執筆/竹本佳弘
〔筑波大学グローバル教育院教授(誌面掲載時は東京医科歯科大学大学院疾患予防科学コース特任教授)〕
本コンテンツについて
コミュニケーションスキルとしてよく利用される「コーチング」をサイエンスの現場に取り入れた事例をもとに,ラボでのよりよいコミュニケーションについて紹介していきます.(編集部)
本コンテンツは2017年に雑誌『実験医学』に連載として掲載されたものになります.
第4回 先生,あの学生とは一緒に研究できません…②
この連載では,コミュニケーションスキルとしてよく利用される「コーチング」をサイエンスの現場に取り入れた事例を紹介することで,ラボでのよりよいコミュニケーションについて皆さんと考えていきます.
さて今回は,前回に続き研究室の2人の院生を取り上げ,苦手な相手への対応について考えてみましょう.B先生の視点を変える質問により,S君はMさんとのコミュニケーションスタイルの違いに気が付きました.今回は,その後S君が実際にMさんとのコミュニケーションをどのように改善していったのか,見ていきたいと思います.
学生のS君は以前ラボで起こした事故の後,元気に研究室に通っていたが,最近になりどうも同じ研究室のMさんとうまくコミュニケーションが取れずにいる様子.S君は,特に最近は会話どころか,生活のリズムを変えることでMさんと直接顔をあわせることを避けるようになってしまった.先生との会話からS君はMさんとは好みのコミュニケーションスタイルが異なることに気づき,2週間ほどしてからS君は再び先生の元へ相談にやってきた.
学生S「先生,いま少しお時間よろしいでしょうか? 先日ご相談したMさんとの件です.」
A先生「忙しいんだよ.これから会議があるから手短に話してくれ.それでMさんとは話ができるようになったのかね?」
学生S「はい…」
A先生「よかったじゃないか.じゃこれでいいかな,忙しいから.」
学生S「はい…」
A先生「…,ありがとうございました.」(と,力なく部屋を出る)
A先生は,結論だけ聞いて一方的に会話をシャットアウトしました.一方,B先生は,話に耳を傾けつつ視点を変える質問を出すことで,S君にさらに新しい発見をもたらします.
学生S「先生,いま少しお時間よろしいでしょうか?」
B先生「いいよ.これから会議があるから,10分ぐらいなら大丈夫だよ.」
コンピューターで入力作業をしていたB先生は,一旦手を休めてS君に向き直った.
学生S「お忙しい中ありがとうございます.先日先生にMさんの件でご相談した後で,実験の空き時間にコミュニケーションスタイルに関して少し調べて,Mさんにも聞いてみました.そしたら面白いことがわかりました.」
B先生「ほー,なんだか興味深いね.もう少し詳しく話してくれるかな?」
学生S「自分は物事を積極的に前に進めたいタイプで,Mさんは分析することが好きなタイプだと思います.ただMさんによると,私(S君)は物事を進めるのにアイディアを出すのはいいとしても,大雑把で飽きっぽく話が飛ぶ上,人の話を聞いていないと言っていました.またMさん自身は,自分(Mさん)は正確で整然としていることが好きなので,できたらこれからは事前に調べた上で整理して話をして欲しいと言っていました.」
B先生「ふーん,面白いね.それでそれぞれのタイプを知ることで,何かMさんとのコミュニケーションに変化があったのかな?」
学生S「はい,これまでは『何だかうるさくて頭にくる人だ』と反射的に反発していたのですが,相手のタイプを前提にコミュニケーションを考えることで,相手の発言や行動の理由を少し考えられるようになったかもしれません.今回のMさんとのコミュニケーションも,Mさんのタイプを考えることで対応できそうです.」
B先生「そうなんだね.ずいぶん大きな変化があったんだね.ところで,君自身の研究のゴールを考えた際に,Mさんはどういう存在なのだろう.」
学生S「うーん(しばらく考える).そうですね,自分とは異なる能力を持つMさんと協力して研究するのは,相補的に研究するというか,何だかチームのような感じでしょうか.」
B先生「車に例えるなら,君はエンジンでMさんは制御系とブレーキで,ともに協力しながらしっかりと前に進むような感じかな.お互いを重要なパートナーと捉えることができるようになったのだね.」
リサーチコーチの視点
今回のケースでは,B先生の質問からS君は苦手だったMさんとのコミュニケーションの糸口を見出し,コミュニケーションの改善に向けて大きな一歩を踏み出ました.では先生達とS君の会話を1つひとつ見ていきましょう.
人をタイプに分けて考える方法を知ると,コミュニケーションの際に「この方はどのような人だろう?」という考えるプロセスが入ります.その結果,感情による反射的な対応が減少し,対応方法についてのヒントが得られます.また相手を思いやることで,より円滑なコミュニケーションにつながることと思います.一方,人をタイプで分けるのは,相手を決めつけたり偏見につながる可能性もあります.またタイプの妥当性やタイプが状況に応じて変化することさらには人の優劣を決めるものでもないことから,タイプ分けには固執しないよう注意が必要です.私たち研究者は,タイプ分けはあくまでも相手とのコミュニケーションの際のひとつの材料として捉えておくのが良いかもしれません.タイプ分けは,アドラー心理学ライフスタイル,MBTI(Myers–Briggs Type Indicator),DiSC理論,「タイプ分け™」(コーチ・エイ)など様々な指標が,心理学やビジネスの分野で活用されています.興味のある方はご覧になってはどうでしょうか.皆さんも普段のラボでのコミュニケーションの際に,ラボメンバーの個性としてのタイプを少し配慮してあげてはどうでしょうか?
次回は,新任教員が囚われがちな問題について考えてみます.
今回のキーポイント
- 相手と接する際には,それぞれのコミュニケーションタイプを配慮してみよう
- 本来の目的に立ち戻って考えるような質問も有効
ラボで実践! コミュニケーション術 目次
- 先生,装置を壊してしまいました・・・① (2018/07/06公開)
- 先生,装置を壊してしまいました・・・② (2018/07/13公開)
- 先生,あの学生とは一緒に研究できません…① (2018/07/20公開)
- 先生,あの学生とは一緒に研究できません…② (2018/07/27公開)
- 教員になったのですが,学生とうまくいきません… (2018/08/03公開)
- 勉強会,なんだかうまくいかないのです. (2018/08/31公開)
- 威圧的っていわれるんです. (2018/09/21公開)
- 留学生がやってくることになったのですが? (2018/09/28公開)