ライティングのプロが直伝!査読者の“脳をつかむ” 論文執筆術

第1回論文を生かすも殺すもイントロ次第

アクセプトを勝ち取るために

「論文がなかなかアクセプトされない」と悩んでいる研究者は多い.査読者から辛辣なコメントが返ってきて途方に暮れた経験が,あなたにもきっとあるだろう.しかし,リジェクトになった理由を冷静に考えてみたことはあるだろうか.研究のインパクトが足りない? 厳密さに欠けている? もちろんそういう場合もあるだろう.だが,これまで自ら論文を執筆するとともに,執筆のサポートしてきた著者(布施)の経験上,論文の運命を左右する大切なファクターがもう1つある.「いかに査読者の脳をつかむか」だ.つまり,一読しただけで査読者が内容をスッと理解できる論文を書ければ,それだけでアクセプトがグッと近づくのである.逆に「頑張って読まないと理解できない論文」は,査読者に内容を曲解されてあらぬ方向から批判が来るか,ひどい場合には理解すること自体を放棄されてしまう.査読者は,忙しい仕事の合間にボランティアで審査をしてくれている.だからこそ,彼らの負担を減らすために一定の文章作法を身につけておくことが,アクセプトを勝ち取るための強力な武器になる.

本連載では,「いかに査読者の脳に負担をかけない文章を書くか」にフォーカスし,論文執筆術を解説する.筆者が翻訳した単行本『ネイティブが教える英語論文・グラント獲得・アウトリーチ 成功の戦略と文章術』(羊土社)で取り上げられているテクニックに加え,筆者が論文を執筆するうえで大切にしている考え方について,特に①論文を初めて書く人,②論文執筆に苦手意識のある人向けに紹介していく.

論文の骨格=問題解決

図1 わかりやすい文章の骨格

あなたのところに論文の査読依頼が来たとしよう.送られてきた原稿に評価をつけて返さなければならない.ところが,原稿に目を通しても内容がさっぱり頭に入ってこない.仕方なく2度3度と読み返すことになる.結果,なんとか捻出した時間を,この作業に丸2日も費やすハメになったあなたは,好意的なコメントを返そうという気持ちになるだろうか?

査読者が困るのは,「結局何を言いたいかわからない」論文が送られてくることだ.情報が整理されずに詰め込まれている原稿は,査読者を困惑させる.このような論文を書いてしまう最大の原因は,全体の「骨格」を定めないまま執筆を進めてしまうことだ.最初の1文を書き始める前に,まずは論文の骨格を組み立てよう.

論文の骨格は,「問題解決ストーリー」として組み立てていくべきである.つまり,「〜という問題が存在していたが,私の研究によって解決した」という形で構成するのである(図1).筆者がこの構成をおすすめする理由は,物事を順序立てて伝える方法として最も効果的かつ原始的な形だからだ.例として,誰もが知っている昔話「桃太郎」を思い浮かべて欲しい.物語の大筋は,「鬼が暴れている」という問題を「桃太郎が解決した」というものである.同様のストーリー展開は,映画や小説,漫画において昔から幾度となく使われてきた(スターウォーズ,ハリーポッター,鬼滅の刃など).その理由はいたってシンプルだ.小学生の子供でさえ頭を使うことなく理解できる構成だからである.この伝統的なテクニックを論文執筆にうまく利用できれば,査読者の負担を減らせるはずである.

「わかりやすさ」はイントロで決まる

では,「問題提起→解決」という流れを,論文執筆においてどう利用すれば良いだろうか.実は,論文のフォーマットには,これら2つの要素を書くためのセクションがすでに用意されている.イントロダクションと考察である.イントロで問題提起を行い,考察にその問題が解決したことを書けば,論文にわかりやすい骨格を与えることができるのだ.

筆者は,しっかりとしたイントロを書くことが,論文執筆における最重要ポイントだと考えている.そもそも論文を執筆する目的は「仕事の成果」を伝えることにあり,「どんな問題を解決したのか」が伝わらなければ,成果として認めてもらえない(アクセプトされない)からだ.このような事態を避けるには,イントロの部分で,自分が解決した問題を明確に宣言してしまえば良い.この宣言があることで,査読者が論文全体の内容を把握しやすくなる.また,書き手にとっても,しっかりとしたイントロを書いて論文の方向性を固めておくと,その後の執筆が楽になる.

