本コーナーでは,実験医学連載「Opinion」からの掲載文をご紹介します.研究者をとりまく環境や社会的な責任が変容しつつある現在,若手研究者が直面するキャリア形成の問題や情報発信のあり方について,現在の研究現場に関わる人々からの生の声をお届けします.(編集部)
大学教員などの指導者が指導する対象と適切な距離を保つことは,研究室を円滑に運営するための大切な要素である.筆者の一人も,近い将来に大学教員になる身として,学生への接し方について大いに不安に思っている.今回,弊会主催の第57回生命科学夏の学校(2017年9月)にて,生命科学系の研究室に在籍する学部4年から博士3年までの学生70名に,指導環境に関するアンケート調査を実施した.その結果,学生が感じる指導者との距離について興味深い結果が得られた.
まず,現在の研究室における指導環境が「学生の自主性を重んじるスタイル(放任的)」か「教員が手とり足とり細やかな指導を行うスタイル(教育的)」か,質問した.その結果,58%の学生が「放任的」「やや放任的」と答えた.「教育的」「やや教育的」と答えた学生は全体の18%で,残りの24%が「中間的」と答えた.現状,半数以上の学生が,置かれている指導環境に対して放任的と感じているようだ.
アンケート結果を追究すると,「放任的」「やや放任的」な指導環境(放任的環境)にいる学生の58%が,理想の環境として「より教育的」であることが望ましいと答え,「さらに放任的」にするべきだと答えた学生は皆無であった.他方,「教育的」「やや教育的」な指導環境(教育的環境)にいる学生のうち,「より放任的」な環境を望んだ学生は38%で,「さらに教育的」であるべきだと考える学生は15%であった.加えて,現状が「中間的」と答えた学生のうち,47%が「より教育的」な環境が望ましいと答えたのに対し,「より放任的」な環境を望んだ学生は6%に過ぎなかった.一部の教育的環境にいる学生を除き,多くの学生が教育的な指導を求めているとわかる.
ならば,実際に教育的環境にいる学生は現状の研究生活に満足しているのか,その満足度について分析した.結果,「満足」「おおむね満足」と答えた学生が,教育的環境の場合は64%,放任的環境の場合は53%であり,若干の差で教育的環境が上回った.他方,「不満足」「やや不満足」と答えた学生が放任的環境で目立ち,それぞれ11%,計22%に上った.主として,研究上の壁に当たったときでさえも放任され,1人で解決しなければならない状況に不満を覚えているようだ.対する教育的環境では,「不満足」と答えた学生はいなかった.「やや不満足」と答えた学生が9%だけで,その理由は指導環境とは関係なかった.つまり,細やかな指導が学生の不満を抑える役割を果たしていると考えられる.さらに,指導者の指導力に「満足」「おおむね満足」している学生が,放任的環境では34%だったのに対し,教育的環境では63%に上り,指導に対する感謝の声が多数みられた.以上から,教育的な環境では,研究生活とそのなかで受ける指導に高い満足度を示す傾向が伺える.
本稿では,学生への指導は放任的であるべきか,教育的であるべきかについて,学生の目線から議論した.取得したアンケートの標本が限定的であるため,参考に過ぎないが,教育的な指導が優勢に見える.しかし,度が過ぎた教育的な指導は,学生の自主性を損ね,明確な意図をもった放任的な指導は,学生の自立や成長につながる可能性も否定できない.これらの点を意識したうえで,もし,自身のイメージと本アンケート結果が異なっている指導者がいたら,どのように接してほしいのか,学生の要望をとり入れた指導を実践してもいいかもしれない.そして学生には,指導者から綿密な指導を望むのであれば,ただ待つのではなく,能動的に質問や議論をもちかけることが自身の成長と研究の進展に重要であるとわれわれは強調したい.この記事が指導者と学生のよりよい関係の構築と研究室の運営に役立てば幸いである.
小野田淳人,橋本崇志(生化学若い研究者の会 キュベット委員会)
※実験医学2018年4月号より転載