Smart Lab Life

〜あなたの研究生活をちょっとハッピーに〜

第7回 威圧的っていわれるんです.

この連載では,コミュニケーションスキルとしてよく利用される「コーチング」をサイエンスの現場に取り入れた事例を紹介することで,ラボでのよりよいコミュニケーションについて皆さんと考えていきます.

さて,皆さんは自分でも理由がわからないけれども,何となく周囲の人とコミュニケーションがうまくいかないという経験はありませんか?今回は,新年度のラボを舞台にそんなもやもやするケースについて考えてみたいと思います.前回,前々回に引き続き今回も新任教員が主役です.


新任教員のK助教は,これまで実施してきた研究をさらに広げることになり,研究室の教授と相談した結果,大学院生S君がK助教の指導のもと研究することになりました.しかしK助教は,しばらくしてから学生から「威圧的」と言われてしまいました.学生への対応を意識的に改善してきたつもりのK助教は「威圧的」という態度に心当たりがなく,学生への対応に悩んでしまいました.

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新学期が始まりA教授から研究テーマ全体と担当の説明があり,S君はK助教の指導で研究することとなった.

K助教は,普段から周囲とのコミュニケーションには注意を払っているつもりだったが,研究に向かう時はいつも知らず知らずのうちに表情が厳しく,少し近寄りがたい雰囲気を醸し出していた.S君は,最初はK助教のところに何度か質問や相談に来たものの,そのようなK助教の雰囲気に抵抗を感じてしまい,その後はあまり相談に来なくなってしまった.K助教は,S君が質問や相談に来なくなったので研究の進捗も心配になり話しかけたところ,S君に「先生は威圧的で少し話しにくいです.」と言われショックを受けてしまった.

K助教はS君から指摘があったものの自分のどこが話しにくいのかよくわからず,いつも相談に乗ってもらっているB先生に相談することにした.

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K助教「B先生,少しお話ししたいのですがよろしいでしょうか.実は,学生への対応に関して少しご相談に乗って頂けませんでしょうか.」

B先生「いいよ,詳しく話してくれる?」

K助教「はい,ありがとうございます.実は新学期になり新しい研究テーマをスタートすることになり,学生も私の研究グループに入ってくれて張り切っていたのです.学生には,しっかりと対応していたつもりでした.ところが,最近学生が全く相談に来なくなって,心配になりどうしたのかと聞きてみたのです.そしたら学生は言いにくそうに,Kさんはいつも難しい顔をしていて威圧的で話しにくいと言われてしまいました.学生とのコミュニケーションには配慮していたつもりだったので,学生の率直な意見が何だかとてもショックで.」

B先生「そうだったんだね.Kさんは学生とのコミュニケーションに配慮していたのに,学生に届いてなかったようでショックを受けたんだね.」

K助教「はい,でも正直なところ自分でもどこが威圧的なのかよくわからなくて.」

B先生「そうなんだね.ところで,Kさんが考える話しやすい人はどんな人?

K助教「うーん話しやすい人ですか?あまり考えたことがないのですが…(K助教,少し考える).そうですね,ちゃんと向き合ってくれる人かもしれません.また話をちゃんと聞いてくれる人でしょうか.表情や態度も大切かもしれません.自分はちょっと抵抗があるのですが,周りを見ていると笑顔の人は特に話しやすいかもしれません.」

B先生「もう1つ聞きたいんだけど,今回学生と接していた時はどうだった?」

K助教「そうですね,話はしっかりと聞くように注意していました.表情や態度に関しては(うーん,自分の表情や態度はあまり考えたことがなかったな),私はいつも研究のことを考えているので,その時に話しかけられると邪魔されたような気がしますので,ひょっとしたら学生には不愉快な表情をしていたかもしれません.(K助教は,B先生の質問に対する自分の回答にハッとさせられた.)先生の質問に答えながら自分の学生への対応を考えてみたのですが,普段の自分はあまり学生を歓迎するような態度ではなかったかもしれません.先生のご質問でヒントが得られましたので,学生への対応に少し工夫したいと思います.」

B先生「そうなんだね.じゃ,具体的にどのような工夫をしてみたいと考えている?

