分子生物学講義中継:分子生物学講義中継 Part3〜発生・分化や再生のしくみと癌,老化を個体レベルで理解しよう
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分子生物学講義中継

分子生物学講義中継 Part3

発生・分化や再生のしくみと癌,老化を個体レベルで理解しよう

  • 井出利憲/著
  • 2003年12月12日発行
  • B5判
  • 212ページ
  • ISBN 978-4-89706-877-0
  • 4,290(本体3,900円+税)
  • 在庫:あり

「分子生物学は生物学」という視点と軽妙な語り口はますます快調!多細胞生物として成り立つために欠かせない発生・分化の制御のしくみをみっちり講義します.注目のエピジェネティクスや幹細胞も解説!

目次

1日目 発生・分化・形態形成で何が起きるか

I.発生初期ではどのようなことが起きるのか

  • 1.ウニの初期発生
  • 2.カエルの初期発生
  • 3.ニワトリの初期発生
  • 4.ヒトの初期発生

II.発生のしくみ

  • 1.高校の復習
  • 2.発生が遺伝子の言葉で語れるようになった

III.ボディープランを司るもの

  • 1.動物には頭尾、背腹、左右の軸がある
  • 2.ショウジョウバエの発生
  • 3.前後(頭尾)軸をつくるもの
  • 4.背腹軸の形成
  • 5.前後軸と背腹軸は共に細胞・領域の運命を決める
  • 6.左右非対称性
  • 7.オーガナイザーの実体
  • 8.それから後起きること

2日目 エピジェネティクス~分化を担う遺伝子発現制御

I.エピジェネティクスとは

  • 1.ジェネティクスとエピジェネティクス
  • 2.エピジェネティクスの機構

II.クロマチン構造の変化とエピジェネティクス

  • 1.エピジェネティクスとDNAのメチル化
  • 2.ヒストンコード
  • 3.クロマチン構造に影響するものはまだある
  • 4.エピジェネティック発現調節の異常と疾患

III.その他の転写調節とエピジェネティクス

  • 1.DNAのトポロジー変化
  • 2.遺伝子発現調節のタイプ
  • 3.非翻訳RNA

3日目 幹細胞と再生のメカニズム

I.幹細胞と再生

  • 1.ヒト組織の再生
  • 2.生理的再生系組織の再生
  • 3.条件再生系組織の再生
  • 4.非再生系組織の再生
  • 5.幹細胞にかかわる画期的発見や技術的進歩が相次いでいる

II.幹細胞というもの

  • 1.幹細胞の種類
  • 2.骨髄の幹細胞
  • 3.幹細胞の可塑性
  • 4.幹細胞の階層性
  • 5.幹細胞の働きと制御
  • 6.成人にも全能性幹細胞はあるか
  • 7.幹細胞はどう維持されるのか

III.プラナリアの再生

  • 1.プラナリアほど再生できる動物は少ない
  • 2.再生のプロセス
  • 3.プラナリアには幹細胞がたくさんいる
  • 4.それは再生なんだろうか

IV.イモリの再生もたいしたものである

  • 1.再生芽から肢芽ができる
  • 2.レンズも再生する
  • 3.何をどう再生するのか
  • 4.四肢再生の原理

V.体性幹細胞を用いた再生医療

  • 1.多能性幹細胞のヒトへの応用は始まっている
  • 2.再生医療に応用される幹細胞
  • 3.各組織の再生医療
  • 4.胎児期の元気な幹細胞を凍結保存する
  • 5.多能性幹細胞は間違い?

