Smart Lab Life

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第2回 先生,装置を壊してしまいました・・・②

この連載では,「コーチング」と言われるコミュニケーションスキルをサイエンスの現場に取り入れた事例を紹介することで,ラボでのよりよいコミュニケーションについて皆さんと考えていきます.前回は装置を壊してしまったという,ラボでよく起こる「失敗」の事例をご紹介しました.高価な装置を壊した学生のS君を一方的に非難したA先生に対して,B先生はS君が事故の際に改善に向けて取った対応を「承認」し,失敗が発生した原因を共に考えることで問題の解決に乗り出しました.視点を変えたコミュニケーションを行うことで,ラボの雰囲気がとても建設的になった事例といえるでしょう.

さて連載第2回は,前回ご紹介した「失敗」の事例の続きを見ていきます.S君の失敗のあと,先生は事故の再発防止に向けた積極的なコミュニケーションを行っています.B先生は実際にどんな会話をすることで問題の解決に繋げたのか,皆さんと考えていきたいと思います.

学生のS君は研究室に配属後,ようやく先生から高価な分析装置の使用を許可された.装置の使い方にも慣れてきた頃に事故は起こった.うっかりして装置の冷却機能を作動するのを忘れてしまったのだ.装置は冷却されず,高価な装置は焼けてしまい使えなくなってしまった.先生へしぶしぶ状況を報告したところ,A先生は激怒,一方B先生は全く異なる対応をした.その対応とは?

bad

(前回の会話)

A先生「なにー,いったい君は何をやってくれたんだ.装置の扱いには,くれぐれも注意しろと言っただろう.」

学生S「はい,すみません,いったいどうしたらいいのか…」

A先生「どうもこうもないだろう.君はいったい何を考えているんだ.あの装置が壊れたらどうやって研究をやるんだ! 君のお陰でみんな研究ができなくなるのだぞ.いったいどうするつもりだ.」

学生S「すみません,ちゃんとやったつもりだったのですが…」

A先生「ちゃんとやっただと? 実際に装置が壊れているじゃないか.それでもちゃんとやったというのか?」

先生の苦言はいつまでも続く…

S君はその日以降すっかり体調を崩してしまい,なんとか学校は卒業できたものの,この件がすっかりトラウマとなってしまい,憧れだった研究の世界から離れていった.

A先生は学生を叱ることに終始してしまい,S君はトラウマを抱えてしまいました.一方B先生は異なるコミュニケーションをします.前回紹介した「事故状況の確認」に続く以下の会話をご覧ください.

good

(B先生は,学生から事故の状況を正確に確認した後,次の質問をする)

B先生「あれだけ注意しておいたのに,なぜこの事故が起こったのかな.注意だけでは防げないような他の問題はなかったろうか? 君は何が原因で事故が起こったと思う?」

学生S「以前はノートに手順を書いていたのですが,装置の使い方にも慣れてきたので,今回は手順を頭で考えてやってしまいました.これまでのようにノートにきちんと作業を書いて,ステップごとに必ずチェックするようなリストを用意していたら,事故になるのを防ぐことができたのではと思います.」

B先生「うーん,操作時のチェックリストか,いいアイデアだね.装置の件は他の先生方とも相談して,皆でなんとか利用できるよう方法を考えるとして,君は早速そのチェックリストをつくってくれるかな.」

学生S「先生,申し訳ありませんでした.今後,自分自身がこのような事故を2度と起こさないように,また誰が使っても装置を安全に使えるようなチェックリストを作りたいと思います.」

B先生そうか,じゃ頼んだよ.早速取り掛かってくれるかな.

S君はその後,今回の先生の事故対応や研究へ取り組む姿に魅了されて,引き続き研究に励むことになった.

リサーチコーチの視点

今回のケース,前者では学生が叱られるにとどまっていますが,後者では先生が事故の原因について学生に問いかけることで,その会話のなかから学生が自ら事故の再発防止につながる解決法を導き出すことを助け,行動へ向けた変化を促しています.早速,先生の学生への対応を一つひとつ見てみましょう.

対応❶ 本当の原因を考える質問

B先生「君は何が原因で事故が起こったと思う?」

この質問は,事故を起した学生のS君に事故の本当の原因を考えさせることで,「どうすれば今後このような事故を防げるのか」,S君が自ら解決方法を考えるための質問をしています.その結果として,S君は自分が行ったプロセスを再確認した上で,再発のためのアイデアを生み出しています.

対応❷ 承認

B先生チェックリストか,いいアイデアだね.

B先生は,このような状況下でも学生から主体的な意見を引き出し,その意見を承認しています.S君は失敗した自分を責めることから事故防止に向けた建設的な考えにシフトしています.

対応❸ 行動の促進

B先生そうか,じゃ頼んだよ.早速取り掛かってくれるかな.

B先生は,事故を起した学生に現状を改善するための方法を考える機会を提供した上で,かつすぐに問題解決へ向けた建設的な行動をとるように依頼しています.

S君は,B先生の事故時の状況改善に向けた姿勢,事故を起こした自分の中にも事故時の対応に良い点を見出してもらい,さらには信頼回復の機会をもらったことで,その後も元気に研究に励んだようです.また事故時のB先生の対応を見ることで,様々な局面で冷静に状況を改善するための方法を学んだことと思います.

さて前回と今回の2回に分けて紹介した事例ですが,B先生はS君に「誰が原因」ではなく,「何が原因」という質問を学生に向ける(質問)ことで,A先生とは異なる状況を作りました.その際に,B先生がS君にダメ出しするような評価を一切行わずにS君の話を受け入れた(傾聴)結果,S君は落ち着いて原因を考えた上で対策案を出し,B先生に案を認めてもらい(承認),実際の事故防止に向けた行動に繋がりました.この「質問」,「傾聴」,「承認」はコーチングにおける基本的な技術で,建設的に研究や事業を進めるために効果的です.皆さんもラボでの会話の際に,少し取り入れてみてはいかがでしょうか?

次回は研究室にいる2人の院生を例に,苦手な相手との対応の事例について考えてみます.

キーポイント

今回のキーポイント

  • 相手に考えさせる質問を出してみよう
  • 相手が主体的に行動できるようにサポートしよう

ラボで実践! コミュニケーション術 目次

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