大型研究に出口志向……昨今の日本の研究費を考えるうえで外せないキーワードです.「基礎研究ってそういうものじゃないのになぁ」とお思いの方も多いのではないでしょうか.一方で少し視野を広げると,基礎研究の魅力や意義を独自に追求した研究費もみられます.その一例として,今回はHFSP(Human Frontier Science Program)という国際グラントに注目し,その審査員を務める金城先生と,その応募に興味をもつ三輪先生のお二人に,広く話題を提供いただきます.HFSPへの申請の実際はもちろん,世界を視野に入れた研究の発想法やキャリア戦略について,2号(前・後編)にわたり掲載してまいります.本記事が皆様のご研究の刺激となりましたら幸いです. (編集部)
本コンテンツは,実験医学同名コーナーからの転載となります(2015年2月号).
三輪(以降,M)去る9月,HFSP(Human Frontier Science Program)機構のグラント担当部長のGeoffrey Richards(親しみを込めてGeoffと呼ばれる)氏が来日されて,生物物理学会年会,筑波大学の主催するTsukuba Global Science Weekの他,いくつかの大学や産総研でもHFSPについて講演されました.
金城(以降,M)意外と知られていないHFSPというグラント自体に魅力を感じたのはもちろん,そのサイエンスに対する考え方には,学ぶところが多いように思います.
M今回,日本からHFSPの審査員を務めておられる金城先生にいろいろ教えていただきながら,HFSPと“グローバルな研究”について考えてみたいと思います.よろしくお願いします.
Kこちらこそ.最初に審査員になった年は驚くことも多かったですけど,今では少しわかってきました(笑).しかも,HFSPは情報がとてもオープンなので,採択を狙っている皆さんが知りたいことにも,かなり踏み込んで答えられると思いますよ.
あらためて,皆さんはHFSP(Human Frontier Science Program)をご存知だろうか(図1).これは今から約25年前の1987年,ヴェネチアサミットにて当時首相だった中曽根氏が提唱してはじまった国際研究プロジェクトである.当時の日本は(今も?)海外で得た知識をもち帰り,それを改良して自分たちの研究や産業の発展に突き進んでいた時期だった.その時の先進各国から,「日本は基礎研究には資金を出さずにその成果を利用しているだけ」との指摘を受け,国際的に共同で基礎研究を推進し,その成果を広く人類に寄与する研究を支えることを目的に設立されたのがHFSPである.現在15カ国(EUを含む)※1が資金を拠出しているが,日本からは全体の金額の約40%を占める.
Mええええっっっっ! ということは,HFSPは日本主導で世界のサイエンスに貢献するためにつくられた,ということですか?
Kそうなりますね.
Mしかも日本からの拠出金がまさに屋台骨を支えている感じで,すごい貢献ですね.最近でこそグローバル化が叫ばれていますが,何のために何を目指して「グローバル」と言っているのかよくわからないようなものも多い気がします.ところが25年も前に「グローバルなサイエンスでリーダーの役割を果たす」ことを目指してつくられたとしたら,これはそうとうな先見性ですね.
K確かに,そうとも言えますね.
Mこの中曽根元首相というのは,康弘氏ですよね.国内では大胆な発言で物議をかもしたりもしていましたが(笑).こんな国際的な英断もされていたとは.
K今の若い人は,外務大臣や文部大臣兼科学技術庁長官もされたご子息の弘文氏しか知らないかもしれませんね.
Mそもそも,文部科学省が昔は2つの別々の組織だったことさえ知らないかも(笑)
Kもちろん,この25年の間に日本のサイエンスはずいぶん進んだと思うし,ノーベル賞を受賞した人もいますけど,われわれ研究者は,もっともっと基礎サイエンスの中身でもグローバルなリーダーになれるよう,努力が必要かもしれませんね.
ここで読者のために特記すべきは,HFSPはその研究分野を「生体のもつ複雑な機能解明のための基礎研究分野」と定めたことだ.しかもどのような基礎研究かというと,HFSPは3つの“I”,Innovative, Interdisciplinary and International(preferably Intercontinental)を重視すると示されている.