VI.胚性幹細胞を用いた再生医療

  • 1.再生医学分野で胚性幹細胞をどう使うのか
  • 2.ES細胞の培養

4日目 癌の原因を探る

I.癌とは何か

  • 1.言葉の整理
  • 2.癌は死因のトップ
  • 3.癌細胞の4つの特徴

II.癌の原因

  • 1.癌の原因は癌遺伝子ができるため
  • 2.化学的原因
  • 3.物理的原因
  • 4.生物学的原因

5日目 遺伝子からみた癌

I.癌遺伝子というもの

  • 1.癌遺伝子はどんな働きをする遺伝子なのか
  • 2.RNA型癌ウイルスの癌遺伝子は癌の自律的増殖の原因である
  • 3.ヒトの癌組織の癌遺伝子
  • 4.RNA型癌ウイルスの癌遺伝子は細胞由来

II.癌抑制遺伝子というもの

  • 1.Rb遺伝子
  • 2.p53遺伝子
  • 3.ほかにもたくさんの癌抑制遺伝子が見つかっている
  • 4.DNA型癌ウイルスの癌遺伝子の働き
  • 5.多くの癌では、癌遺伝子と癌抑制遺伝子の両方に変異が起きている

III.アポトーシスと癌

  • 1.アポトーシスとは
  • 2.bcl-2の働き
  • 3.アポトーシスを抑制するほかの癌遺伝子
  • 4.p53によるアポトーシス誘導

IV.p53 変異の重要性

  • 1.G1チェックポイントが働らかなくなる
  • 2.アポトーシスが起きにくくなる
  • 3.ミューテーターである
  • 4.癌が個性的であることへの答えでもある

V.エピジェネティックな変化

  • 1.エピジェネティックな発現調節
  • 2.癌ではメチル化異常が広く見られる
  • 3.突然変異の原因としてのメチル化C

VI.細胞の不死化にかかわる遺伝子

  • 1.不死化しなければ癌組織になれない
  • 2.ヒト正常体細胞は有限分裂寿命
  • 3.テロメアというもの
  • 4.細胞の不死化
  • 5.テロメラーゼの役割はテロメア延長だけなのか

6日目 癌細胞から癌組織への道のり

I.癌化の過程を調べる

  • 1.培養細胞による発癌実験
  • 2.培養細胞のトランスフォーメーションで見られる変化
  • 3.動物(in vivo)でないとわからないこと

II.社会性の喪失にかかわる遺伝子

  • 1.細胞の社会性
  • 2.癌細胞の社会性喪失
  • 3.細胞骨格アクチン線維の消失
  • 4.足場非依存性、造腫瘍性との関係

III.転移にかかわる遺伝子

  • 1.浸潤と転移
  • 2.プロテアーゼ
  • 3.異種細胞との接着の変化
  • 4.転移能にかかわる遺伝子と癌征圧

IV.免疫

  • 1.免疫力の低下と癌の発生
  • 2.どうやって免疫機構が癌をやっつけるか
  • 3.できてしまった癌に効くか
  • 4.免疫療法に期待する

V.血管の進入

  • 1.血管新生とは
  • 2.血管新生の刺激
  • 3.血管内皮細胞は遊走する
  • 4.癌組織の中で血管の網目をつくる
  • 5.血管新生の抑制

VI.癌治療と基礎研究とのつながり

  • 1.遺伝的な癌
  • 2.癌を治す
  • 3.癌を予防する

7日目 老化とは?~衰える機能と増殖能

I.老化とは何か

  • 1.老化して死ぬのは当たり前か
  • 2.言葉の整理
  • 3.日本人の平均寿命は世界一
  • 4.老化のしくみ

II.老化と生活習慣病

  • 1.横断的老化研究
  • 2.縦断的老化研究
  • 3.生活習慣病
  • 4.生活習慣病の各論

III.生物界における老化と寿命

  • 1.ここから何を学ぶか
  • 2.遺伝子レベルの共通性

8日目 老化のメカニズム

I.傷はいつでもでき、修復は常に不完全である

  • 1.ヒトの老化のしくみ
  • 2.エラーの蓄積
  • 3.生体高分子に損傷を与えるもの
  • 4.老化を防止し寿命を延ばす
  • 5.相関するパラメータは酸素消費量だけではない

II.老化プロセスへの遺伝子の関与

  • 1.最大寿命という遺伝的プログラム
  • 2.実験的長寿系
  • 3.遺伝的早老症
  • 4.実験的早老症モデルマウス
  • 5.老化遺伝子はあるのか

III.ヒトの老化を司る老化時計はある

  • 1.テロメア短縮と老化
  • 2.細胞老化はヒト老化の原因か
  • 3.細胞の機能的な老化
  • 4.細胞の若返り
  • 5.不死化細胞の利用

講義の終わりに

書評・感想

この教科書を読む皆さんへ

教科書はもちろん知識を得るための手段です.でも得る知識は,たとえ同じ教科書であっても人により,また読み方によりさまざまです.分子生物学の知識は,この本を丹念に読めば得られます.でもそれ以外の知識もこの本から得られますので,これについて少し紹介しましょう.道草話として聞いてください.

