「実験医学」2015年1月号掲載の特別記事では,東京慈恵会医科大学熱帯医学講座の嘉糠洋陸先生に,感染症の科学的背景と現状についてご執筆いただきました.本記事への読者からの好評を受け,この度,Webでも公開させていただきます.感染症の理解と現状把握のため,ご活用いただけましたら幸いです.
〔特別に記載のない限り,誌面に掲載の情報(2014年11月執筆)をそのまま掲載しております〕(編集部)
致死率70%を越えるウイルス感染症であるエボラ出血熱が,西アフリカで勃発《アウトブレイク》し猛威を振るっている.この感染症はどこから現れ,そして今後どのような経緯を辿るのだろうか.恐ろしい病原体も多様な生命現象の一部であり,感染という事象は生物間相互作用に置き換えられる.昨今本邦で流行した重症熱性血小板減少症候群およびデング熱とともに,「病原体の淀みなき流れ」を概説する.
“Act, before disease becomes persistent through long delays.” Publius Ovidius Naso
行動を起こせ.長き遅滞によって病が根づいてしまう前に.(オヴィディウス:紀元前43年〜17年)
2014年の3月23日,世界保健機関 (WHO) から西アフリカ・ギニアにおけるエボラ出血熱 (ebola virus disease:EVD) の流行が報告されました.このマイナス1本鎖RNAウイルスは,フィロウイルス科に属し,同属のマールブルグウイルスと同様に感染者 (ヒト宿主) の致死性が高いことがその特徴です.今回の突発的流行 (アウトブレイク) では,日ごとにウイルスの猛威が増し,現在までにギニア,リベリア,シエラレオネを中心に14,413名の感染者が発生,そのうちすでに5,117名が死亡しています (2014年11月14日時点)1).
エボラ出血熱は,今から約40年前の1976年にスーダンとコンゴではじめて同定された感染症です.コンゴでのEVD発生地だったヤンブク周辺の 「エボラ川」 にちなんで命名されています.オオコウモリ科( Pteropodidae) のコウモリがこのウイルスの自然宿主であるとされていますが,感染経路を含め実態は不明です (図1)2).その最初の発生から前回の2012年までに,計24回の流行と1,590人の死者が認められていますが,この度の西アフリカでの惨禍は,過去の合算を一瞬にして抜き去りました.
EVDの問題点は,その致死率※1の高さにあります.今般の流行での致死率は70.8%とされており3),季節性インフルエンザの0.1%未満と比較すると圧倒的です.主な症状として,38℃以上の発熱,倦怠感,食欲不振,嘔吐,下痢,頭痛,腹痛で,吐血や下血などの出血もみられます※2.感染様式は接触感染で,血液,吐物,排泄物,精液※3などの患者体液に触れ,それらに含まれるウイルスが傷口や粘膜に侵入すると,新たな感染が成立します (図1)※4.患者や遺体の体液を舐める,イエバエなどの媒介者の可能性も指摘されています.これまでに確立した治療法はなく,対症療法が主でしたが,RNAポリメラーゼ阻害剤であるファビピラビルなどの一部の未承認薬が有効であった症例が徐々に集まり,期待がもたれています.
しかし,公衆衛生の機能不全,国際社会の無関心,頻繁な人間の移動,地域ごとの慣習や風習,人口密集地域の存在,関係当局に対する不信感など,さまざまな要素が複雑に絡み合った結果,EVD患者数は指数関数的に増大しています4).また,飛行機によって感染者が移動し,スペインや米国で発症した事例は世界に衝撃を与えました.この危険なウイルスが,大西洋や地中海を容易に跨いだわけです.私たちの想像力をかき立てるには十分で,いつぞや自分もこのウイルスに侵されて死ぬかも知れない….そんな状況を科学者の視点で正しく理解するために,そして正しく人に伝えるために,ウイルスなどの目に見えない病原体の自然界における流れ,すなわち 『病原体フロー』 について考察します.
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実験医学 2015年1月号 Vol.33 No.1
渡辺 亮/企画
定価 2,000円+税, 2014年12月発行