Douglas A. Melton(Co-director of Harvard Stem Cell Institute)
(実験医学2009年4月号 特別インタビューより)
本インタビューは,世界の幹細胞研究をリードするDouglas A. Melton博士をお招きし,松本歯科大学の蝦名 恵氏のご尽力のもと行われた.Melton博士ご自身の研究のきっかけから,革新的な最新の研究成果,そしてHSCIの取り組みを闊達にご紹介いただいている.常にオープンマインドで,アイデアの創出を重んじるMelton博士の言葉は感慨深い.変革期を迎える米国の幹細胞研究の空気を,本記事で感じ取っていただけたら幸いである.(編集部)
蝦名 本日は,貴重な機会をありがとうございます.日本では,難病に対する新しい医療としての再生医療への期待が過小評価されてきました.その理由はヒトES細胞(胚性幹細胞)を使用することに対しての倫理的な問題からです.
Melton なるほど.確かにそれは倫理議論であって,科学的議論ではありませんね.
蝦名 ええ.ところがiPS細胞(人工多能性幹細胞)の出現がその状況を変えました.すなわち,iPS細胞はES細胞の代替になりえるという考え方です.
Melton まず先に,iPS細胞かES細胞か,どちらの細胞源が良いかという議論は,科学的にまったく意味がないということを言わなければなりません.ある種の細胞を誘導するにはiPS細胞が良いかもしれず,また別種の細胞を誘導するためにはES細胞が良いかもしれない.実際のところ私のグループでは,iPS細胞もES細胞も成人幹細胞も研究しています.今どれかひとつの細胞源に絞るのは,早すぎるし危険すぎるのです.
蝦名 現在日本では,iPS細胞の発明者である山中伸弥氏を中心として,iPS細胞研究への速やかな支援体制が組まれています.
Melton 山中氏の発見が幹細胞研究で非常に重要な意味を持っているのは明らかです.その結果は,世界中に大きな影響をもたらしました.彼には手厚い支援を受ける価値がある.私の知るところでは,山中氏の研究室でもiPS細胞以外にも何種もの幹細胞を使っているようですね.
ここで強調しますが,成熟細胞からiPS細胞などの幹細胞への道のりは,分化方向を逆に辿る困難な旅と言えます.また,それらを応用するためには,一度分化を遡った幹細胞から目的とする細胞へと再分化させなければなりません.幹細胞の源を探すだけでなく,やるべきことは沢山あるのです.ですから,ひとつのアイデアをもった一人の研究者に全てを頼るのではなく,幅広いアイデアをもつ多くの研究者,特に若い人材を育てて行く研究体制が必要になってくるのです.
例えれば,iPS細胞は試薬と言えるかもしれません.それ自体が決して解決ではないのです.またコンピュータで言えば,ICチップのようなものです.ICチップの開発をたったひとつの会社に頼るのは良い考えですか? そうではないですよね.つまり,新しい発見を広げるためには,考えられるあらゆる取り組みに挑戦できるような,多彩な人材を活かす仕組みが大切なのです.
例えれば,iPS細胞は試薬と言えるかもしれません.それ自体が決して解決ではないのです.またコンピュータで言えば,ICチップのようなものです.ICチップの開発をたったひとつの会社に頼るのは良い考えですか? そうではないですよね.つまり,新しい発見を広げるためには,考えられるあらゆる取り組みに挑戦できるような,多彩な人材を活かす仕組みが大切なのです.
蝦名 日本の研究支援基金は実質的にほぼすべてが公的なものと言われていますが,アメリカではどのような状況なのでしょうか?
Melton はじめに,今の幹細胞研究や再生医療研究の進歩が,ヒトも含めたES細胞を使った研究結果に決定的に依存していることを指摘しなければなりません.だからこそ,私自身もひとつの支援ではなく多彩な支援が必要だったのです※1.企業が出資する基金は大方が短期的なもので,実際の長期的な研究には役に立ちません.長期の支援,例えば患者さんの家族からの慈善基金,私的な基金や個人寄付などの多彩な支援が重要になってくるのです.このような基金は結果を公開できます.これは非常に重要なことなのです.アメリカにも多くの問題はありますが,それでも良い点は多彩な支援が得られるということだと思います.
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