K助教「定期的に研究に関するミーティングをやってみたいと思います.いつもニコニコはできないので,メリハリを利かせてミーティングの時は客観的に研究を含め自分自身を見る機会としたいと思います.そうすれば,自分の態度にも配慮できそうです.」

B先生「早速取り組めそうないい考えだね.じゃ,1カ月後にでもまた結果を教えてくれるかな?」

リサーチコーチの視点

K助教は,B先生との会話の中で学生への対応のヒントを得たようです.では,まずK助教の学生への対応を見てみましょう.K助教は,学生には相談があれば何でも話して欲しいと考えていました.しかし学生への対応時には,知らず知らずのうちにK助教が研究に向かう時と同様に厳しい表情で臨んでしまったようです.これでは学生も敬遠してしまいます.ではK助教がB先生との対話でどのような気づきがあったのか見てみましょう.

対応❶ 傾聴

B先生学生に届いてなかったようでショックを受けたんだね.

 B先生は,まずはK助教の話をしっかりと話を受け止めています.その結果,K助教は安心して話を続けることができたと思います.ここでB先生は,相手の話に途中でアドバイスや評価を入れることなく,まずはそのまま受け入れています.このような話の聴き方・傾聴はコーチングの基本的な聴く技術です.

対応❷ 視点を変える質問

B先生Kさんが考える話しやすい人はどんな人?

 B先生は,K助教は自分のことでいっぱいだったようなので,K助教の視点を主観的な視点から,客観的な視点に変える質問を出しました.その結果K助教は,自分の学生への接し方を改めて見つめ直す機会を得ることができました.特に今回は,自分ではなかなか気がつきにくい自分の表情や態度に気がつくことができました.さらにB先生が,具体的な工夫に関して質問し,K助教のアイディアに対する積極的な評価を行ったことにより,K助教は次のアクションへと具体的な一歩を踏み出すことができました.

自分が知っている自分と,自分が知らない自分

今回の事例では,研究者が自分ではなかなか気がつけないノンバーバルコミュニケーション(言葉によらないコミュニケーション)について取り上げてみました.K助教は普段から研究に厳しく臨んでおり,その厳しい表情が生活の中でも知らず知らずの間に出ていたことで,学生から敬遠されるような雰囲気を醸し出していました.これは実は普段の私たちの生活の中でもよく見られることです.例えば体の調子が悪いと自然に険しい表情となりますが,周囲の人は,その人の体調まで知ることはできないので,相手との関係によっては単に調子が悪いことが,威圧的に映ることがあります.特に教員対学生の場合は注意が必要です.なかなか難しいことですが,いつも平静に対応したいものです.

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では普段の自分の表情や態度を見る何か良い方法があるのでしょうか.ひとつの方法は,今回のケースのように信頼できる人や友人と話をすることで,客観的な視点から自分を客観視するための気づきを得ることです.皆さんは自分には幾つもの自分があるという考え方をご存知でしょうか? 心理学やコーチングの世界では,自分が知っている自分と周囲が知っている自分を4つの象限に分けて考える方法が知られています(「A Graphic Model of Awareness in Interpersonal Relations」,米国心理学者の名前を取り「ジョハリの窓」と呼びます).今回のケースは,自分は知らないが(無意識の間に厳しい表情をしていた),周囲は知っている(周囲に近寄りがたい雰囲気を与えている)自分にあたります.自分が知らない自分と,自分と周りが知っている自分との認識の違いが大きいと今回のような誤解を受けやすくなります.周囲とのコミュニケーションの改善には,時には自分というのは自分が知っている自分だけではないことを認識することも役立ちます.周囲の人と一緒に,自分が知らない自分について検討し新たな自分を発見してみてはどうでしょうか?

本連載の最終回となる次回は,自分で自分自身をコーチングする方法を取り上げたいと思います.

キーポイント

今回のキーポイント

  • 話を聞く時は,まずはそのまま受け止めてみよう
  • 自分には様々な自分があることを知ることも,コミュニケーションの改善につながる

ラボで実践! コミュニケーション術 目次

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