概論
なぜ腸内デザインに数理科学や群衆生態学が必要なのか?
Why are mathematical science and community ecology required for gut design?
福田真嗣
Shinji Fukuda:Institute for Advanced Biosciences, Keio University /Metabologenomics, Inc.(慶應義塾大学先端生命科学研究所/株式会社メタジェン)
「腸内デザイン」とは,およそ1,000種類・38兆個にもおよぶ腸内細菌の集団(腸内細菌叢)の種類やバランス,そこからつくられる代謝物質や宿主免疫因子などを正確に把握し,それらのふるまいを適切に制御することで,あたかも設計図を元に建築を行うかのように腸内環境をデザインすることで,健康維持や疾患の予防・治療に役立てることを意味する造語である.近年の研究で,腸管関連疾患だけでなく全身性疾患についても腸内細菌叢のバランス異常(dysbiosis)との関係が次々と明らかになり,腸内細菌叢の是正は次世代の医療やヘルスケアにおいて重要な位置を占めている.一方,食事などを介して有用菌や腸内細菌の餌になる化合物成分を摂取するプロバイオティクスやプレバイオティクス,さらには疾患の治療を目的とした便微生物叢移植を行っても,腸内に取り込んだ有用菌や化合物成分,あるいは移植した細菌叢が必ずしも全員に機能を発揮できるわけではなく,個人差が存在することも明らかとなっている.そこで,個々人で異なる腸内細菌叢のふるまいを正しく理解し制御するために,腸内細菌叢を一つの生態系と捉え,数理科学や群衆生態学の観点からアプローチする「腸内細菌叢生態学」という新たな学問領域を立脚する必要がある.本分野の発展が,腸内環境を適切に制御する方法,すなわち腸内デザインにもとづく層別化医療・ヘルスケアを社会実装するための礎になると確信している.
はじめに
建物を建てる,電化製品を作る,組織を形成する,生命の一個体がつくられる,これらの事象に共通するのは,①ベースとなる設計図があること,②その設計図を元に資材や部品,人員や細胞,物質が組み上がることである.つまり,設計図が理解できさえすればそこから最終的な完成形を想定し,さらには新しいものをデザインすることもできる.「腸内デザイン」とはこのような考えにもとづき,腸内環境の設計図の大元である腸内細菌叢の機能にもとづく遺伝子地図を十分に理解し,腸内環境を適切にデザインできれば,個々人の腸内環境にもとづく健康維持や疾患の予防・治療を実現することが可能である,という考え方である.腸管腔内は身体の外の環境とつながっている外環境であるため,個々人の腸内細菌叢の種類やバランスは人によって異なる.近年,食品機能や薬剤の効果の個人差が腸内環境にもとづいて生じることも明らかになりつつある.
腸内デザインを実現するために必要になるのは,個々人によって異なる腸内細菌叢がどのように形成され,その機能が発揮されているのか,つまり個々人の腸内細菌叢の遺伝子地図を含む腸内環境全体の設計図を理解することである.近年の科学技術の進展により,腸内細菌叢のメタゲノム解析や腸内代謝物質のメタボローム解析,さらにはこれらのデータをバイオインフォマティクスにより統合したメタボロゲノミクスアプローチにより,個々人の腸内にどのような腸内細菌が存在し,これらがどのような代謝物質をつくっているのか,すなわち,どのような腸内環境が構築されているのかを知ることができるようになった.しかしながら,これらはあるタイムポイントでのスナップショットに過ぎず,そのときの腸内環境の状態理解には有用であるものの,腸内環境の制御や予測に活用するためには不十分である.このような背景から,腸内デザインには時間軸を伴った腸内環境の連続情報や,それらに対する数理科学的なアプローチによる動態理解,さらには腸内細菌叢全体を一つの生態系として捉える群集生態学のアプローチが必要と考えられる.
本稿では,腸内細菌叢を含む腸内環境全体の個人差とそれによる影響,そして本特集のテーマである腸内デザインの実現に向けて,数理科学や群衆生態学との融合の必要性について概説する.また,著者の取り組みとして腸内環境の理解に向けたメタボロゲノミクスアプローチや,腸内デザインを社会実装するために設立したメタジェン社の取り組みについて紹介する.
