-microbiome-derived-lipid-metabolites-health-and)
- Hirata SI & Kunisawa J:Gut microbiome, metabolome, and allergic diseases. Allergol Int, 66:523-528, 2017
- Kroemer G, et al:Carbotoxicity-Noxious Effects of Carbohydrates. Cell, 175:605-614, 2018
- Kunisawa J:Immunity and Nutrition「Encyclopedia of Immunology」(Michael JH Ratcliffe, ed), pp120-126, Academic Press, 2016
- Costea PI, et al:Enterotypes in the landscape of gut microbial community composition. Nat Microbiol, 3:8-16, 2018
著者プロフィール
國澤 純:1996年大阪大学薬学部卒業.2001年薬学博士(大阪大学).米国カリフォルニア大学バークレー校への留学後,’04年東京大学医科学研究所助手.同研究所助教,講師,准教授を経て’13年より現所属プロジェクトリーダー.’19年より現所属センター長.その他,東京大学,大阪大学(連携大学院),神戸大学(連携大学院),広島大学の客員教授や招へい教授を兼任.科学の力を世の中に役立てたいと考え,食品,微生物,免疫によって形成される腸内環境の理解と健康科学への展開といった基礎研究と,創薬,機能性食品,ワクチンの開発などの実用化研究を進めている.HP:http://www.nibiohn.go.jp/vaccine_material_project/