本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
みなさんはiGEM(The International Genetically Engineered Machine Competition,http://ung.igem.org/)という学生のための国際コンペティションをご存知だろうか? この大会は,いわば細胞エンジニアリングの世界大会であり,Synthetic Biologyに関連する教育プログラムとして,アメリカMIT(マサチューセッツ工科大学)ではじまった.主として大学学部生から構成されるチームは,大会本部から送られてくる数千もの「遺伝子パーツ」をもとに,人工遺伝子回路を設計し,目的の機能を発現する細胞の構築を目指す.そして,最終的にその成果をMITの大会場で発表する.大会の規模は毎年拡大しており,世界中の学生をまきこんだ国際大会に発展している.筆者は,2008年度から,京都大学チームのアドバイザーとして大会に参加し,昨年度は審査員としても各チームの学生と交流する機会に恵まれた.今回は,このような国際コンペティションに参加して,培える(であろう)創造性と教育効果について考えてみたい.
このコンペティションへの参加を決めた学生は,春先から大会本番の11月までの短い期間に何をしなければならないか? 若手PIの仕事と対比してみると,(1)チームメンバーの招集(ラボ作り),(2)テーマ決定(研究方針の決定),(3)各メンバーの役割分担の決定(マネジメント),(4)実験の実践と成果の発信(論文発表)(5)MITでの口頭発表(世界参戦),といった内容である.つまり,若手研究者が取り組むべき事柄と重複する部分が非常に多い.特に,テーマ決定の際には,さまざまな学部から集まったメンバーが意見をぶつけあい,真に独創的で「おもしろい」テーマを見出す努力を「学生主体」で行う.日本の大学では,研究室のこれまでのテーマから逸脱した研究を一からはじめるのは通常難しい.しかしながら,iGEMでは研究や材料に対する縛りはなく,グラントの存続期間で研究をまとめなければ… という着地点を気にすることもない.つまり純粋に独創的なテーマを議論のなかで選択するという,貴重なトレーニングを積むことができる.最終的なゴールにたどり着くのは多くの場合困難であるが,時に光る原石のようなテーマを発案する学生がいるのも事実だ.また,プレゼンテーションにも創造性が要求される.実際に去年の優勝チームのプレゼンを聞いた際は,そのスケールの大きさと緻密な構成に感嘆した.学会でもそう遭遇するレベルではない.実際の現場で,同世代の学生と,生でプレゼンテーションを共有できる「熱さ」は,通常の授業では経験できない大きな教育効果を伴う.
さまざまな次世代技術が開発されつつある現在,これまでは「不可能」と思われていた研究が,実現できる時代に移行しつつある.今まで以上に「アイディア」が試される時代であり,それを鍛えるうえで,iGEMは重要な教育プログラムだ.日本でも,理化学研究所が,将来の「ゲノム設計士」を育成する国際科学技術コンテストをはじめた(http://www.riken.go.jp/r-world/info/info/2010/100524/index.html).従来の教育研究とは異なる視点で立案された国際コンペティションへの参加が,得てして受け身になりがちな学生生活に,刺激と熱さを提供すると思われる.
これからの大学には,このような国際コンペティションの高い教育効果を認識し,組織としてのバックアップ体制の充実を図るよう促したい.また,創造的な研究は,全く異なる分野で確立された既存知識・技術の融合ではじまる場合が多い.それを踏まえ,真の意味での分野横断的な教育が今後必須となることも疑う余地はない.外国の小さな町を旅した際に自分の存在をふと感じたときのように,日常的に教員も学生も異分野に混ざることが,創造性の高い教育環境を生み出すために必要だろう.
齊藤博英(京都大学白眉センター)
※実験医学2010年12月号より転載