1腸内環境の個人差
健康な30代〜50代の成人男女48名の腸内細菌叢組成のデータ(図1左)と,主な腸内代謝物質である短鎖脂肪酸や有機酸量のデータ(図1右)を示す.このように腸内細菌叢組成は個々人によって異なるが,この違いは個人のライフスタイルに依存することが報告されており,そのなかでも特に長期的な食習慣が大きく影響することが知られている1).一方,腸内細菌叢のパターンが類似した個人間でも,短鎖脂肪酸量が異なることも明らかとなっている.短鎖脂肪酸は宿主免疫系や代謝系に作用し,感染予防や抗肥満に寄与する有用な代謝物質であるが2)3),これらの産生増加,あるいは有害な代謝物質の抑制には,腸内細菌叢にどのようなエサを届けるか,すなわち自身の腸内細菌叢に合わせた食習慣が重要と考えられる.そのデザインを行うための基盤情報として,数理科学や群集生態学にもとづくアプローチが必要である(東樹の稿,高安の稿,鈴木・桝屋の稿,中岡・熊倉の稿参照).
2腸内環境にもとづくレスポンダー・ノンレスポンダー
腸内環境の違いにもとづいて,食品や医薬品を摂取した際の効果が個々人で異なる例が複数報告されている(金の稿参照).摂取物の効果が得られる人を「レスポンダー」,得られない人を「ノンレスポンダー」とよぶが,腸内デザインによる層別化医療・ヘルスケアの実現には重要な概念である(図2).例えば,食物繊維を多く含む穀物である大麦には,1食目に大麦を含む食事をすると,2食目摂取時の血糖値が改善される「セカンドミール効果」があることが栄養学の分野で以前から知られている.その効果には個人差があったが,腸内細菌叢のメタゲノム解析の結果,腸内にPrevotella属菌の割合が多く,大麦摂取により腸管内でさらにPrevotella属菌が増加する人はセカンドミール効果が起きやすいことが明らかとなった4).これは大麦に含まれる水溶性食物繊維であるβ-グルカンがPrevotella属菌によって代謝され,腸内で産生されたコハク酸が腸管上皮細胞で糖新生を促し,その結果として肝臓でのグリコーゲン分解を抑制することで耐糖能が改善されるためである5).他にも,近年使用量が増加している人工甘味料,サッカリンの摂取が腸内細菌叢の変化を介して耐糖能の悪化を招くことがマウス実験により明らかとなっている6).ヒトにおいては人工甘味料を長期的に摂取している人は血糖値が高い傾向があることが示唆されており,人工甘味料の摂取試験では,耐糖能が悪化するレスポンダーと,悪化しないノンレスポンダーが存在し,その違いは各個人の腸内細菌叢プロファイルに起因することが明らかとなっている6).こういった食品機能と腸内環境にもとづくレスポンダーとの関係は今後続々と明らかになると考えられることから,これらのデータと機械学習などを組合わせることで,自分の腸内環境情報から自分に合う食品や飲料,サプリメントを選ぶ時代がもう間もなくやってくると考えられる.
3薬効と腸内環境
食品の他にも薬剤の治療効果が腸内環境の差異に起因することが報告されている.がん治療薬として近年注目されている免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-L1抗体,抗CTLA-4抗体,抗PD-1抗体)を用いたメラノーマ患者への臨床試験において,治療効果が高かったレスポンダーは,腸内細菌叢の多様性が高いことや,Akkermansia属菌やBifidobacterium属菌の割合が多いことなどが明らかとなっている7)〜9).
疾患の治療に用いられる薬のいくつかは腸内細菌叢が代謝を行うことでその効果が増強されたり,あるいは逆に減弱したり,また副作用が強くなったりすることが以前から報告されている10)11).近年の研究で,76種類の腸内細菌株を用いて271種類の薬剤について薬剤代謝が行われるか否かがin vitro試験系で網羅的に評価されており,実験の結果,全体の約3分の2にあたる176種類もの薬剤が,一つ以上の腸内細菌株によって代謝されることが明らかとなった12).またその逆に,薬剤がもたらす腸内細菌叢への影響についても検討されており,抗菌薬ではないヒトを標的とした薬剤約800種類について,代表的な40種類の腸内細菌株に対する増殖阻害作用をin vitroで検証したところ,全体の24%にあたる約200の薬剤で一つ以上の腸内細菌株の増殖を阻害することが明らかとなった13).このように,食品のみならず薬剤と腸内細菌叢との間にも複雑な関係があることから,腸内デザインによる層別化医療・ヘルスケアを実現するためには,各種薬剤におけるレスポンダー・ノンレスポンダーの腸内環境の特徴を集積し,データベース化する必要がある.