まず,基礎研究に重点を置いているために,臨床応用をめざした治療や診断方法のみの開発研究は採択されない.また,一定の成果の上に立った大規模なゲノム解析や種々の◯◯オームとよばれるものも除外される.しかし一方では,生体のもつ複雑な機能解明のための化石研究や,宇宙の成り立ちの研究が必要ならば,それはこのグラントの目的に合致するとみなされる可能性も十分あるのだ.
M基礎の研究者が聞いたら,涙を流して喜びそうな方針ですね.単に知識を蓄積することではなく,先に進むための知恵を純粋に追求してください,ということですよね.
Kそうそう,そういうことですね. 化石もアリ,宇宙もアリ,というところに「本当になんでもやっていいんだ〜」という驚きと「やったらどんな成果が飛び出すだろう」というワクワク感と,それらと同時に「ホンマにできるんかいな〜」という畏怖も感じてしまいます.
Kだって,それこそがサイエンスでしょう(笑).
Mあ! まさに,おっしゃる通りです.ここまで自由に頭を広げて考えるのは,久しぶりかもしれません.結局,物理だ,化学だ,生物だ,と分けているのは人間の単なる都合であって「サイエンスは1つだ」ということを実感させてくれますね.
Kその考えは,基礎研究には特に必要でしょう.その意味でも,特に重要なのが3つのなかでも“Innovative”です.
ではHFSPが言うInnovative(革新性)とはどのようなものだろうか? これは次のInterdisciplinary(学際性)と関連すると理解しやすくなる.すべての基礎研究は,それが誰も他に行わないならば無駄なものは1つも無く,すべて新規なもので重要なものと思われる.しかしその研究を行うにあたって,これまでにない手法を構築できなければ解決しないテーマが存在するはずだ.それは個人の研究分野だけでは不可能であるために,その手法の共同開発と解析手法をも研究対象とする必要がある分野である.HFSPのプロジェクトのリーダーにはそのような革新的な研究を行うにあたって,これまでにない手法を構築し,分野を越えた共同開発研究をグローバルに推進することが求められるのだ.
Mさっき「サイエンスは1つ」と言いましたが,それに立ち向かう人類というか,サイエンティストも1つになれなくてどうする! と言われているように感じます.本気で分野の縦割りを越えてみなさい,と言っている訳ですね.
K日本の多くの若手研究者は,既存の研究手法や装置を駆使して研究を進めることが重要と考えがちのようですが,私はHFSPに限らず,真に新しい研究を行うには,その分野には無かった手法を持ち込む必要があると考えます.そのためには,学会の展示会で「この装置が私の研究にどのように役に立つかを教えて」と問うより,自分の研究に必要な装置のスペックを考え,それに合う装置や手法を探して,無いなら,自分でつくることが研究をするには必要なのです.
M必要は発明の母,ですね.誰かがよさそうなツールや装置や手法をつくってくれるのを待って,それをいち早く導入しよう,という考え方は,基礎研究者としてはあまりにも寂しいですね.
K自分で創意工夫すればするほど,研究は楽しくなりますしね.
Mところで,実際にはどんな人がどんな形でHFSPに申請できるんでしたっけ?
HFSPの研究助成の基本は<若手研究者グラント>と<プログラムグラント>である※2.2つは独立して5年以内か,それ以外で区別されており,2つのグラントの申請額は同じだ.なんと太っ腹な助成だろうか.
若手研究者のなかには「今は修行の身なので,そんな大それたことは言っていられない」という方々もいると思う.そのためにもいくつかのプログラムが用意され,現在はフェローシップ事業として<長期フェローシップ>と<学際的フェローシップ>が用意されている※3.また,それらフェローシップの終了後に出身国や他のHFSPメンバー国において独立する若手研究者のラボ立ち上げを支援するプログラムとして<キャリア・デベロップメント・アウォード(CDA)>が準備されている(図2).