イントロに働くプライミング効果

イントロが重要な理由はもう1つある.プライミング効果が働くことだ.プライミング効果というのは,平たく言えば「最初に脳が受け取った情報や印象が,後々まで影響する」という現象のことである(『成功の戦略と文章術』より).人間の脳は,無意識のうちにさまざまな情報を集めており,事前にインプットした情報によって,それ以降に出会う情報の処理・分類能力が変化するとされている.つまり,冒頭部分で論文全体の骨格をわかりやすく提示することで,その情報が査読者にとって,論文を最後まで迷わずに読み進めるための道しるべになるのである.逆に,冒頭で論文の全体像をうまくイメージさせることができないと,「結局何が言いたいかわからない」という印象をもたれてしまう可能性が高い.イントロは,査読者の第一印象を決める,いわば論文の「顔」なのである.

また,イントロでは,予備知識の説明に終始してはいけない.イントロに「ウンチク」ばかり書いてあっても,査読者は「結局君は何をしたんだ?」とイライラを募らせるだけである.『成功の戦略と文章術』では,特にひどいケースを「冒頭部のビッグバン」と表現し,回避すべきミスの1つとして挙げている.例えば,胃がんの治療法に関する論文を書く際に,胃の解剖学的特徴から説明を始めるようなことをしていないだろうか.これでは,せっかく査読者の印象に残りやすい冒頭部分を有効に使えていない.イントロで一番大切なのは,自分が解決した「問題」を査読者に印象付けることなのである.

結果からイントロを逆算する

図2 論文における問題設定の方法

以上をふまえたうえで,論文の骨格を決めてみよう.ポイントは「逆算」だ(図2).まず,自分の研究結果を簡潔にまとめ,その成果によって解決された問題を逆算して考えるのである.例えば,あなたがある薬Xの鎮痛効果を発見した場合は,「痛み」という問題を解決できる成果が得られたわけだから,この「痛み」を問題として提起すれば良い.また,あるパスウェイZを活性化するタンパク質Yを発見したような場合には,このパスウェイに未知の部分があることを強調すべきである.このように,イントロで提起する問題を逆算することで,論文全体に一貫したストーリーを生み出すことができる.

研究開始当初の予想にもとづいて論文のストーリーを組み立てる人がいるが,これはおすすめしない.なぜなら,研究では往々にして予想外の結果が出るからだ.つまり,当初の予想に固執してイントロを書き始めてしまうと,「提起した問題がすっきり解決しない」論文になる可能性が高いのである.そうなると,査読者に与える印象は当然悪い.研究結果・データの部分は動かすことができないのだから,「問題提起→解決」というわかりやすい流れをつくるには,提起する問題の方を柔軟に変化させて,さも狙い通りのデータが得られたかのように全体を構成すれば良いのである.

ただし,臨床研究では,事前に詳細なプロトコルを決めることが多いため,論文全体のストーリーを変えることは難しいかもしれない.その場合でも,イントロで提起する問題と得られた結果が,きちんと対応しているか確認すべきである.論文全体の骨格をできるかぎり整えておくことで,アクセプトはずっと近くなる.

論文全体の骨格(問題提起→解決)を考える際に「提起する問題の方を柔軟に変化させて,さも狙い通りのデータが得られたかのように全体を構成すればよい」と述べた部分について,読者の方から,そのような執筆法はHARKing(hypothesizing after the results are known)という行為にあたるのではないか,と指摘いただいた.著者としてそのような行為を推奨したい考えはなく,誤解を招いたことをまず心からお詫び申し上げる.

HARKingという問題については,心理学や社会科学の分野では認知が進んでいるようであるが,医学・生物学分野,特に基礎系の研究者の間ではあまり知られていないように思う.そこで,ここではまず,HARKingという用語に馴染みのない方のために,この行為について簡単に解説する.そのうえで,実際に論文を執筆する際,具体的にどのような点に注意すればよいのか考えてみたい.

HARKingとは,結果を見てからそれに合うような仮説を立てることであり,研究上好ましくない行為の1つとされている※1.本文図2に示した薬Xの例を使って簡単に説明したい.例えば,あなたがマウスを使って薬Xの解熱効果を検証する実験を行ったとしよう.その結果,残念ながら解熱効果に関して統計学的に有意なデータが得られなかった.ところが,解熱メカニズムの考察のために取っておいた抗炎症効果,血管収縮効果,鎮痛効果のデータに関していろいろと統計学的検定を行ったところ,鎮痛効果に関してのみ有意なP値を得ることができた.そこで,あなたはこの実験の当初の目的(仮説)を「薬Xの鎮痛効果を検証すること」と書き換え,この結果について再検証を行うことなく論文を執筆することにした.このような行為は,一種のHARKingにあたる.