4便微生物叢移植療法と腸内環境
腸内細菌叢を制御する方法としては,生菌を摂取するプロバイオティクス,菌が利用する物質を摂取するプレバイオティクスが知られる.それに加え近年では,炎症性腸疾患の一種である潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis,UC)に対する細菌学的治療法として,便微生物叢移植療法(fecal microbiota transplantation,FMT)が注目を浴びている.FMTが注目されたきっかけは,2013年に抗菌薬抵抗性の再発性Clostridium difficile感染症(偽膜性大腸炎)に対する治療方法として,ランダム化比較試験において約90%もの治癒率を認めたためである14).一方,UCに対するFMTの治療効果については,2015年に2つのランダム化比較試験の結果が報告された.興味深いことに,この2つの臨床試験では結果が異なっており,カナダのMoayyediらの報告では,FMT群においてUCの寛解率が有意に高いというものであったのに対し15),オランダのRossenらの報告では,UCに対するFMTの有意性は認められなかった16).その後,オーストラリアのParamsothyらは,3〜7名のドナー便を混合したマルチドナー便を用いたFMTをUC患者に実施し,統計学的に有意な治療効果を認めた17).国内においても,順天堂大学医学部の石川(メタジェン取締役CMO)らのグループがより効果的な細菌叢定着をねらい,アモキシシリン,ホスホマイシン,メトロニダゾールの3剤混合抗菌薬(AFM)をUC患者へ2週間内服後にFMTを実施するA-FMT法により,有効性を認めた18).さらに,主要な腸内細菌の一種であるBacteroides属菌群の定着と治療効果との間に正の相関があることも明らかにした19).加えて,患者とドナーとのマッチングとして,親子や配偶者よりも患者の兄弟姉妹から便提供を受けた方が,長期的な治療効果が高まることも明らかとなった20).これは,幼少期のライフスタイルが類似することで形成される腸内環境の特徴が類似し,その結果としてFMTによる治療効果が高まった可能性も考えられるが,詳細についてはさらなる研究が必要である.このようにUCに対するFMTについてはその有効性は認められるものの,FMTを実施した患者全員に治療効果が認められるわけではなく,患者とドナーのマッチングにおける腸内環境の特徴やその分子基盤については議論の余地が残されている.複雑な高次構造を有する腸内細菌叢のダイナミクスを理解し,腸内デザインによる層別化医療を実現するには,腸内細菌叢の進化的要素などをとり入れた新たな取り組みも必要と考えられる(古澤らの稿参照).
一方,FMTの危険性についても報告されており,米国にて多剤耐性菌検査未実施のドナーからFMTを受けた患者が菌血症により死亡したケースが報告されている21).難治性肝性脳症および移植片対宿主病(GVHD)患者群へのFMT試験を実施したところ,それぞれの試験群で免疫不全状態であった患者のうち1名ずつ,計2名が菌血症となり,うち1名が死亡した.これらの患者の血中から多剤耐性菌の一つである基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)産生大腸菌が検出されており,本試験においてドナー便の多剤耐性菌検査は未実施であった.ESBL大腸菌の健常者保有率は米国で約3%,日本においては約15%であることから,健常者ドナー便における事前の多剤耐性菌検査の必要性が明らかとなった.米国食品医薬品局(FDA)は本事例を受け,少なくともESBL産生大腸菌やバンコマイシン耐性腸球菌,カルバペネム耐性腸内細菌科細菌やメチシリン耐性黄色ブドウ球菌のすべてが陰性でなければ,FMTドナーとして適切でないとしている.こういった背景から,国内においてもFMTに関するガイドラインの作成が必要と考えられる.