すべての人の行為は,縦糸と横糸といえる関係で綴られていると言えます.個々の行為を横糸とすれば,その数々をつないだ人生の縦糸はそれぞれの人の想いであり,意思でありましょう.勉強や研究でも同様です.横糸の知識の量と質は大切ですが,これを綴る想いの縦糸は負けず劣らず大切です.井出先生の教科書は,ともすれば横糸ばかりになりがちの分子生物学の知識を強力な縦糸で綴って見せてくれると言えるでしょう.そしてこの縦糸が面白いのです.それは井出先生のまるごとの生き物に対する強い興味と深い洞察なのです.だからこの本では「なぜ」がやたらと多い.東京のご出身と聞きますが,ご幼少のみぎりの井出先生はあのメガロポリスにあっても蝉やトンボを追っかけていたに違いない.縦糸になる生き物まるごとへの思いが強いからこそ,膨大で多様な知識を網羅してこの教科書を一人でまとめられました.昨今の分子生物学の教科書のすべてが複数の著者で書かれていることからすると,ほんと,信じられないですよね.

井出先生の生き物まるごとに対する興味の背後には,人間に対する興味が見え隠れします.だから随所にヨタ話があります.それにしてもよくも掲載したものだと思わせるきわどいのもありますよね.でもこれらのすべてに井出先生の人間に対する興味と洞察が見えるので,まあ少々の品の悪さは仕方ないですよね.というわけで,井出先生の縦糸は人間まるごとの縦糸でもあります.

今日の分子生物学につながる生物学にはもちろん長い歴史があります.言わずもがなですが,生物学は19世紀にずいぶんと新しい展開があり,20世紀後半になって加速度的に発展しました.この急速な展開には,要素還元主義的手法が大いに力があり,これは今も同じです.でもこの手法の限界も議論されています.例を挙げましょう.演算機能では人間の何億倍・何兆倍の機能を持ち要素還元主義の権化とも言える専用のスーパーコンピューターでもチェスの天才カスパロフに完勝することができません.コンピューターはそれを生み出したわれわれの思考という限界を持っているからです.でも生身の人間は時としてこの限界を突破します.ましてやまるごとの生き物は突破だらけです.19世紀から20世紀前半の生物学は,学問が成熟していなかったこともあって,まるごとの生物学でした.しかもこれはほかの学問領域とも密接に関係を持っておりました.さらに自然科学も超えて,文学や芸術そして宗教とも関係した展開をしておりました.生命科学は技術以上のもののみでなく,情動と知性の間を揺れ動く存在としての人間を考える上で重要な手がかりを与えてくれます.そして今は人間の限界と可能性を深く考えることがこれまで以上に大切な時代になっております.というわけで,井出先生の教科書に見え隠れする人間への洞察,そして「ものの見方」についても十分心して読んでほしい.

最後に細かいことですが,この教科書で面白く語られているいろいろなお話のいささかチャランポランさの背後には,繊細な心使いがこめられてある点も知って下さい.教科書は本来知識を得るためなので,知識を体系化することにより効率よい伝達を図ります.教科書ではありませんが,大学院生など研究の現場に近い人々を対象にする総説雑誌では,解明されている点を強調して書かれてあることが多いようです.体系化や解明された点の強調は,利点もありますが,その一方で読む方はすべてわかってしまっているような気になりかねず,これは困った落とし穴となります.井出先生はこの危険性を十分に心得ておられ,整理された知識に加えて現段階でまだわかっていない点についても繰り返し言及しておられます.この本にたくさんある「なぜ」は井出先生の「なぜ」でありますが,同時に皆さんの「なぜ」でもあります.

書評執筆:丹羽太貫(京都大学放射線生物研究センター教授)

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