概論
EVE-ology:EVE研究のこれまでとこれから
EVE-ology: so far and from now on about EVE studies
川崎純菜,小嶋将平,小林(石原)美栄
Junna Kawasaki 1)/Shohei Kojima 2)/Mie
Kobayashi-Ishihara 3):Faculty of Science and Engineering,
Waseda University 1)/RIKEN IMS 2)/Department of
Molecular Biology, Keio University School of
Medicine 3)(早稲田大学理工学術院 1)/理化学研究所生命医科学研究センター2)/慶應義塾大学医学部3))
内在性ウイルス様配列(EVE)は過去に感染したウイルスの痕跡であり,例えばヒトゲノムの8.8%を構成するなど,生物ゲノムに広く存在する.EVEの存在は1960年代後半から知られているにもかかわらず,その大半は明確な機能のない「ジャンクDNA」だと考えられてきた.しかし近年のオミクス解析技術の進歩も相まって,その機能が明らかとなりつつある.例えば,EVEには発生や免疫といった生理機能を担う「味方」としての側面がある一方で,疾患リスクとなる「敵」としての側面もあることがわかってきた.本特集ではEVEの多面的な性質や魅力を超分野的に紹介することで,ゲノムに残されたフロンティアに読者をいざなう.
はじめに―EVEとは何か?
COVID-19の世界的流行によって,ウイルスには「敵」というイメージが定着してしまった.しかし,ウイルスの中にはわれわれのゲノムの一部として共存してきたものがいる―内在性ウイルス様配列(endogenous viral elements,EVE)である.
EVEとは,過去に感染したウイルスの遺伝子配列が生殖細胞のゲノムに組込まれ,子孫生物へと代々受け継がれてきたものである(概念図1A:内在化).いわば過去に感染したウイルスの痕跡であるEVEは,ヒトや昆虫,植物,微生物といったさまざまな生物で見つかっている1)2).また,EVEの由来となったウイルスは,レトロウイルス3)を筆頭に,ボルナウイルス4),ヘルペスウイルス5),フラビウイルス6)7)など多岐にわたっており,あらゆるウイルスがEVEを形成しうると考えられている.
ヒトゲノム計画が終了して約20年.生物進化の過程でウイルスが何度となく宿主生物ゲノムに内在化した結果,EVEはわれわれのゲノムのかなりの領域を占めることが明らかとなった.驚くことに,ヒトゲノムには数十万コピー以上のEVEが存在すると見積もられており,中には1億年にもわたって共存してきたものもある8).こうしたEVEの中にはウイルスとしての特性を残し,がんや自己免疫疾患といった病気を引き起こすものがある一方で,発生などの生理機能を支えるものも存在する.つまり,EVEは「敵」としての側面だけではなく「味方」としての側面ももち合わせているようだ(概念図1B).しかし多くのEVEの機能は未解明のままである.かつてウイルスであったEVEはわれわれのゲノムでいまだ息を潜める敵なのか,それとも機能遺伝子として活用され,生物の味方となったのか? ―以降はその詳細を経時的に紹介する(概念図1C).
1EVE研究のこれまで
最初に発見されたEVEは,内在性レトロウイルス(endogenous retrovirus,ERV)である3).1960年代に,レトロウイルスがニワトリやマウスで腫瘍形成を引き起こすことが報告され,世界各地で研究が進められていた.その過程で,ウイルスに感染したことのない個体からウイルス抗原が検出されたり,不完全なウイルス遺伝子を導入した培養細胞からウイルス粒子が放出されたりすることが示され,生物ゲノムにはウイルスの遺伝子が存在するのではないかと提唱されるようになったが,当初,この仮説は全く受け入れられなかった.しかし,サザンブロッティング法によって,非感染個体のゲノムからウイルス遺伝子が多数検出されたこと,レトロウイルスがRNAをDNAに変換する逆転写酵素をコードすることが明らかとなり,この考えが広く認められるようになった.