5腸内デザインの実現には数理科学や群集生態学の視点が必要
ここまで挙げてきた課題を解決するためには,数理科学や群集生態学の視点から腸内環境を理解する必要がある.腸内細菌叢はさまざまな腸内細菌が,宿主も含めて互いにやりとりをすることで複雑な生態系を構築していることから,腸内環境に変動を与えるパラメータの理解(金の稿参照)や,腸内環境を一つの生態系と捉えることでそのしくみを理解するための群衆生態学的アプローチ(東樹の稿参照),腸内環境が個々人で異なる理由の理解に向けた数理科学的・群集生態学的アプローチ(高安の稿,鈴木・桝屋の稿参照)が必要である.また,腸内環境から時間軸を伴った疾患リスク(何年後にどのような病気に罹患する可能性があるか)を算出するような疾患リスク予測モデルを構築するためには,健康状態のときの腸内環境の連続情報が必要であり,その連続情報から疾患状態に推移する際の鍵となる変化点を検出し,未来予測をするための数理科学的アプローチや(中岡・熊倉の稿参照),腸内細菌叢生態系の進化的側面の理解に向けたアプローチも必要である(古澤らの稿参照).こういった数理科学・群集生態学と腸内細菌叢学を融合した先進的な取り組みが,腸内デザインの礎となる学問領域「腸内細菌叢生態学」として必要である.
6腸内環境の理解に向けたメタボロゲノミクスアプローチ
腸内デザインの実現に向けて,腸内環境を正しく理解するためには,従来行われてきたメタゲノム解析による腸内細菌叢の機能・組成解析に加えて,腸内代謝物質についても同時に分析する必要があるが,腸内細菌叢を含む腸内環境全体の評価方法は十分に確立されているとはいえないのが現状であった.そこでわれわれは,時系列を伴った便中代謝物質のメタボローム解析と便中細菌叢のメタゲノム解析により得られたデータを数理・情報学的に組合わせることで網羅的に統合解析を行う「メタボロゲノミクス」を考案し(図3)22)(実験医学2020年5月号参照),さまざまな条件下のマウスやヒトの腸内環境の解析に取り組んでいる.本手法では,同一個体や同一被験者から表現型連続情報に加えて,複数回にわたって採取された便などの時系列サンプルを取得し,質量分析装置によるメタボローム解析と超並列シークエンサーによる細菌叢解析を行う.得られた代謝物質プロファイルと,腸内細菌叢プロファイルに対して,おのおのの独立した解析と両データの相関解析などを行うことで,対象の腸内環境の特徴を明らかにするとともに,個々の細菌種と代謝物質との相関関係についても網羅的に解析する.例えば,代謝物質プロファイルについては,①主成分分析,②判別分析,③代謝経路解析を実施し,腸内細菌叢プロファイルについては,①UniFrac解析(細菌叢の組成や構造の比較解析),②判別分析,③PICRUSt解析(細菌叢組成にもとづく遺伝子機能予測)を行うことで,各階層における腸内環境の特徴を明らかにする.さらに時系列を伴った腸内細菌叢プロファイルと代謝物質プロファイルの両方を用いて,①プロクラステス解析(細菌叢プロファイルと代謝物質プロファイルの類似度評価),②相関解析,③ネットワーク解析などの統合解析を行うことで,細菌種と代謝物質との関連を推測する.本手法により選出された候補代謝物質や細菌種は,特定の細菌のみを定着させたノトバイオート動物や疾患モデル動物実験系を活用することでその機能の検証を行う.選出した腸内細菌種や代謝物質が疾患発症や増悪に関与することが明らかになった場合には,次に遺伝子改変マウスなどを用いることで,宿主側因子を特定し,腸内細菌叢-宿主間相互作用の詳細を明らかにする手がかりを得ることができる.本技術を適用することでわれわれは,大阪大学医学部の谷内田真一教授(メタジェン顧問医師),東京工業大学生命理工学院の山田拓司准教授(メタジェン取締役副社長CTO)らとの共同研究により,早期大腸がん患者の腸内環境の特徴や23),胃がん患者の胃切除治療後の腸内環境の特徴が大腸がん患者の腸内環境に類似していることを明らかにした24).