HFSPのグラント受賞者のなかには,これまで25名のノーベル賞受賞者が含まれている※4.2013年の受賞者では,なんとJames E. Rothman(1990/1994/2005),Randy W. Schekman(1991/1995),Thomas C. Südhof(1995),Martin Karplus(2005),Michael Levitt(2008)の5名が,2014年の受賞者ではJohn O'Keefe(1994),Stefan W. Hell(2010)の2名が,HFSPの関係者となっている(括弧の中の数字はHFSPのグラント受賞年度).
Mおぉ! われわれイメージング分野の人には,まさにおなじみのStefan W. Hell氏もHFSPのグラントをもらっていたんですか.
Kここ2年は本当にすごいですね.2013年は驚きの年とGeoff氏も言っていましたが,2014年も含めるとなんと言えばいいのでしょう(笑).
Mあれ? でもそんなに若くない人も,最近は結構HFSPをもらっていませんか? 立派に中堅な人はもちろん,大先生でもらっている人すらいるじゃないですか.ということは,独立5年以内orそれ以外の「それ以外」って,本当にそれ以外が全部含まれていて,ものすご〜く守備範囲が広い,とか.
Kもちろんそうですよ.「以外」といったらそうじゃないひと全部,という意味でしょう(笑).もちろん,そうは言っても若手にどんどん申請して欲しい,というのはありますけどね.
Mじゃあ,プログラムグラントは,本当によい研究をするなら,誰にでも可能性はある,ということですよね? 若手に大金が出るけど,若手だけという訳でもないのか.ただ,日本からの採択数は,国が出してるお金に比べると必ずしも多くはないような……ということは,申請する人がまだまだ少ない?
K多くはないですね.むしろ知らない人もいるんじゃないでしょうか.海外だと「HFSPの最終選考に残った」と履歴書に書けるほど権威あるグラントなのですが…….
Mなんてもったいない!
HFSPでは,研究をよりよくするためには多くの人と活発なディスカッションをすることが大切だ,というポリシーが大切にされている.そのためのInterdisciplinary(学際性)でありInternational(国際性)であると筆者(金城)は考えている.しかし一方ではsmall is beautifulという考え方も大切にされていて,申請書に「△△(申請者)はこの分野での権威であり,重要な地位にある」という書き方をして,形だけの国際チームをつくっても重要視されることはない.さて,ではInterdisciplinaryであるということはどういうことだろう? なかなか難しいが……2つ以上の分野にまたがって研究を進めるということは,野心的でなければならないということであり,それが“Frontier”だとすると,しばしば万人に理解され難いこともあるかもしれない.それを示す事例がある.HFSPではまず2人の審査員による書類審査が行われるが,その段階での印象がよくA評価をつけられたものでも,後の審査員の会議の時のディスカッションで,NGとなることがある.皆のディスカッションを通して「HFSPが支えるのは着実な研究の進歩ではなく,現状のブレークスルーを目指す野心的な研究であり,このアプリケーションはFrontierでなくNational Project向けだ」と審査員が反省することもあるからだ.
M金城先生は,HFSPの審査員(一次審査のSelection Committeeと二次審査のProgram Review Committee)をしておられるんですよね.そのことを私に話してしまっていいんですか?
Kいや,実はHFSPでは,そもそも審査員は公開されているんです(図3)※5.
Mええっ!? 日本の科研費だと「自分が審査員だと人には言うな!」と念押しされてしまいますよ?
K自分の研究をよりよく申請書に書くための「Art of Grantsmanship」という考え方があり,どのような審査員がいるかということは明記されています.まあ,1人の審査員の分野を参考にしたぐらいで採択になるほど,甘くないですからね.それに二次審査には3人以上のmail reviewerがついてそれぞれの意見を述べるしくみになっています.しかし,単純にmail reviewerの多数決ではないところがHFSPの面白いところですが,これは次回にでも.
Mなんだか同じ研究費でも,審査のあり方そのものですでに,サイエンスに向き合う気概や信念を強く感じさせますね.では,次回は目指せ! 狙え! HFSPですね.国際的なグラントにチャレンジする,というキャリア戦略についても,考えていければと思います.
資料提供:国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム機構(HFSPO).詳しい情報を知りたい場合は,HFSPOのホームページおよび日本国内向けHFSP関連情報紹介ホームページがあります.