ERV発見のきっかけが腫瘍研究であったため,当初はウイルスの病原性,すなわち「敵」としての側面が研究されていた.その中で,ウイルス感受性がマウス系統ごとに異なることが示され,その責任遺伝子が探索された.驚くべきことに,責任遺伝子であるFv1がERVに由来することが判明し,ERVには生物の生理機能の一端を担う,いわば「味方」としての側面があることが明らかとなった9).しかし,多くのERVの機能は未解明のままであり,機能をもたない「ジャンクDNA」と考えられていた.
2003年のヒトゲノム計画の完遂により,従来「遺伝子」と考えられていたタンパク質コーディング領域はゲノムの2%しかない一方で,ERVが約8%と高い割合を占めることが報告された10)(ヒトゲノム完全解読に伴い,現在ではその割合は8.8%とされている11)).この発見を転機として,ジャンクDNAと称されてきた領域にも見過ごされてきた機能があるのではないかと考えられるようになった.例えば,ERVがコードするタンパク質が胎盤形成や皮膚形成などといった生理機能を支えていることが見出された(金児-石野の稿,松井の稿,北尾の稿,中川の稿).特に,金児-石野らのグループは「エピゲノム制御はERVのような外来DNAを制御するために存在する」という独創的な仮説に基づき,胎盤形成や脳での自然免疫において機能するERVを同定してきた.さらに,ポストゲノム研究の一環であるENCODEプロジェクトにより,ヒトゲノムにおける転写因子結合部位の約12%がERVに由来することが示された(伊東の稿).
大規模ゲノムシークエンス時代への突入によって,多種多様なウイルスの配列が生物ゲノムに存在することが明らかとなり,EVE研究は急速に発展した12).従来,レトロウイルス以外のウイルスのゲノムは増殖過程で生物ゲノムに挿入される必要がないため,内在化は起こらないと考えられていた.しかし,ウイルスの複製機構にかかわらず,さまざまなウイルスが内在化してきたことが示された.こうした多様なEVEの発見により「古代ウイルス学」という新たな研究分野が生まれ,ウイルスと生物との攻防を長期にわたって解析できるようになった(川崎・堀江の稿).
2EVE研究の現在
いま,EVE研究は技術革新に伴う転換期を迎えている.例えば,2008年から始まった1000人ゲノムプロジェクトを筆頭に,個人ゲノム情報が急速に集積されている.こうしたデータの多くはショートリードシークエンサーで取得されており,ウイルスの挿入多型(EVE多型)の検出が課題であった.しかし新たな手法の開発により,EVE多型と疾患リスクの網羅的解析が可能となってきた(小嶋の稿).また,実験系の発達により,EVEの機能検証も加速している.従来はゲノム中に1,000コピー以上存在するEVEを実験的に制御(機能阻害など)することは不可能だったのに対し,多コピー遺伝子制御系が確立されたことで,例えば発生段階におけるEVEの役割が急速に解明されている(坂下・石津の稿).さらに,オミクス解析技術の発展により,EVEがタンパク質やノンコーディングRNAなどさまざまな分子レベルで生命機能に関与していることが示されている.中でも本特集では免疫・老化現象におけるEVEの機能について紹介する(岡村・中西の稿).
おわりに―EVE研究のこれから
EVEは複雑な生命現象を解読する鍵となるかもしれない.EVEはウイルスが生物ゲノムの一部として取り込まれたものであり,その一部は疾患の原因ともなる反面,新たな遺伝子リソースとして生物進化を支えてきた(概念図2).「敵」としての印象が強いウイルスに由来する配列が私たち生物のゲノムに存在するというのは想像し難く,さらにその配列が生命現象の一端を担うという事実にロマンを感じる.
ここまで読んでいただいた読者の中には「EVE視点」で研究結果を見直したくなった方もおられるかもしれない(そう期待したい).そのような方には「EVE研究に役立つデータベース」(中川の稿)や「EVE研究スタートアップ」(川崎・小嶋・小林の稿)でEVE解析に必要な技術を紹介している.特に,近年の技術革新が目覚ましいオミクス解析には,EVEを切り口とした研究の余地が大いにある.