問題は,得られたデータについてむやみに統計学的検定をくり返しているところにある.検定を何度もくり返すと,実際には差がないデータにまで「有意差あり」という判定を下す(第1種の過誤)危険性が高まってしまうからだ.HARKingはほかにも,研究の信頼性低下につながるさまざまな問題を引き起こすとされているため,十分に注意していただきたい(HARKingによって生じる問題および対処法についてはRubin※2参照).

では,HARKingをおかさないためには,論文執筆の際,具体的にどのような点に注意すればよいだろうか.著者が重要だと考えるのは,「仮説検証」と「論文執筆」という2つの作業の間に,明確な境界線を引くことである.論文は本来,仮説検証がすべてすんでから執筆されるべきだ.つまり,実験データに再現性はあるのか,実験デザインが(統計学的な検証プロセスも含めて)仮説の検証に適したものになっているかなど,研究の妥当性が十分に確認された後に,「では,論文にまとめよう」という流れで進むのがあるべき形である.実際,臨床研究分野では,論文執筆ありきで解析が行われないよう,事前に研究プロトコルを登録・公開するというしくみが整えられている.基礎研究では,プロトコルを事前にすべて公開するのは現実的ではないかもしれないが,「仮説検証」と「論文執筆」が混同されたり,順序が逆になったりしないよう,常に気をつけなければならない.

ではHARKingは,「仮説検証」と「論文執筆」のどちらに関係する問題だろうか.著者は基本的に,HARKingは「仮説検証」に関連した問題であると考えている.つまりHARKingは,「どうすれば仮説検証を正しく行えるか」を考える際に注意すべきことであり,「論文をどのような枠組み(骨格)で書くか」とは別次元の問題ではないかと思うのだ.

この点を踏まえたうえで,最後に論文執筆へと話を戻したい.著者がイントロにおいて提起すべきと考えている「問題」とは,「個々の実験における仮説」ではなく,「社会的・学問的問題」のことである.図2の例に戻ると,「薬Xの鎮痛効果」を示す研究成果は,「病気の痛みに苦しんでいる人がいる」という社会的問題の解決につながるものだ.このような観点から自身の研究成果をとらえ直し,解決できそうな「問題」を骨格に据えることで,研究成果の重要性がしっかりと伝わる論文になる.これが本稿において著者が伝えたかった真意である.

  • Kerr NL:HARKing: hypothesizing after the results are known. Pers Soc Psychol Rev, 2:196-217, doi:10.1207/s15327957pspr0203_4(1998)
  • Rubin M:The Costs of HARKing. Br J Philos Sci, 73:doi:10.1093/bjps/axz050(2022)

おわりに

今回は,論文全体の構成について解説した.査読者にストレスなく論文を読んでもらうには,論文の骨格をわかりやすく提示することが大切である.論文全体の印象を決めるイントロは,特に入念に練る必要がある.次回は,イントロの構成をさらに詳しく解説したい.

  • Q
  • イントロのビッグバンがよくないのはわかりました.でも,先行研究をまとめようとすると,どうしてもボリュームが出てしまいます.どうすればいいですか?
  • A
  • 必ずしも先行研究を「まとめる」必要はありません.イントロの目的は,あくまでも取り上げる問題を明確にして,論文全体の骨格を示すことです.基本的には,骨格を組み立てるのに必要な文献のみを引用すれば良いのです.論文の本筋とずれた文献が多く引用されていると,「わかりにくい」という印象を査読者に与えてしまいます.
  • Q
  • 内容が伝わる文章になっていることを自分でチェックする方法はありますか?
  • A
  • 基本的にはないと考えてください.色々な人の文章を読んできた著者の経験上,文章のミス(情報の過不足)を自分で認識することは,よほどの執筆経験を積まない限り非常に難しいことだと感じています.自分の脳内にある情報を文章化できたとしても,それが他人に伝わる保証はないからです.文章の上達には,誰かからフィードバックをもらいながら,自分のミスの傾向を把握することが不可欠です.ただし,なるべく冷静かつ穏やかに批判してくれる人に読んでもらうようにしましょう.

著者プロフィール

著/布施雄士(メディカルライター)
大学在籍中,論文執筆に苦しむ研究者を多く目にし,研究という仕事に「ライティングスキル」が不可欠であることを知る.文章という側面から研究をサポートするため,学位取得後にフリーランスとして独立.これまでに,医薬品のプロモーション資材から学術論文まで,生命科学に関する幅広いジャンルのライティングや翻訳を手がけている.専門は動物生理学および分子生物学.医学博士,獣医師.
協力/株式会社アスカコーポレーション
医薬・薬学分野を専門とし,メディカルライティング,翻訳,編集などのサービスを提供.「コトバも,医療技術と考える」をコンセプトに,お客様の様々なニーズに対応している.米国科学誌Science の日本での総合代理店でもある.
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