7腸内デザインに向けた著者らによる取り組み
個々人の腸内環境を適切にコントロールし,健康維持・疾患予防・治療に向けた腸内デザインを実現するためには,腸内環境を機能別に区分けした「腸内環境パターン」を構築し,それぞれのパターンに適したソリューション(食品,飲料,サプリメント,医薬品など)に関するデータを蓄積する必要がある.そのためにメタジェン社では,さまざまな業種の事業会社約40社と連携し(2020年10月現在),腸内デザイン共創プロジェクトを推進している(https://metagen.co.jp/service/gdp.html).本プロジェクトでは,腸内デザインのコンセプトを共有し,適切なソリューション開発に向けた共同研究開発を推進することで,医療・ヘルスケア業界の変革に挑戦する企業連携に取り組んでいる.共同研究開発では主に,各企業が有する商品について臨床試験を実施し,それらの商品が腸内環境におよぼす影響の詳細を明らかにすることを目的としている.有益な効果が期待される場合には,各商品についてレスポンダー・ノンレスポンダーの腸内環境の特徴を明らかにし,機械学習により判別機を作成することで,例えば「Aという商品は,Aタイプの腸内環境をもつ人の免疫機能を改善できる」というような,健康維持に有益な科学的根拠にもとづく情報を得ることができる.これらの情報を蓄積してデータベース化することで,個々人の腸内環境を検査し,その結果にもとづいてエビデンスベースの腸内環境改善情報をフィードバックすることができる.
このような腸内デザインによる層別化医療・ヘルスケアを社会実装するためには,各自が自分の血液型を知っているのと同じように,まず自身の腸内環境のパターンを知る社会を形成する必要がある.そのための技術開発としてメタジェン社では,便中の細菌叢遺伝子や代謝物質,さらには細菌自体を薬剤なしで常温安定化する技術を世界で初めて開発し(特許出願済み),本技術を駆使した採便キットを活用した次世代腸内環境評価・層別化サービスMGNavi®を医療機関向けおよび企業向けに開始している(https://metagen.co.jp/service/mgnavi.html).このような取り組みから,まずは腸内デザインのコンセプトを社会実装し,腸内細菌叢生態学の推進により得られる腸内デザインに関する情報をいち早く一人ひとりに届けることで,個々人の腸内環境にもとづく層別化医療・ヘルスケアの実現をめざしている.
おわりに
腸内環境に関する研究や,腸内環境を介した健康維持や疾患の予防・治療にかかわる産業は,科学技術の進展と相まって近年急速に発展している.しかしさまざまな研究成果が報告される一方で,解決すべき課題が多数見えてきたこともまた事実である.例えば,さまざまな疾患において患者と健常者とでは腸内環境の特徴が異なることが報告されているが,多くの場合はそれが疾患の原因なのか結果なのかについて明らかになっていない.他にも,食品や飲料,サプリメントや医薬品の効果には個人差があるが,それらが腸内環境の差異にもとづく可能性は大きいものの,臨床試験などできちんと腸内環境まで含めて評価されている事例はまだまだ少ないのが現状である.今後はさまざまな疾患や,あるいは摂取物の機能を促す責任因子となるような腸内細菌あるいは代謝物質をメタボロゲノミクスにより特定し,その特徴にもとづくレスポンダー・ノンレスポンダーの定義を明確にすることで,腸内デザインによる層別化医療・ヘルスケアの実現に向けた第一歩を踏み出す必要がある.同時に,腸内環境の連続情報から数理科学的・群集生態学的アプローチにより,個々人の腸内環境の差異がどのように形成されるのか,さらには個人ごとに異なる腸内環境情報にもとづく変動予測を可能とする数理モデルを構築することができれば,個々人の腸内環境を意のままにデザインし,食品や飲料,サプリメントによる健康維持や,医薬品やFMTあるいは腸内細菌製剤による適切な疾患治療も実現できると考えられる.それらを実現するために必要な学問領域として,本特集「腸内細菌叢生態学」が腸内デザインの礎になることを期待している.
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著者プロフィール
福田真嗣:2006年明治大学大学院農学研究科博士課程を修了後,理化学研究所基礎科学特別研究員などを経て’12年より慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授,’19年より同特任教授.2016年より筑波大学医学医療系客員教授,’17年より神奈川県立産業技術総合研究所グループリーダー,’19年よりマレーシア工科大学客員教授,JST ERATO副研究総括を兼任.’13年文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞.’15年文部科学省科学技術・学術政策研究所「科学技術への顕著な貢献2015」に選定.同年,第1回バイオサイエンスグランプリにて,ビジネスプラン「便から生み出す健康社会」で最優秀賞を受賞し,株式会社メタジェンを設立.代表取締役社長CEOに就任.専門は腸内環境制御学,統合オミクス科学.著書に「もっとよくわかる!腸内細菌叢 健康と疾患を司る“もう一つの臓器”」(羊土社).