最後に,今後10年間においてEVE研究が大きく貢献できる領域を考えてみたい.個人ゲノムが安価に解読できる全ゲノム解析時代の到来に伴い,EVEに着目した創薬や個別化医療の実現が期待される.さらに,EVEの機能制御実験系や時空間・トランスオミクス解析の発展により,EVEの複層的な機能が解明され,生命原理の理解につながるだろう.また,生物ゲノムの大規模解読計画が複数進行しており,EVEがどのようにして生物進化を支えてきたのかを解明することが可能になるかもしれない.
EVEにはいまだ機能不明なものが多く,ゲノムに残されたフロンティアといえる.今後,EVE-ologyが分野を横断する「横串」となることで,生命原理が解き明かされ,人類のよりよい未来の基礎となること,そして本特集がそのきっかけとなることを願う.
謝辞
本企画は2019年から活動しているEVE study
clubをきっかけに実現することができた.本会を支えてくださった堀江真行教授とNicholas
F. Parrish教授に感謝申し上げます.
文献
- Katzourakis A & Gifford RJ:PLoS Genet, 6:e1001191, doi:10.1371/journal.pgen.1001191(2010)
- Belyi VA, et al:PLoS Pathog, 6:e1001030, doi:10.1371/journal.ppat.1001030(2010)
- Weiss RA:Retrovirology, 3:67, doi:10.1186/1742-4690-3-67(2006)
- Horie M, et al:Nature, 463:84-87, doi:10.1038/nature08695(2010)
- Daibata M, et al:Blood, 94:1545-1549, doi:10.1182/blood.V94.5.1545(1999)
- Crochu S, et al:J Gen Virol, 85:1971-1980, doi:10.1099/vir.0.79850-0(2004)
- Whitfield ZJ, et al:Curr Biol, 27:3511-3519.e7, doi:10.1016/j.cub.2017.09.067(2017)
- Johnson WE:Nat Rev Microbiol, 17:355-370, doi:10.1038/s41579-019-0189-2(2019)
- Best S, et al:Nature, 382:826-829, doi:10.1038/382826a0(1996)
- Lander ES, et al:Nature, 409:860-921, doi:10.1038/35057062(2001)
- Hoyt SJ, et al:Science, 376:eabk3112, doi:10.1126/science.abk3112(2022)
- Aiewsakun P & Katzourakis A:Virology, 479-480:26-37, doi:10.1016/j.virol.2015.02.011(2015)
本記事のDOI:10.18958/7323-00001-0000565-00
著者プロフィール
川崎純菜:山口大学農学部獣医学科(現・共同獣医学部)を卒業後,獣医師としての職務経験を経て,2019年に日本学術振興会特別研究員 DC1として京都大学大学院生命科学研究科に編入学.’22年3月に博士(生命科学)を取得し,同年4月から日本学術振興会特別研究員 PDとして早稲田大学に異動,現在に至る.遺伝子配列データの大規模解析によりウイルス多様性とその原動力に迫ることで,感染症対策への貢献をめざす.
小嶋将平:京都大学大学院生命科学研究科修了.博士(生命科学).理化学研究所基礎科学特別研究員(現職).ウイルス学とヒト集団規模の遺伝統計解析の融合により,ウイルス感染症のヒト遺伝要因を解明することをめざす.
小林(石原)美栄:東京大学大学院新領域創成科学研究科修了.獣医師,博士(生命科学).国立感染症研究所任期付研究官や日本学術振興会海外特別研究員(ポンペウ・ファブラ大学,バルセロナ)などを経て慶應義塾大学医学部助教(現職).ゲノムに組込まれたレトロウイルスの制御機構から生命の複雑性を解き明かしたい.今回の企画実現に際して支えていただいた塩見春彦教授に感謝申し上げます.